第36話 「クラリスの戸惑い」

実家からマーリン様の家に向かう途中、王都クラリスの商店街を抜けて、新緑が美しい街路樹を横に見ながら一人歩いている。商店街から少し離れたとあって、人もまばらになってきたと思っていると街路樹の影から一人の騎士が出てきた。


「聖女様ですよね」


その言葉を聞いて私は血の気が引いた。後ろの方で聖(・)女(・)様(・)という言葉に人々が反応した。


「聖女様?」


「どこだ?」


「聖女様がおられるのか?」


人々が集まりだしている。そんなことを全く気付いていない。その騎士は再び口を開いた。


「聖女…むぐぅーーー!!」


「何を言っているのですか。あなたは、この格好を見てわからいのですか?私は普通の女です」


「ぶはーぁ!!離せ!」


騎士は暴れて私から離れた。しかも、指差してとんでもないことをいいだした。


「そんなことはない!!私が見間違えるはずはない。お前は聖女。フリージア・ドラボールだ」


きゃー!!


なんてことを言うのよ。騎士の後ろには、話を聞きつけた人々がわんさと集まっている。


「何を言っているんですか?騎士様、御冗談がお好きですね」


「そんなはずはない!!さっき宮殿で私を治療したではないか。さては貴様、私に怖気ついたか?」


この騎士、さっき私が直した人?よく見れば、確かにって、そんなことを言ってくれるものだから騎士の後ろから


「いたぞー」


「聖女様だー」


そんな声が聞こえてた。やばい。なんとかしないと


「ふふふ、覚悟しろよ」


そうだ。私は慌てて騎士を指さした。


「この人が聖女様です」


「な!何を言っている」


「この人、騎士様の格好していますが、実は女なんです!!」


すると騎士様の後ろの群衆は


「そうだよな。この間、聖女様は鎧をお召しになっていたもんな」


「そうだ。そうだ。こちらの方が聖女様らしい」


そう言って騎士の前に集まっていった。その中の一人、足を引きずっている老女がいた。震える手を合わせ彼女を拝み倒していた。


「聖女様、この老婆の願いを…この足を治してください。お願いします」


突然の状況に戸惑う騎士なんだけど、私はいたずらを考えた。


『ヒール』とつぶやいた。


すると老女の足が治った。


「な・・・治った」


老女は、彼女の前にひれ伏し両手を合わせて拝んでいた。


「せ…聖女様…ありがとうございます」


その奇跡を目の当たりにした群衆は我先に集まってきた。


「つ…次はおらだ」


次に出てきたのは、腰に手を当てた男がやって来た。


「おらはぎっくり腰で…仕事もままならない状態だ。早く治しておっ母を助けたい。何卒、この通りだ」


彼もまた騎士の前に膝をついて、懇願した。


「おねげぇしますだ~」


『ヒール』


「おお!!腰が一発で治った。流石聖女様…あじがたや~あじがたや~」


目の前の奇跡に何が起こったのかわからない騎士なんだけど、私の方を睨んだんだけど、次の瞬間、群衆は大声を上げた。


「うぉおお。奇跡が起こったぞ」


その言葉に戸惑う騎士、当然よね。彼女は何もしていないのだから、私はこの混乱に乗じて街路樹の影に隠れてその様子を見ながら、次から次へとヒールを放っていった。次々に起こる奇跡、感謝する人々が続々と増えている。流石の騎士様もこれだけの人に囲まれて、感謝されては逃げるわけにもいかないだろう。必死に言い訳をしている。


「い…いや…私は何もしていないが」


困った表情が実に面白い。今度は、目の前に、末期の肺病の患者が担ぎ込まれてきた。そして、町医者が


「私の力ではもうどうにもならないのです。しかし、彼は一家の大黒柱、彼を失うと一家は路頭に迷うことになります。聖女様、この者を助けてください。お願いします」


『ヒール』


次の瞬間、肺病の彼は完治して治ったのだった。


「き…奇跡が起こったぞー!!聖女様の奇跡だ!!」


どぁあああと群衆の歓喜の声があたりに響いた。既にどうすることもできなくなった騎士は呆然と目の前で起こっているできことをやり過ごすことしかできなかったのだった。


「聖女様は、見過ごされないはず」


「ち…ちがう…私ではない!!」


「お願いします。聖女様」


ついでだ。周りにいる人たちにヒールを掛けちゃえ


『ヒール』


「流石、聖女様…」


一般人に囲まれて身動きが取れなくなった騎士、しかも、お礼を言われている人たちを攻撃する訳にもいかない。とうとう彼女も見かねてヒールを使いだしたので、私が彼女の前に姿を見せるとすぐに見つけて睨みつけてきた。しかし、私はにっこりとした笑顔で


「流石、聖女様ですね。がんばってみんなを治してくださいね」


「貴様~!!」


騎士様は睨んでいるが幾重にも重なった人たちの群れに飲み込まれていった。


「おぼえてろよー!!」


ふふふ…しーらないっと、こうして私は無事にマーリン様の家に向かうことができたのだった。









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