041 水野泳吉②
マップに映る水野のアイコン。
場所は「うみ」と書かれた地点。
水野が戻ってきたのだ。
「千草、すまないが」
「分かってる! ご飯はあとで温めればいいから!」
「ありがとう!」
俺は皆に向かって言う。
「行こう!」
◇
こんな事態でも念には念を入れる。
襲われた時に備えて、全員が武装した状態で外へ出た。
武器はしばらく前に歩美が作った手斧。
幸いにも雨は止んでいた。
足下がぬかるんでいるが問題ない。
5000ptで買ったスニーカーがここでも活躍する。
全速力で海に向かって走る俺達。
そこへメタリックな鱗をしたヘビが現れた。
今回もニシキヘビと同じくらいの大きさだ。
「どけ!」
いつもなら怯むところだが、今日は突っ込んだ。
一秒でも早く水野のところへ、という思いが俺を突き動かす。
「シャアアアア!」
ヘビは威嚇するように吠え、臨戦態勢を見せる。
どうやら俺の言葉に従う気はないようだ。
「危ないよ、大地君」
「ばか大地、前にググールが勝てないって言っていただろ!」
「かまうもんか! 邪魔をするなら死ね、このクソヘビ!」
俺は手斧を投げつけた。
斧は縦に激しく回転し、奇跡的にもヘビの頭部に突き刺さる。
ヘビは一撃で死亡した。
「すげぇ!」
波留を中心に歓声が上がる。
(マジで倒してしまった……)
想像以上に決まりすぎて自分でも驚く。
冷静になったことでドバドバ分泌されている脳内物質が止まりかけた。
いかんいかん。俺は自らを鼓舞するように叫んだ。
「行くぞ!」
地面に転がる手斧を拾って再び走りだす。
走りながらスマホを確認。
歩きスマホならぬ走りスマホだ。
推奨される行為ではない。
分かっているが、今回ばかりは仕方ない。
足を止めたくない上に水野の場所を知りたいのだから。
そう思っての起動だったのに……。
つい癖で〈ガラパゴ〉を起動してしまった。
先ほど倒したヘビの名前はフルメタルスネーク。
討伐報酬は約32万pt。角ウサギとは桁が違う。
――って、そんなことはどうでもいい!
「水野はまだ海だ!」
マッチングアプリを開き、最短距離で水野のところへ向かった。
◇
海辺に着くなり、俺達は叫んだ。
「水野!」「水野君!」
そこに水野の姿があった。
波打ち際――濡れた砂の上で横たわっている。
全員で駆け寄った。
その時点で嫌な予感はしていた。
俺だけではないはずだ。
おそらく他の連中にしたってそうだろう。
洞窟を出る前から、薄々とは思っていたに違いない。
ただ、口には出さなかったし、考えたくもなかった。
――水野が死んでいる、なんてことは。
水野との距離が縮まっていく。
それにつれて、嫌な予感が強まっていく。
水野のすぐ傍にやってきた。
横たわる水野を見て、俺は呟く。
「嘘だろ……」
自分の顔が真っ青になっていくのが分かる。
だが、水野に比べると、まだまだ血色が良いほうだろう。
打ち上げられた水野の顔は、完全に生気を失っていた。
青白くて、とても生きているようには思えない有様だ。
「脈! 脈は!?」
由衣が叫んだ。
「調べてみる!」
俺は水野の手を掴んだ。
彼の手首に指を置き、脈を測る。
「ない……」
脈がとれなかった。
素人ができるかは不明だが、首にも手を当ててみる。
ドラマや映画でそういうシーンを見たことがあった。
「駄目だ……」
それでも結果は変わらない。
水野に触れて分かるのは、彼が異様に冷たいということだけ。
「心臓は!?」
歩美が言った。
鼓動を確かめてみる――が、やはり駄目。
念の為に呼吸も確かめるも結果は同じだ。
「水野、死んだのかよ」
波留が涙をこぼしながら呟く。
「まだだ! まだ分からん!」
諦めたくなかった。
水野の死を確定したくなかった。
まだ分からない、というのは本心からの言葉だ。
だから、人工呼吸を試すことにした。
幸いにも俺は、その方法を知っている。
原付の免許を取る際に習ったからだ。
「…………」
水野は何も反応しなかった。
ドラマとかだと、口から大量の水を吐き出すのに。
目の前に横たわる水野はそういった動きをしない。
ただただ冷たく、ただただ無反応だ。
「やっぱり……」
「まだだ!!!!!!!!」
認めたくなかった。
バッドエンドは許さない。
水野みたいな真人間なら尚更だ。
俺はAEDを購入した。
説明書に従って水野を全裸にし、タオルで体を拭く。
乾いた彼の胸部に電極パッドを貼り、AEDを作動させる。
『ショックが完了しました。心肺蘇生法を行ってください』
AEDの音声案内に従い、水野の胸部を両手で押す。
何度も、何度も、胸骨を圧迫して心肺の蘇生を試みる。
――が、結果は変わらなかった。
「もう1回だ!」
……。
「クソッ! 今度こそ!」
……。
「絶対に水野は死んでなんか――」
「もうやめて! 大地!」
そこで由衣に止められた。
呼吸を大きく乱しながら振り返る。
全員が涙を流していた。
知らぬ間に俺の目からも涙がこぼれている。
「水野……! 水野……! 水野……!」
どれだけ呼んでも言葉は返ってこない。
青白くなった顔、閉じたままの瞼、動かない体。
泣こうが、喚こうが、これが現実。
――俺達の大事な仲間、水野泳吉が死んだ。
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