その6 スパルタ教育

 ということで村に七日ほど滞在した。

 理由はドラゴンの死体をそのままにできないため、解体と移送を繰り返していたからだ。後は頭を埋めるだけとなった。


「お前の母親だ。お別れをしておけ」

「ぴゅー?」

「喋るドラゴン……。安らかに眠ってくれ」

「ぴゅー」


 チビはよく分かっていないようだ。俺と見比べて小さく鳴いていた。すると、胸元からチビが飛び出して駆けて行く。


「お、どうした……?」

「ぴゅい! ぴゅーい!」


 その瞬間、頭だったものがぼそりと崩れた。そしてその場所に、手の平に収まるくらいの大きさをしたとてもキレイな翡翠色の玉が。


「ぴゅーい」

「……宝玉って感じだな」


 チビが抱き着いてころころと転がる。顔だけでは母親と分からなかったようだがこれは本能的に『そうだと』感じているのかもしれないな。


「もっていくか。いつか俺が倒すかもしれないが……チビのお守りにでもしてもらおう」

「ぴぃ! ぴぃ!」

「また町に行ってから出してやるよ。そら」

「ぴ。ぴぃ~♪」


 首だけだした状態でまた懐に入れてやる。そのまま踵を返しその場を立ち去ることにした。


「……」


 最後に一度だけすり鉢状になった巣を見てからまた歩き出す。

 胸になんとも言えない気持ちを抱えて――



◆ ◇ ◆


「世話になった」

「いえ、迅速な対応ありがとうございます。さすが滅竜士ドラゴンバスターと呼ばれる方は違いますな」

「いや、ただ殺すだけだからな俺は」

「ドラゴンを一人で殺せるなんて人間はいねえから謙遜しないでくださいよ! ではこれが報酬十万セロ」


 俺は革袋を受け取り中身を確認する。問題なさそうだ。そこで村長が深く頭を下げて再度お礼を言ってきた。


「ドラゴンの素材を売ればその金はあっという間に稼げます。全部貴方様のもので売れば良かったと思うのですが、よろしいのですか?」

「どうせ長旅に持ち歩くには不便だからな。路銀分と武具の素材で必要なものだけあればいい。肉も日持ちしないから」


 村に町から数人、商人達を呼んで素材を売ったのだが、いくつかは村のために残しておいた。村にも武器が必要だからな。有効活用して欲しいものだ。


「ではな」

「うう、おチビちゃん、元気でね……」

「ぴゅー! ……すぴー」

「寝ちゃった……。それではラッヘ様もお元気で!」

「ああ」


 しばらく村で人気者になっていたチビを撫でながら女の子は言う。俺は片手を上げて挨拶をするとでかいリュックを担いで馬にまたがった。


「……また頼むぜ相棒」


 恐らくもう来ることはないだろう村を後にし、俺は元々行く予定だった別の町へ向かう。

 

 ◆ ◇ ◆


 ――ラッヘが旅立って数時間後の村


「ちわーす!」

「おや、商人のお嬢さんじゃないか。もう売れるドラゴン素材は無いぞ?」

「いぇっへっへ……。今日の用事は彼ですよ。滅竜士ドラゴンバスターのラッヘさん! どこに居ますか?」


 先日、ドラゴン素材を売った商人の一人が村を訪ねて来た。村人が用件を聞くとラッヘに用事があったという。

 そんな彼女に冷や汗を流しながら村人は言う。


「なんて邪悪な笑み……!? というかとっくに旅立ったよ。いやあ有名人は仕事も早い!」

「なんで!?」

「なんでってそりゃ仕事が終わったんだから旅立つだろう……」


 当然である。

 すると商人は荷台のついた馬車に乗り込むと、鞭をしならせた。


「こうしちゃいられません……! やっと足取りを摑まえたんです、追いかけないと! こんな村に用はありません行きますよ!」


 すぐに馬車は発進し、砂埃を上げて走り去っていった。その様子を見て村人たちが肩を竦めて口々に言う。


「なんて失礼な娘だよ」

「まったくだ。売って損したなあ」

「それにしてもあいつ慌てて行ったけどラッヘ様の向かった方とは別んとこだぞ」

「ふん、いいさ。こんな村の話にゃ興味はねえだろ」


 と、村人たちは平和になった村で自分達の仕事に戻って行くのだった。


◆ ◇ ◆


「……そろそろ陽が暮れるな。野営の準備をするか」

「ぴぃ」

「準備するのに潰しちまいそうだから降りろ」

「ぴっ!」


 小さい爪を立てて懐から出るのを嫌がるチビ。といっても赤ちゃんなのでちょっと力を入れて摘まめば離れるのだが。


「そこで大人しくしていろよ」

「ぴぃぃ……」


 毛布を取り出してその上に置いておく。すると俺の足に絡みついて来た。


「おう!? 危ないんだって。随分と甘えん坊だなこいつ……」

「ぴぴぃ! ……ぴぃ!?」


 作業ができないので俺は毛布を移動させてその上にもう一度落とす。


「お前の母親は強かったぞ? 置いて行ったりしないから我慢しろ」

「ぴぃ……」


 そこでようやく毛布の上でころんと転がった。俺は簡単に作れる魔道具のテントを広げる準備をする。

 魔力で圧縮をしていると、作ってくれた人物は言っていたが俺にはよく分からない。

 高い金を出して特注してもらった便利な道具くらいの認識だ。


「後は魔力を――」


 と屈んだところで、後ろから大きな声が聞こえて来た。


「ぴぃぃぃぃぃ!」

「お!? ……っと、なんだ、結局来るのかよ」

「ぴぃ♪」


 嬉しそうに鳴きながら懐に潜り込むチビ。よたよたとダッシュしてきたのはちょっと驚いたが……


「まあ、頑張ったな。飯にするか」


 赤ちゃんには距離があるのでこいつなりに努力をしたと言える。なのでひと撫でしてからそう言ってやった。


「ぴぃぃ~♪」


 村で飯という言葉は覚えたようで、これを言うと甘えた声を出す。現金なヤツだ。

 だけどまあ、こうやってついてくるのは可愛い気もする。


「お前、動物同士なんだからジョーとも仲良くしろよ?」

「ぴぃ……」


 ジョーは俺の愛馬だが、最初に見せた時チビは固まっていた。ちょっと怖かったらしく漏らしていたからな。

 ジョーの方を見ると顔を隠した。ジョーは匂いを嗅いだりしていたけど特に問題なさそうなので『仲よくしようよ』と思っているのかもしれない。


「ま、徐々に慣れるさ」


 そんなことを呟きながら俺は牛のミルクを温めるのであった。

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