043 此処でしかできないこと

 水野の死を悼んだのは昼食が終わるまで。

 それ以降、俺達は島の脱出に向けて全力で取り組んだ。


 やることは栽培ただ一つ。

 新たに4ブロックの更地を畑にした。

 トマト、ナスビ、ナスビ、ジャガイモの組み合わせ。


 全ての日で収穫できるようにする考えだ。

 名付けてガラパゴ三毛作。

 だから明日も新しい畑を作る予定だ。


 1日の収穫量には限度がある。

 前回のトマトで分かったことだが、収穫は想像以上に大変だ。

 無理なく作業を持続させるなら、日に4ブロックがちょうどいい。


 それでも稼ぎとしては十分だ。

 種代を差し引いた稼ぎは、4ブロックで4800万pt。

 トマトが1600万、ナスビが1200万の2ブロック、ジャガイモは800万。


 これが毎日の稼ぎ。

 数日で億万長者になれる。

 1週間もあれば準備が整うだろう。

 常軌を逸した価格の船だって買える。


 万事順調だ。

 だからこそ、何度も何度も後悔する。

 水野を一人で行かせるべきではなかった、と。


 時系列を考慮するとねじ曲がった考えをしているのは分かる。

 水野が此処を発った時、俺達は栽培のことを知らなかったのだから。

 船を買えることなど遠い未来の話と思っていた。


 実際、今も漁を続けていたら船の購入は考えていないだろう。

 暴徒や重村グループのことで頭を抱えていたに違いない。


(そういえば、どうして重村は栽培を行わないんだ?)


 ふと気になった。

 重村グループでは徹底して漁を行っている。


 漁のことは、先ほど俺がグループラインで情報を公開した。

 だが、そのことと重村グループの漁とは関係がない。


 というのも、連中はそれより前から漁をしているのだ。

 グループのメンバーがそういった旨の言葉を返してきた。


(もしかして栽培が稼げることを知らないのか?)


 その可能性はある。

 作業が終わったら教えてやるとしよう。


 栽培なら競合することはない。

 俺達は俺達の土地で、彼らは彼らの土地で作業をするだけだ。


 ◇


 夕方。

 作業が終わって夕食を待つ間。

 俺は一人、自室にいた。


「皆で仲良く金持ちになれるぞっと」


 グループラインで栽培に関する情報を公開した。

 トマトやナスビ等、作物の価格も載せる。


 案の定、この情報は衝撃を与えた。

 多くの人間から感謝の言葉が届く。


 しかし――。


「妙だな……」


 ――重村グループからは反応がない。

 無視をしているのではなく、そもそも見ていないのだ。


 グループラインでは既読の上に数字が付く。

 この数字は発言を読んだ人間の数だ。

 これまでは発言から数分で大半が読んでいた。


 現在の生存者数は312人。

 つまり、発言する度に、既読の上には300近い数字が表示されていた。

 ところが、発言してから小一時間が経っても既読の数は50程度。


 重村グループは男女合わせて約250人。

 どう考えてもこの250人がグループラインを開いていない。


「スマホの充電が切れたか? いや、それはないか」


 うっかりスマホの充電が切れることはあり得ない。

 充電が切れそうになると、〈ガラパゴ〉が提案してくるのだ。

 10ptでフル充電するがどうする、といった内容である。


 これは水野から教わった仕様だ。

 最強のモバイルバッテリーがなくても充電は切れない。

 ただし、この仕様による充電中は〈ガラパゴ〉しか使えなくなる。

 だが、〈ガラパゴ〉が使えるなら問題はない。


「全滅した……? それなら誰かが何か言っているはずだ」


 どういう事態なのか想像できなかった。

 アレコレと考えてみるけれど、答えは見つからない。


「ま、なんでもいいか」


 仮に重村グループが絶滅したとしても関係ない。

 考えても答えの出ないことだから、何も考えないことにした。


「それより脱出プランを練らないとな……」


 俺はPCを操作して、来たる日に備えるのだった。


 ◇


 夕食と入浴が終わった。

 あとは寝るだけなのだが、まるで眠くならない。

 夜風を浴びるとしよう。


「あ、大地」


「歩美か、今日も歩きまくってるな」


「ふふん♪」


 通路では歩美がランウェイの練習をしていた。


「それにしても……」


 俺は天井を眺めて苦笑いを浮かべる。


「監視されている気がしてならないな、これは」


 天井には大量のカメラが付いていた。

 監視カメラではなく、3Dモデリングとやらで使う物らしい。


 今日の夕食前に歩美が導入した。

 これを使って自分の動きを3DでPCに取り込むらしい。

 そしてそれをトップモデルの3Dと比較するそうだ。

 ――そんな説明を受けたが、まるで意味が分からなかった。


「大丈夫、私しか撮らないから」


 歩美はシャツの袖を捲った。

 露わになった腕には、小さな丸いテープが無数に貼ってある。

 そのテープをカメラは撮影しているとのことだ。


「歩美は器用なだけでなくハイテクなんだな」


「そんなことないよ。これは殆ど由衣がやってくれたの」


「すると由衣がハイテクなのか」


「そういうこと。ハリウッドでも使われている技術らしいよ」


 俺は歩美の横を通って外に向かう。

 すれ違う時、歩美が言った。


「大地も此処でしかできないこととかしたほうがいいよ」


「此処でしかできないこと?」


「私ならこのモデリング云々や作業場。千草は料理関係。波留だったらゲームかな。皆、普段は諸々の都合でできないことをしているでしょ?」


「言われてみれば、たしかに」


「大地も何かしたらどうかな? もうじき此処を発つんだから」


「此処でしかできないことか……」


 歩美の言っていることはよく分かる。

 多少の贅沢をしても、今の俺達にとっては微々たる消費だ。

 歩美のモデリング用設備にしたって200万pt程で実装できている。


「俺にとっては、歩美達とこうして生活することこそ『此処でしかできないこと』になるかな。贅沢したいとかは特にないや」


 使えるお金はたくさんあるのに、使い道が浮かばない。


「ちょ……! もう……!」


 なぜか歩美の顔が赤くなっている。

 まるで波留のようだ。


「面と向かってそんなこと言うかなぁ」


「えっ? 俺、なにか変なこと言った?」


「言ったよ。恥ずかしいからやめてよね」


「なんだか分からないけど、すまんかった」


「別に謝ることじゃないよ」


 歩美が唐突にハグしてきた。

 胸の弾力はまるでないけれど、甘い香りで幸せになれる。

 ハグを終えると、彼女は微笑んだ。


「島を脱出して日常に戻っても私達は仲間だから。一緒に遊んだり勉強したりしようね」


「歩美達と遊ぶ……か」


「嫌?」


「そんなことない。なんだかリア充みたいだなって」


 此処を脱出すると、歩美達との関係は元に戻ると思っていた。

 つまり、ただ顔と名前を知っているだけの関係に。

 そうではないと分かり、ますます頑張ろうという気になった。

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