その60 最低である

「これ、やめなさいバーバリアン!」

「ぶひーん!」

「ぶるふふふ!」


 小屋から出ると、少々だらしない顔をした馬を必死に抑えている女の子という場面に出くわした。

 なんだかよく分からないけどその前にいるジョーが怒っているようである。


「どういう状態だ……?」

「あ! あいつ!」


 俺が訝しんでいるとセリカが大声を上げた。知り合いかと思ったら、あの俺を探しているという失礼な女の子だった。


「なんでここに居るんだ?」

「知り合いなの?」

「いや、そういうわけでもないんだが……」

「ぐぬううう、どう! どうですよバーバリアン!」

「ぶひひんー!」


 そろそろ限界が近そうだ。よく見るとジョーがリリアを庇うように立っているので、惚れられたというところだろうか。


「おい、暴れるんじゃあない」

「おお、そこの人! すみませんが手伝ってくださいませんか!?」

「ああ。ジョー達になんかあったら大変だからな。こいつの名前は?」

「バーバリアンです……!」


 凄い名前だな……そう思いながら馬の近くへ行くと、バーバリアンがこっちに気付いたようで目が合う。馬の目は正面からだと見えにくいらしく、側面からでないと怒るのだ。


「ぶひひーん……!」


 だが、邪魔をするなとばかりに威嚇してきた。女の子が手綱から手を放したら一気に襲い掛かって来そうな勢いだ。

 しかし動物というのは本能に従うので――


「まあ落ち着けよ。……な?」

「……!? ぶひーん……」

「おお、大人しくなった」


 首筋に手を置いて殺気を出せばこうなるのである。ガチガチと歯を震わせるので、俺は優しく首を撫でまわしてやった。


「悪い悪い、びっくりしたな? 大人しくしてくれればなんもしないよ」

「ぶひん♪」


 分かってくれたようで俺の手に首をこすり付けてきた。鼻水を流しているのでちょっと怖かったらしい。


「いやあ、ありがとうございます! 到着早々ウチの馬が発情しましてね。……おや、あなたは王都で会った変な人」

「変な……」


 ぶつかった時は忘れていたのに今度は覚えていたのかと気持ちが下がっていく。

 そこでセリカが俺と女の子の間に入って大きな声を上げた。


「そうよ、この人は変な人。なにしにここに来たか分からないけど、関わらないでよね?」

「小娘が言いますねえ。ええ、こちらこそ願い下げですね!」

「……確かに聞いたわ」

「ふん」


 セリカがニヤリと笑う。それに気づかない女の子はそのままアイラへ話しかけた。


「ええっと、貴女が鍛冶師の方ですか?」

「そうだけど、ちょうど今、仕事が入ったから20日後になるよ」

「そこは二の次でして……申し訳ありませんが、ここに滅竜士ドラゴンバスターのラッヘさんが向かったと聞いたのですが来ませんでしたか?」

「え? ラッヘ?」


 アイラがきょとんとした顔で俺の名を呟く。そこでセリカが笑いだした。


「ぷ! くくく……」

「なにがおかしいんですか?」

「いや、あんたずっとラッヘさんを探しているみたいだけど顔を知らないの?」

「そうですね。しかし、珍しい鎧を着ていることは知っていますし、情報でここに来たと聞いています。まだ来ていないなら待たせていただきたいのですが?」

「いや、事情はよく分からないけど目の前に居るのがラッヘだけど……」

「……え?」


 アイラが可哀想な人を見る目でそう告げた。そして女の子は変な汗を滝のように流しだし、ギギギ……と錆びた金属のネジみたいな動きで首を動かしながら俺へ視線を移した。


「ぴゅいー!」

「ひひん♪」


 そしてリリアを心配したフォルスがよちよちと二頭の下へ走っていく。可愛い。

 それを見た彼女はさらに顔を歪めて笑う。


「トカゲ……ペット……!? あ、あなたがラッヘさん……!」

「ああ」

「もーしわけござーせん……!!!!!!」

「うお!?」


 俺が頷いた瞬間、ジャンピング平身低頭をしながら謝罪を口にする。するとセリカが腰に手を当てて、むふーと鼻息を鳴らして口を開く。


「さっき私がなんて言ったかわかる? 『関わらないで』と言ったわよね? だからあなたがなにを考えていてももう遅いのよ!」

「がーん!?」

「お、二人目の『がーん』」


 ここはセリカに任せるかとフォルスの下へ向かう。するとバーバリアンと呼ばれた馬もついてきた。


「ぶひん」

「お前も大変だな」


 少し離れたところで座り込み、傍観を決めるようだ。時折リリアに目を向けるので諦めてはいなさそうだが。

 それはともかくリリアの鼻先をポンポンと撫でるフォルスの近くに座り、俺も傍観を決めることにした。


「ず、ずるいですよ!? わたしがラッヘさんと知らずに誘導尋問のような真似をするなんて!」

「それについては悪いと思うけど、もちろん理由があるわ」

「なんです!?」

「あんた、素行が悪すぎるのよ……! ぶつかった時も、探し人をしていた時も、人を散々見下してくれちゃって!」

「それは知らな――」

「ラッヘさんだったらしなかったって? なお悪いわ! ナチュラルに相手によって態度を変える人間は信用できないのよ」


 うむ、言いたいことを全部言ってくれた。

 そう、裏表がありすぎる人間は信用ができない。例えば現在、俺と付き合いたい、結婚したいなどと言っていてもあっさり裏切る可能性が高いからだ。

 もちろんセリカやアイラも人間なのでそういうことはあるかもしれない。しかし、女の子のような性格は人づきあいが困難なのである。

 俺達はともかく、他の人間に害を為す。そんな気がするしな。


「ぐぬう……」

「それにあなた、あの荷台を見る限り商人じゃない? ドラゴンと戦うラッヘさんについていけないでしょ」

「……! 言いましたね小娘。よろしい、ならばわたしの強さ、とくと味わうがいいでしょう!」

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