第4話 誤解

 そうして私は大学へと通わせてもらえる事となった。


 正直勉強は大変だったけれど、目標が定まっていた事や、央さんの息子である北杜さんが一緒に勉強をし、支えてくれたお陰で合格する事が出来た。


 北杜さんとは小さい頃は何度か顔を合わせていたが、異性と言うのもあり、大きくなるにつれて疎遠であった。久々に会った彼には幼い頃のやんちゃだった面影はなく、すっかり落ち着いている。


「会社を支えるために一緒に頑張っていこうね」


 そう声を掛けてくれて、時に優しく、時に厳しく接してくれる。


 一緒に受験を頑張る仲間がいるというのは、とても励みになった。


 志望校が同じだからと家庭教師をつけてくれたり、勉強に集中できるように小母さんが家にご飯を作りに来てくれたりと、至れり尽くせりである。


 そうして一緒に大学に通うとなった時に初めて知ったのだ。


 一色北杜さんが本当は五百雀いおじゃくと言い、大きな会社の社長令息なのだと。


「普段は母方の性である一色を使ってるんだけど、まさか父さんは君に話しをしていなかったのか?」


 どうやら私が既に知っていると思っていたらしい。


 騙すつもりではなさそうだったのでその時は許したけれど、後から色んな考えが頭に湧き上がる。


(北杜さんは将来大きな会社の社長になるんだ)


 そんな彼を、はたして自分は支えられるのだろうか。


(まぁ末端の社員としてだろうし、そんなに気を張る事はないわよね)


 恩返しの為ならどんな事でもする気ではいるが、今はその事は置いておいて、出来る事をしよう。


 今の内から少しでもお金を稼ごうと、アルバイトを探すことにしたのだが、その事を北杜さんに離すと途端不機嫌になる。


「深春がそんな事をしなくていいんだよ」


「でも、妹たちの学費もあるし……」


「その辺りは父さんが何とかするって話しがあっただろ?」


「でも、いずれ返す為に今のうちに働いて、少しでも足しにしないと」


「返す必要なんてないよ、深春は家族になるんだから」


 その言葉に驚いてしまった。


「確かに小父さんの会社で働くって約束したけど、もしかして養子になるって事だったの?」


「え?」


 北杜さんは驚いて声を上げる。


「深春が了承したって言うから、俺もこの話を受けたんだけど、もしかして何も聞いていないの?」


「何の話ですか? 私は大学に行っておいた方が将来の為に良い、亡き父もそれを望んでると言われました。そして学費は将来小父さんの会社で働いて返してもらえればいいって。その会社で北杜さんも働くから、支えてくれとは言われましたけど」


 北杜さんは思わずといった感じで天を仰いだ。


「会社を支えてくれというのは、深春と俺が結婚して、会社を継いで欲しいって事だ。学費も婚約者だから払うって事で、返せなんて言ってないはずなんだけど」


「え? 話が全く違いませんか?」


「俺も驚いた。だから呼び捨てでいいと言ったのに、頑なにさん付で呼ぶし、バイトなんて始めようとしたのか……そんな必要ないのに」


 やや低めの声に怯えてしまう。


「あの、北杜さん……もしかして、怒ってます?」


「深春に対しては何も。ただ説明足らずだった父さんと、勘の鈍い自分に怒っている。今思えば違和感だらけだったのに」


 それまで優しい表情であった北杜さんが、些か冷たい目をしていた。


 初めて見る表情だ。


「俺との結婚を了承してくれたのだと思っていたのに……」


(だから優しくしてくれていたの?)


 本当は嫌なのだろう、だって怖い顔をしている。


「ごめん、今日は帰る。少し父さんと話をしてくるから」


 行ってしまう北杜さんを止める事は出来なかった。


 次の日からまた以前のように優しく接してくれるようになったけれど、私は北杜さんが望んで婚約したのではないと知ったから、どうしても心が開けないままになってしまう。


 そうして働き始め、特に進展のないままに関係性は続いていた。


 付き合ってはいるけれど、友達以上恋人未満な関係である。


(それももう終わりにしないと)


 いつまでも束縛をしていてはいけない、そう思いつつ、ずっと断ち切れなかった。

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