029 水野の決意
衝撃的な発言だった。
「ここを抜けるって、洞窟を出て行くのか?」
「そうっす。良くしてもらって申し訳ないっす」
「どうして抜けるの? 何か嫌なことがあった?」
千草が心配そうに尋ねる。
「もしやあの媚び媚び女のスパイだったのか!?」と波留。
「流石にそれは考えられないでしょ」
歩美が否定する。俺も同感だ。
「それで、実際のところはどうしてなの?」
由衣が水野に話を振った。
「恩返しっす!」
水野が俺を見る。
「藤堂先輩や皆さんは、いきなりやってきた自分を快く受け入れてくれたっす。しかも、仲間として大事にしてくれたっす。自分、今まで彼女はおろか友達すらいなかったので、本当に嬉しかったっす」
どうやら嫌になって抜けるわけではないようだ。
ただ、恩返しがどうして脱退に繋がるのかは分からない。
「どうにかして恩返しをしたいと考えたっす。その為になにが一番かを考えた結果、救援を呼びに行くのが一番だと思ったっす。だから、此処を発って小笠原諸島に行こうと思うっす」
「小笠原諸島って……300キロ以上も先だぞ。行けるわけないだろ」
「自分なら行けるっす」
水野の目には自信の炎が灯っていた。
「どうやって行くんだ?」
「こいつを使うっす」
水野が取り出したのはスマホだ。
「数人しか乗れない手漕ぎの小舟を買って、何日も掛けて目指すっす。大きな船やエンジンの付いた物は高いですけど、小舟なら数万で買えるっす。食糧等も〈ガラパゴ〉があれば困らないっす。スマホが生きているので、途中で進路を間違って彷徨うこともないっす」
なるほど、よく考えてある。
突発的な閃きで脱退を口にしたわけではないようだ。
「問題はまだある。天候が悪くなったらどうだ。大雨や強風に見舞われたら」
「その場合は泳ぐっす! 自分、泳ぐのは得意なんで! ウェットスーツがあれば問題ないっす! 3分の2を小舟で進むことができれば、あとは泳ぎ切る自信があるっす!」
「3分の1って約100kmだぞ。それだけの距離を泳げるのか? 走るのですら大変なのに」
「実際に100kmを泳いだ経験があるっす。それも複数回」
「マジかよ」
「100kmは24時間程度で泳げるっす。その時は立ち泳ぎの状態で食事を摂ったっす。だからそれほど無謀とは思わないっす」
水野の口調は強い。
考えを変えるつもりは毛頭ない、と顔に書いてある。
「だが、どうして今日なんだ? もう少ししたら救援が来るかもしれないぞ」
思ってもいないことを言う。
「救援が来るなんてありえないって先輩も分かってるすよね」
あっさり看破された。
「此処から生還するには、全員で脱出するか誰かが救援を呼ぶ必要があるっす。全員で脱出する場合、大きな船が必要になるっす。でも、そんな船は高すぎて買えないっす。仮に買えたとしても、今度は操船技術やらで苦労するっす。失敗する可能性が大き過ぎっす。
でも、誰かが救援を呼びに行くのであれば、そこまで大がかりな準備をする必要はないっす。幸いにも自分は泳ぎが得意だし、なにより〈ガラパゴ〉があれば物資を補充し放題っす」
水野の力説はもっともだ。
しかし、彼の言い分には抜けている点がある。
「もし途中で〈ガラパゴ〉が使えなくなったらどうする?」
「えっ?」
「〈ガラパゴ〉の機能は明らかに異質で、常軌を逸している。その機能が使えるのはこの島の周辺だけかもしれない。島から離れすぎると〈ガラパゴ〉が使えなくなる可能性は大いに考えられる」
徘徊者を討伐した夜に脱出を検討した際、脳裏によぎった疑問だ。
現状を維持できるのであれば、移動手段である船舶の入手はそう難しくない。
水野の言う通り高額だが、全力で貯金に徹すれば買える額である。
問題は船舶や操船技術よりも、〈ガラパゴ〉が使えるという前提の崩壊。
