0-3.三月十六日 午後 常世の扉

 探していた物の痕跡はほどなくして見つかった。しかしそれが本丸で無いことも明らかである。早く目的の物を探さなければならない。


「ありました! 八早月やよい様こちらへ!

 この黒いものが探しているランドセルでございますよね?

 これはあるじ様のものと色が違いますが形は同じかと思われます」


真宵まよいさん、でかしました、あやかしが出ている気配はありますか?

 それとも池に浮いていた物と同じ物が飛び出しているとか、散らばっているとかでも構いません」


 真宵へ指示を出しながら八早月は急いでランドセルの元へ向かった。するとすぐ近くの草むらに八早月と同い年くらいの男の子が横たわっているのを発見した。意識はないが命に別状はないようだ。しかしその口からは次々に妖が立ち上っており、この少年が原因であることは間違いない。


 急いで扉を封じなければいけない。意識の無いままの少年を転がして背中を上にすると、八早月は両のたなごころを合わせて祈りを捧げる。その相手はもちろん八岐大蛇やまたのおろち様である。


 すると平常時にはなにもなくきれいで白い八早月の腕に、蛇が這ったような文様が浮かび上がってくる。頃合いを見ながら掌を離してから少年の背中へ移す。そしてふすまを開け閉めするように何度か左右に動かしていた。


 やがて少年の口からはなにも出てこなくなり、そこらじゅうに散らばっているプリントや教科書がランドセルの中へと戻って行った。最後にしっかりと蓋が閉まりカチャリと小さな音がしてロックがかかる。


 八早月は先ほどと同じような手の動きをランドセルに対しても行い、何かをやりきったと言わんばかりに右手で額を拭った。


「八早月様、さすがです。

 扉は閉じたようですし、これでもう安心ですね」


「ええ、一度でうまくいってホッとしました。

 随分と数が出ていたので不安でしたよ」


 八早月が行った儀式は常世の扉を閉じると言うものだ。常世とはあの世だとか黄泉だとか魔界だとか言われるたぐいの世界のことで、人間の負の感情が高まった場所へ亀裂を生じさせる元になる。するとあちら側・・・・の妖どもが、こちらがわの世界である現世うつしよへ出て来てしまうのだ。


 ちょっとしたものなら個別に討伐すれば済むのだが、今回のように人や物に亀裂が憑りついてしまうと、妖どもはとめどなく溢れ出てくるようになり、その境界を正すのが扉を閉める儀式なのである。


「八早月殿、お疲れさまでございました。

 残りあと少し、真宵殿にもお願いできるだろうか」


「真宵さん、須佐乃すさのの手伝いをお願いできますか?

 それと宿やどりおじさまはこちらへいらしてくださいな」


「承知した、どうやらワッパが扉だったようだな。

 こんな小さい子が一体どうしたと言うのだろうなぁ」


「こんな遠くまで来て心配ですね。

 うちの学校ではないことは間違いありません。

 でもここらから一番近い村落でも麓からずいぶん遠いのではないですか?」


 八早月は十二歳になった今でも、八畑村のある八畑山の敷地内から外へ出たことがないので細かい地理がよくわからない。そのためこの少年を宿に託し、学校なり警察なりに連れて行ってもらいたかったのだ。


「方角からすると真北の村が一番近いですかね。

 ちょっと当たって届けて参ります。

 理由を詮索っするのもかわいそうですが、親に会えたらそれとなく聞いてみます」


「お手数ですがよろしくお願いしますね。

 須佐乃は連れていって構いませんよ?

 あとは真宵さんにお願いすることにしますから」


「では後ほど報告にあがります。

 そうだそうだ、本日は小学校ご卒業おめでとうございます!

 いよいよ中学生になるのですな、町が楽しみじゃないですか?」


「いえいえ、相当に人が多いと聞いているので不安でいっぱいですよ。

 学校には同じ年の子が大勢いるらしいのでもう緊張しているくらい」


「それはお気が早い、始まるまでにまだ二週間くらいありますからね。

 制服に着替える練習でもしたらいいんじゃないでしょうか。

 同じ学校には四宮と六田の子がいますから心配なんていりませんよ」


「それならいいのですけれど……

 でも制服を着る練習はしておいた方がいいかもしれません。

 普段はスカートをあまり履かないので似合そうにないですけど」


「八早月殿はかわいらしいから大丈夫!

 きっと手繰たぐり殿が写真をいっぱい撮ってくださいますね。

 いやあ楽しみだ、楽しみだ」


 宿にカワイイだなんて言われて八早月は照れてしまった。それと同時に、先ほど真宵がいじわるだなんて言っていたことが少し理解できた気もしている。なるほど、褒められるのが嬉しいことであっても正面から言われると恥ずかしくなる。だからわざわざ顔を赤くさせることをいじわると表現したのだろう、などと一人納得するのだった。


 結局この日の始末は討ち漏らしがないか確認するために八家全員が動員され、日が暮れるまでかかった。

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