2 イケメンは魔法使い

「で? どうします?」


「あぁ… 先ほども言ったが警備兵は少し待ってくれ。まずは話を」


 ここで話し込んでもしょうがないので、とりあえず玄関先の廊下からリビングに移動してもらう。てか、我が家はこたつしかないけど座れるのかな?


「座り慣れないでしょうが、うちには椅子がないので。あぁ、もしよければ食べます?」


 私はさっき用意したボッチ飯用のお惣菜とワインを指差す。


「いや、結構。それより魔法陣と先ほど言っていたが、こちら側にも魔法陣はきちんと現れたのだな?」


「はい。私には魔法の知識? はありませんがアレは多分そうだろうと… そして避けました」


「避けただと?」


「だって、召喚? されたくないので。誘拐ですよね?」


「ゆ、誘拐などと… 我々は百年に一度の国儀に乗っ取ってだな…」


「いやいや、それって召喚された側からすれば誘拐ですよ? 急に呼び出されるんですから。事前に手紙で知らせるとか準備期間とかないでしょ? 有無を言わせずじゃ… ねぇ?」


「いや、まぁ、そうなのか… まぁ、何だ。私はもうすぐここを去るので警備兵を呼ぶのは止めてもらいたい」


「へ? 帰る事ができるんだ! よかった〜。私の知ってる異世界モノじゃ帰還できないのが定石だったんで」


「異世界モノ?」


「あ〜、小説? 空想の物語に魔法使いが出てきて聖女を召喚する話があるんです。その話ではその聖女はほぼ帰れないので」


「そうか… 恐らくだが、私の部下が三日後にでも再度儀式をするだろう。召喚に必要な魔力が溜まるのがそのぐらいだからな。時間は私にもわかりやすいように同じ時刻だろうと思う」


「そう… って事は明後日までウチに居るつもりですか?」


「出来れば許可してくれるとありがたい。私はこの世界を知らないし、すぐに去る人間だ。ユーリ殿しか頼る人物がいないんだ。も、もちろん相応の礼はする」


 ハァ〜。礼って、出来ないんじゃない? だって異世界に帰るんでしょう? てか、ついてないな… 何で私なの?


「お礼はいいです。それより、他に持ち物は? 無いか…」


「あぁ。杖も役に立たないしな… あぁ! しかし、わ、私は料理はできるぞ? これでも野営時でスープを披露した際は大変喜ばれたんだ」


 クリストファーさんは急にアタフタと自分をアピールし始める。


「料理? 何で急に料理? てか、どうしよう。念のために明後日も休むか」


「何か不都合があるのか?」


「えぇ、昼間は仕事をしてるので」


「仕事か、それではしょうがないな。ここの地図と少しばかりのお金を貸してもらえればこちらでどうにかするよ。問題ない」


「いやいやいや。ここはクリストファーさんがいた世界ではないんですよ? この後街に出てみますか? 全く違う世界だと思いますよ。絶対迷子とか色々不自由しますって。常識が違うと思います! あと、その服だとここでは目立ちまくりです」


 クリストファーさんはハテナな顔で自分の服を見直している。


「まずは服ですね。たかが二、三日ですが家の中だけじゃ息が詰まるだろうし… 幸い今日は金曜日です。明日は私の仕事が休みなんで。とりあえず色々買い物しましょう。ついでにこの国についてザッと説明しますので。もしも帰れない場合も考えなくちゃ」


「そうか? それではユーリ殿、短い間だがよろしくお願いする」


「はいはい」


 私はため息まじりにさっきから放置気味のささやかなディナーに手をつける。あぁ〜、厄日だ。せっかくの金曜日が。


「てか、何で私なんですか?」


 もぐもぐ、うん、このローストビーフは当たりだね。


「ユーリ殿だからと言うわけではない。聖女の召喚は国儀、つまり国の伝統行事であって、古来よりの魔法書に記された方法で行なっている」


「ん? つまり?」


「『聖女召喚魔法』には幾つか条件があってだな、例えば『健康な未婚女子』だったり『稀有な才能の持ち主』『身寄りがない』『美樹の年、美樹の月に妖精の涙を使って魔法陣を書く』などだ」


「稀有な才能? それって私当てはまっていないような気がする」


「そうなのか? 先ほど仕事をしていると言っていたが? 婦女子が働くのだから、相応の技能があるのではないのか?」


 はぁ?


