010 リーダーとしての行動は嘘じゃないから

 皆の表情が分からない。

 分からないが、怒っているだろう。

 不安しかない沈黙の時間が流れていく。


「サバイバルの達人ぽく振る舞っていたくせに、本当は初心者だったっていうのかよ。よくも私達を騙しやがったな、この嘘つき野郎め」


 波留の声が聞こえる。

 いつもと違って冷たい感じだ。


「――なんて、言うとでも思った?」


「えっ?」


 思わず顔を上げてしまう。

 そこには、こちらを向いて笑う女子達の姿があった。


「怒るわけないっしょ!」


「大地が本当はそれほど知識がないことなんて分かっていたよ」


 由衣が言うと、千草と歩美も「うんうん」と頷いた。


「そ、そうなのか?」


「だって、大地君、隙あらばスマホを見ていたじゃん」


「しかも私達にバレないようにこっそりとね」と由衣。


「バレバレだっての!」


 波留が豪快に笑った。


「じゃあ、どうして……」


「だって、リーダーとしての行動は嘘じゃないから。私達の為にたくさんググって、私達の為に頑張ってくれているじゃん。で、結果も残している。大地のことを責める要因なんて、これっぽっちもないよ」


 由衣が微笑んだ。


「でも、俺は皆に嘘をついたんだぜ」


「嘘っていうか、見栄を張っただけでしょ」


 由衣をはじめ、女子は嘘と思っていなかったようだ。


「男は見栄っ張りだからね。私みたいな可愛い女を見たら背伸びせずにはいられなくなるっしょ? 分かるよ大地、気持ちは分かる。私は可愛いからな!」


 波留がニシシシと笑う。

 明らかに俺のことを気遣っての発言だ。

 俺は「何を言ってるんだか」と笑った。


「私達が気付いていて何も言わなかったのは、認めているからだよ。実際の経験がどうとか関係ない。こうやって寝床を確保したのだって、大地が紫ゴリラを倒す方法を考案したからなんだし」


 そう言うと、由衣は立ち上がった。


「これからもよろしくね、リーダー」


 由衣は洞窟に向かうと、壁際の布団に入った。

 それを見た波留が「あああー!」と慌てて立ち上がる。


「そこは私が目を付けてた場所!」


「もう入ったから私の場所だよ。反対の壁際を使えば?」


「おのれ由衣、卑怯なり!」


 波留は俺の頭をポンポンと叩いてから洞窟に駆け込んだ。

 そして、由衣とは反対側の壁際にある布団を確保する。


「私達も寝よっか」


「そうだね。――明日もよろしくね、大地君」


 歩美と千草も立ち上がり、布団に向かっていく。


(顔だけじゃなくて性格もいい奴ばっかだな……)


 素直に話したことで、胸につっかえていたものが綺麗に取れた。

 とても清々しい気分だ。思い切って話したのは正解だった。


「……寝るか」


 立ち上がり、洞窟に向かう。

 焚き火は消そうか悩んだけれど、そのままにしておいた。


(明日もリーダーとして頑張らないとな)


