034 プランターなんてチャチな方法は採らねぇ
朝食の前に緊急会議を開いた。
議題は当然ながら数日で完成した真っ赤なトマトだ。
全員でプランターを囲む。
「整理してみよう」
このトマト、水野が種を蒔いたのは6日目――つまり一昨日の朝だ。
水野によると、朝食の前に種や土などを購入したとのこと。
次の日――つまり昨日の朝。
朝食前に水野が確認した時、トマトはまだ発芽していなかった。
ところが、夕方には発芽を終え、実る手前といった状態に。
そして今、トマトは完全に熟していた。
瑞々しさに満ちた立派な赤い果実が大量にある。
果実の量が明らかに通常のトマトよりも多い。
その数は軽く三桁に達している。
緑が見えないレベルで実っていた。
「どう考えても異常だろ、これ」
「全ての作業をすっ飛ばしているよね」
由衣が言う。
本当にその通りだ。
俺のような無知でも、栽培には多少の工程があることを知っている。
例えば小さな枝を切って一箇所に栄養を集めるとか。
それが栽培の醍醐味であり、腕の見せ所であり、面倒な部分でもあるはず。
ところがこのトマトは、そんな工程をスキップして完成していた。
「なんだか手品を見ているみたい」と千草。
「味はどうなんだろ? 食べてみようぜぇ!」
波留は手を伸ばし、枝からトマトを採る。
次の瞬間、そのトマトは忽然と姿を消した。
チャリーン♪
いつもの音。
鳴ったのは波留のスマホ。
改めて確認するまでもなく分かった。
お金を獲得したのだ。
それでも、金額を知る為に確認してもらう。
「このトマト、1個500ptだってさ! あとクエスト!」
波留がスマホを見せてきた。
作物を収穫する、というクエストが完了していた。
そういえば――。
先ほど通話した時に水野が言っていた。
クエストに収穫があったんで菜園を試そうと思ったっす、と。
「クエストの対象でもあるし、俺達も収穫していこう。果実の総数を知りたいから、各自でいくつ採ったかカウントしておいてくれ」
「「「了解!」」」
手分けしてトマトを採っていく。
チャリーン、チャリーン、チャリーンと音が鳴る。
大金を稼いでいるかの如く鳴っているけれど、実際は500ptの連続だ。
「これでおしまいだな」
最後の果実は俺が収穫した。
「うお、消えたぞ!?」
果実の収穫が終わると、今度は本体まで消えた。
それまであった枝からなにまでポンッと。
残っているのはプランターと土のみ。
俺はプランターの土を掘り起こした。
土の中にもトマトが存在していた形跡は見られない。
「相変わらず謎に満ちているが、とにかくこれで終了のようだな」
種を蒔いてから数日で収穫が可能になる。
そして全てを収穫すると土だけが残るわけだ。
「この土は再利用できるのかな?」と由衣。
「試してみよう。明日には結果が分かる」
俺はトマトの種を購入し、適当に撒いた。
それから水やりを行う。
これで水野の時と状況は同じだ。
「収穫したトマトの数を報告していこうか」
順番に数を言う。
それらを合わせるとちょうど500個だった。
価格は例外なく一律で500pt。
「収穫できる数にばらつきがあるのかは不明だが、今回に関して言えば500ptの果実を500個収穫したってことで25万ptの収入だ。このプランターは10万ptで、土は2万pt。で、種は5万pt。それらを足すと支出は17万ptになる」
「差し引きで8万ptの儲けってことね」
待っていましたとばかりに歩美が言う。
波留によると、歩美は暗算が得意らしい。
「数日掛けた挙げ句に8万の儲けって、しょぼ!」
「いやいや、そんなことないぞ、波留」
俺は右の人差し指を立てる。
「次回からはプランターが不要だ。もしかしたら土だって買い換える必要がないかもしれない。となれば、補充する必要があるのは種だけ……支出は5万ptで済む。仮に次回の収入が今回と同じ25万ptだった場合、このプランター1つで20万ptの儲けになるわけだ」
「でも数日で20万でしょ? 漁なら一瞬で200万だよ!」
俺は「ふっ」と笑った。
それから続きを言おうとしたのだが――。
「たくさんのプランターで同時に栽培すればもっと稼げるんじゃない?」
――千草が代わりに言った。
「千草の言う通りだ。これだけ栽培が楽なら、もっとガンガン増やしていける。何倍、何十倍とな。そうなれば、稼ぎは馬鹿にできなくなるぞ」
「うおおおお! 凄いじゃん!」
「それだけじゃない。今回はトマトだが、作物は他にもある。中にはトマトよりも金になる物だってあるかもしれない。はっきり言ってこれは大チャンスだ」
漁が出来なくなる可能性について、俺はずっと考えていた。
他所との縄張り争いや悪天候など、理由はいくらでも思いつく。
しかし今、それに対するベストな対策が見つかった。
「これだったら漁と違って他人や天候の影響を受けないで済むよね」
「その通り!」
由衣の発言に対し、俺は大きく頷く。
「最大の利点はそれだ。栽培なら自分の土地だけで完結する。見えない壁が守ってくれるので、他人や害獣に怯える必要もない。天気が悪くても
「やっぱ大地の読みは深いな! そこまで考えているのかよ!」
「言うほど深くはないと思うが……」
「なにをぉ!? なら私が浅いって言うのか!?」
波留が突っかかってくる。
微かに笑みがこぼれていた。
「いやいや、そんなことは……いや、そうだな」
「なんだよそれ! どっちだよ!」
「とにかくだ」
俺は話を進めた。
「栽培を本格化させよう。土地の機能を使えば更地が作れるはずだから、1ブロックを丸々栽培用にアレンジだ」
俺は〈ガラパゴ〉を起動し、拠点タブを開く。
土地の管理画面に移動し、「更地化」のボタンをタップ。
警告を兼ねた最終確認が表示された。
=========================
指定のブロックを更地にします。
〈はい〉を選択した場合、ブロック上の草木は全て消失します。
消失した草木は二度と復活しません。
本当によろしいですか?
=========================
俺は迷わず「はい」を選択した。
次の瞬間、1ブロックが更地と化す。
生い茂っていた草木が跡形もなく消えた。
「すげぇ! 消えた! すげぇ! 手品じゃん!」
大興奮の波留。
「マジで手品……というかゲームみたいだな」
更地を見ていると変な気分になる。
周囲のブロックには緑が広がっているからだ。
まるで一部分だけ禿げている頭のよう。
「よーし、あとはプランターをガンガン設置していくだけだな!」
波留がただちにプランターを買おうとする。
「いや、その必要はない」
そんな彼女を止める俺。
「必要はないってどういうことよ?」
「ここにプランターは設置しない」
「えっ? じゃあ、どうするの?」
波留が首を傾げる。
他の女子達も気になっている様子。
「プランターなんてチャチな方法は採らねぇってことだ」
「それって、もしかして……!」
由衣が気付く。
「そう――」
俺は頷いた。
「――この土地全てに専用の土を盛って畑を耕す。この更地で始めるのは家庭菜園じゃない。もっと規模の大きな作業。農業だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。