 あっ、そうか。こっちの常識とクリストファーさんの世界の常識は違うか。


「う〜ん、どう説明したらいいのか。こちらの世界は年齢や性別で色々な面で平等なんです。仕事は大体自分でしたい仕事に就ていいんですよ? あと、結婚や恋愛もほとんど個人の意思で自由恋愛だし。なので、女子だから警備兵になれないって事はないんです。現に女性警察官、女性の警備兵は沢山いますから」


「な! なんと!! ちなみにユーリ殿は何を生業にしている?」


「ぷっ、生業って。私の仕事は美容師スタイリストですよ。人の髪を切ったりアレンジしたりするんです」


「髪を切る… 上級侍女か?」


「侍女がどんなのかわからないな。『お金をもらって希望に合った髪型にする職業』です。ちゃんと国の試験も受けたんだから。こう見えて結構売れっ子なんですよ?」


「そうなのか?」


「そうなんです。それより、明日ですね… てか、その前に明後日休めるか聞いてみますね。あっ、そこの料理食べていいですよ。あとお酒もどうぞ、葡萄酒? です」


 私はスマホを持って一旦廊下へ出る。クリストファーさんはお腹が空いていたのかうんと頷きもう食べ始めていた。

 もし帰れない場合も考えると、あの人がいるなら休んだほうがいいような気がしてきた。一人にするのが心配なのもあるけど、やっぱりね。クリストファーさんからすれば、こっちが異世界なわけで、色々と不安もあるだろうし。うんそうしよう。


 🎵〜


「あ、お疲れ。今いい? 明後日なんだけど丸っと休んでもいい?」


『…(電話の向こう)』


「いやいや、去年から裏方じゃん。数少ない指名のVIPもその日は入ってないし、ね! お願い! てか、今年まだ有給残ってたんだよね〜」


『…』


「あはは、了解。あとね、夜でいいから私の休み中にカノン誘ってうちに来て。サプライズがあるんだ〜。多分、カノンはガチオタだからギャン泣きすると思う〜」


『…』


「うん、ごめんね。うんうん、じゃまた」


 そっと部屋に戻ると目に入ったのは空の惣菜のトレイ達。


「え! もう食べちゃったの? しかも全部?」


「すまぬ。前菜は頂いてしまった…」


「ぜ、前菜って、じゃない! これは私の今日の夕飯! これで全部なの! もう!!!」


 クリストファーさんは一瞬『はぁ?』って顔をしたが、すぐに申し訳なさそうにハの字眉毛の苦笑いで私を覗き見る。うっ、イケメンってズルイなぁ。


「もう、いいですよ。私も食べてって言いましたし… 私は料理をしませんのでうちには食料がないんです。これから買いに行きましょうか。ついでにクリストファーさんの服とか身の回りのものも買いましょう」


「いや、しかし… 外はとても暗いぞ? 商店は開いてないのではないか?」


「こっちは二十四時間、一日中空いている商店があるんです。それも食料品から衣料品まで何でも揃う大きな商店が。便利でしょう?」


「ほ〜、それはすごいな。そう言う事なら参ろうか」


 と、クリストファーさんが立ち上がって私は再度気づく。


 それより、やっぱりがいるな… う〜ん。


 私はクローゼットを開け、奥の段ボールの封を解き中の服を差し出す。まっ、元カレのだけどいいよね。


「クリストファーさん。その格好はこの世界では目立ちます。これに着替えて下さい。多分入るでしょう、多少小さくてもクリストファーさん専用のは今から買いに行きますし少しの辛抱です。私は玄関で待ってますね。着替えたら行きましょう」


「… あぁ」


 クリストファーさんはしばらくオーバーサイズの黒のパーカーとパンツを裏表にしたりして観察していたが、上着のボタンを外し始めたので私は急いでリビングを出た。

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