 空いていた真ん中の布団に入り、この日を終えた。


 ◇


 翌朝。

 俺はグループの中で2番目に目が覚めた。


 由衣以外の女子はまだ寝ている。

 スマホで時間を確認すると、朝の5時だった。

 ラインの未読が1500件を超えている。


「おはよう、大地」


 由衣は洞窟を出てすぐのところにいた。

 いつの間にか消えていた焚き火のすぐ横だ。


 俺は挨拶を返すと、蛇口の水で顔を洗った。

 顔を洗った後に、顔を拭く物がないことに気付く。


「これ使って」


 由衣がタオルを渡してきた。


「サンキュー」


 俺は受け取ったタオルで顔を拭く。


「不思議だよね」


 顔が洗い終わると同時に、由衣が言った。


「何が不思議なんだ?」


「その水よ」


 由衣が蛇口を指す。

 ハンドルを閉め忘れていた為、水がひっきりなしに出ている。

 だが、その水が洞窟内に流れ込むことはなかった。

 壁に吸い込まれていくのだ。


「水は無限に出てくるし、こぼれた水は壁に吸われる。現実とは思えないよ」


「そんなことを真面目に考えていたら頭がおかしくなるぜ」


 俺は笑った。


「この島は何もかもが異常だからな」


「それもそうだね」


 由衣は小さく笑うと、近くの木に目を向けた。

 背の高い木で、上のほうに果実が実っている。

 青と赤のストライプが特徴的な毒々しい果実だ。


「あの果実、どうにか取れないかな?」


「石でも投げつけてみるか」


 俺は洞窟に置いてある石を手に取った。

 由衣が俺から3万で購入した物だ。


「これ、投げてもいいよな?」


「もちろん」


「なら遠慮なく」


 大リーガー顔負けのフォームで石を投げる。

 ――が、石は明後日の方向に消えていった。


「ぷっ」


 背後から由衣の吹き出す声が聞こえる。

 しかし、振り返ると、彼女は無表情だった。


「今、笑ったろ」


「さぁ?」


「ふざけろ!」


 俺は近くの石を拾ってリベンジする。

 ――が、今度も当たらなかった。


「ぷっ」


 またしても由衣の吹き出す声が聞こえる。

 それと同時に振り返ると、慌てて表情を戻す姿が見えた。


「…………」


 俺はジーッと由衣を見る。

 由衣も無表情でこちらを見てきた。

 沈黙を破ったのは俺だ。


「どうやらあの果実には当たらない仕様のようだ。不思議な世界だよな」


「ぷっ」


 ついに彼女は堂々と吹き出した。


「そんなわけないでしょ。大地がノーコンなだけだよ」


「ま、コントロールなんて不要さ。奥の手で取ろう」


「奥の手?」


「ああ、見てな」


 俺はスマホを取り出した。


「オーケーググール、高い所にある果実の取り方を教えてくれ」


「そうきたかぁ」と笑う由衣。


「もうコソコソする必要はないからな」


 奥義「音声アシスト」の出番だ。


 ポン♪


「高枝切りバサミを使用すると良いでしょう」


 ググール先生が答えてくれた。


「そんなもん持ってねぇよ!」


 反射的に突っ込んでしまう。

 その様を見て、由衣は声に出して笑った。


「あとで歩美に作ってもらうよ、高枝切りバサミ」


「ハハ、そうしてくれ」


 ついでだからラインのログを確認していく。

 グループラインは夜になっても活発に動いていた。

 良い感じに情報が共有されている。

 だが、深夜になると状況が一変していた。


「これは……」


「ライン?」


 由衣が尋ねてくる。

 俺が頷くと、由衣は神妙な顔で言った。


「拠点、買っておいて正解だったね」


 彼女は既に読み終えているようだ。


「そのようだな」


 深夜のログは再び阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 正確なことは分からないが、狂暴な動物が徘徊していたようだ。

 襲われたとか、追われているとか、そういう報告が大量に上がっている。

 ――それだけではない。


「これ……マジか……」


 ログの中盤には写真がUPされていた。

 木にもたれかかって倒れている血まみれの男子学生の写真だ。

 名前は覚えていないが、顔には見覚えがあった。


「かなりの数の死傷者が出てるみたい」


 由衣の言葉を裏付けるように、ログは悲鳴が続いていた。

 そんな悲鳴が落ち着いたのは、午前4時を過ぎた頃だ。


「午前2時から4時の間が危険みたいだな」


 発言の時間帯から推測する。

 4時を過ぎると、ぱたりと悲鳴は止んでいた。

 追いかけてきた猛獣が忽然と消えた、という報告も上がっている。


「私達の失踪はニュースになっているからいつかは救援が来ると思うけど、それまで無事に生き延びられるのかな……」


 由衣が不安そうに空を見上げる。


「やれるだけのことをやっていくしかないさ」


 俺も空を見た。

 雲一つないご立派な晴天だ。

 その調子で俺達の心の雲も消してほしい。


 なんて思っていると、スマホが鳴った。

 どうやら〈ガラパゴ〉に新しいタブが追加されたそうだ。

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