051 最終確認

 由衣の表情は完全なる無。

 喜んでいるのか、悲しんでいるのか。

 どちらなのか分からない。


 俺達は無事に嵐を切り抜けたのか。

 それとも逆走していたのか。

 いよいよその答えを知る時がやってきた。


「結果は――」


 由衣が口を開く。


「――正しい方向に進んでいたよ」


 由衣の顔に笑みが浮かぶ。


「それってつまり……」


 波留が俺を見てきた。

 俺は「ああ」と頷く。


「俺達は嵐を突破したんだよ!」


「「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」」


 今度は由衣も叫んだ。


 島からの脱出を拒む最強の敵。

 ゲームでいうところのラスボスにあたる存在。

 それに俺達は勝ったのだ。


 ◇


 再びクルーザーを購入する。

 救命ボートからクルーザーに乗り換えた。


「念の為にシャワーは浴びないでおこう。まだ何かあるかもしれない」


 本当はいますぐにでもシャワーを浴びたい。

 ライフジャケットやら何やらを脱ぎ捨ててシャワー室に行きたい。


 だが、今は我慢の時だ。

 俺達がラスボスと思っていたものがラスボスでない可能性もある。

 ここからさらに激しく島が拒絶した場合に備える必要があった。


「でもこのままじゃ風邪をひいちまうよ!」


 波留が寒そうに体をブルブルさせながら喚く。


「だから船内をガンガンに熱くして、体を温めるぞ!」


 ストーブを設置して船内に優しい温もりを広げる。

 同時にドライヤーも購入し、髪の毛を乾かした。


 ドライヤーの温風を体に当てる。

 ポカポカして気持ち良い。


「とりあえず小休止だな」


 嵐の後だからか空腹でたまらない。

 俺はおにぎりを購入して食べることにした。

 クルーザーは自動運転にしてある。


 安堵からか眠くなってくる。

 視線がおのずとベッドへ向かう。

 だが、今は寝るわけにいかない。


「残りも突っ走るぞ!」


「「「「おおー!」」」」


 休憩が終わったら、船を手動運転に切り替えて全速力に。

 50ノットを超える猛スピードで平穏な海を突き進んでいく。


 だが、しかし――。


「なんか船が……」


 千草の声が聞こえる。

 おそらく俺に言ったのだろう。


 俺は「ああ」と頷いた。


「速度が落ちてきた」


 どういうわけか船の速度が落ちてきたのだ。

 マップを確認する。

 小笠原諸島まで残り100kmの地点だ。


 ヒュウウウン……。


 船が完全に停止した。


「燃料の問題か?」


「ううん、燃料はまだあるよ」


 由衣が言う。

 先回りして確認してくれたようだ。


「すると……ここが〈ガラパゴ〉の限界ラインってことなのかな」


 俺の推測は当たっていた。

 全員のスマホが同時に鳴り、以下のログが表示されたのだ。


=========================

【警告】

ここまでが〈ガラパゴ〉の管轄内になります。

これより先へ進むには、〈ガラパゴ〉を削除する必要があります。

削除した場合、二度と〈ガラパゴ〉を使うことはできなくなります。

また、〈ガラパゴ〉の管轄内に戻ることもできなくなります。

=========================


「削除したら〈ガラパゴ〉やあの島と永久的にお別れなのか」


「それって、このクルーザーも消えるってことかな?」


 由衣は真っ先に船の心配をしていた。

 やはり彼女は俺よりも賢い。


「どうなんだろうな……」


 もしも〈ガラパゴ〉を削除した場合、この船はどうなる。

 船が消えるのか、それとも消えないのか。

 非常に重要な部分だし、気になるところではある。


 しかし、確かめようがない。

 答えを知れるのは、〈ガラパゴ〉を削除した後だけだ。


「でも、消さないと先に進めないっしょ?」と波留。


「そういうことだ」


 俺は全員の顔を見る。


「由衣の言った通り、〈ガラパゴ〉を消すとこのクルーザーが消える可能性がある。ここは小笠原諸島から約100kmの距離。ここでこの船を失えば、間違いなく俺達は助からない。だが、波留の言った通り、削除しなければ先に進めない」


 そこで言葉を区切る。

 一度、大きく呼吸した。

 それから続ける。


「どうする? 今ならまだ引き返せるぞ」


 誰も答えない。

 否、答えるより先に俺が言った。


「俺は前に進む。死ぬかもしれない。それでも進む。だが、同行してくれとは言わない。もしも引き返したい人がいるなら言ってくれ。俺の金を全て渡す。その金で新たなクルーザーを買って戻るといい。自分の意思で決めてくれ。どうするのかを」


 これが本当に本当の最終確認だ。


「私も進む。歩美や千草みたいに立派な夢とかないけど、いや、だからこそ、何か夢を見つける為にも、社会の中で生きていきたい。だから進むよ」


 最初に言ったのは由衣だ。


「料理人になって多くの人を料理で笑顔にしたいから……私も進む」


 千草が続いた。


「あれだけずっとランウェイを歩く練習をしたんだもの。引き返せないよ」


 歩美も同じく。

 これで残すは波留だけだ。


「私は……」


 波留が徐に口を開く。

 全員の視線が波留に集まる。


「島での生活はすごく楽しかった。色々なゲームをしてさ、部屋をゲーセンみたいに改造もしたし。釣りだって良かった。嫌いな勉強もしなくていいし、お金だって困らない」


 波留はそこで言葉を句切った後、「でも」と続けた。


「島に来る前――現実に戻っちゃうとさ、そういうのができなくなる。嫌いな勉強を強制され、働いてお金を稼ぐ必要だってある。服だってモデルさんが着ている物と似たデザインの安物しか無理。化粧品だってそう。だから――」


 俺達に真剣な表情を向けて、波留は言った。


「私は残るよ、島に」

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