ただ、これについて、俺はそれなりのアイデアを持っていた。
「それは……考えてなかったっす」
水野の顔から自信の色が消える。
「その時は外部との交信を心がけろ」
これに対して、全員が「えっ」と驚く。
「大地君、外部とは連絡できないんじゃ」
千草が尋ねてきた。
「今は連絡できない。だが、〈ガラパゴ〉が使えない状況になったら、外部とは連絡できる可能性がある。今の異常事態から通常の状態に戻ったと考えられるからだ。もしもそうであれば、電話で救援要請をすればいい。GPSの信号を辿って即座に救援が来るだろう」
「なるほどっす! やっぱり先輩は凄いっす。でも、そんなことを自分に教えていいんすか? 先輩は自分を止めようとしていたのでは」
「お前の顔を見れば止めても無駄だと分かる」
「先輩……!」
水野の目に涙が浮かぶ。
「もちろん、これは俺の推測に過ぎない。〈ガラパゴ〉が使えなくなるなんてことはないかもしれないし、仮に使えなくなったとしても外部と連絡できるようになるとは限らない。だが、そういうケースを想定しておくかどうかは大事だろう」
「仰る通りっす。やっぱり藤堂先輩は読みが深すぎるっす」
「だがな、水野――」
俺はしっかりと水野の目を見つめる。
「――決して無理はするな。危険だと判断したら引き返せ。体調が悪くなってもだ。一度で成功させる必要はない。俺達からすると、仲間として一緒に活動してくれるだけで十分なんだ。それで恩返しになっている」
女子達が力強く頷いた。
「ありがとうっす。絶対に成功させてみせるっす!」
頼もしい言葉だ。
だが、俺は不安で仕方なかった。
とはいえ、俺に彼の行動を決定する権利はない。
とにかく無事であるように、と祈るだけであった。
◇
朝食後、俺達は海に移動した。
海に着くと、売買機能を駆使して水野にお金を渡す。
食費の50万を除いた全額を彼に託した。
「何から何までご迷惑をおかけしてすみませんっす」
「気にするな。金欠になられて困るのは俺達も同じだ」
水野が小舟を購入し、召喚する。
小舟の上に数日分の携帯食と飲料水を設置。
転覆に備えて、召喚する数は最小限に留めている。
「それでは着替えるので女性陣は後ろに向いてくださいっす!」
女子達が身体の向きを反転。
水野は足下にウェットスーツを召喚すると、制服を脱いだ。
「先輩、本当にありがとうございました! このご恩、絶対に忘れないっす!」
「お、おい、そういうのは服を着てからにしてくれ」
全裸の水野に抱きつかれる。
気持ちは嬉しいが、苦笑いがこぼれてしまう。
「ごめんなさいっす!」
「なにやってんだかぁ!」
波留が後ろを向いたまま茶化してきた。
「準備できたっす!」
水野が着替え終える。
ウェットスーツの上にジャケット。
背中にエアタンク、頭に潜水マスク、口元にシュノーケル。
そして、腰に装着したウェイトベルトからはチェーンが伸びている。
チェーンはスマホカバーと繋がっていた。
有事の際にスマホを海の底へ落とす心配もない。
もちろんスマホは防水仕様だ。
「それでは皆さん、お世話になったっす!」
水野はマリンシューズに履き替えると、手にグローブを装着。
最後にフィンを足に着けて準備完了だ。
「お前は舟に乗っていろ。俺達が海まで押してやる」
「いいんすか!?」
「当たり前だ」
「ではお言葉に甘えるっす」
水野が小舟に乗る。
俺達は水野ごと舟を持ち上げた。
そのままゆっくりと海に入っていく。
ある程度の深さに到達したところで舟を下ろした。
「無茶だけはするなよ」
「大丈夫っす! 行ってくるっす! あとで通話しましょうっす!」
水野は最高の笑顔を俺達に向けた後、オールを漕ぎ始めた。
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