その場の勢いで潰した異世界を再建する。

@yoyono_kenbou

第1話 このままじゃいけないからこそ、このままじゃいけない


大学一年の冬、俺は手元の成績表を穴が開くほど見つめていた。


ディスアドバンテージ。


留年した俺は、これから他の奴らより一年遅く生きていくのだ。


マイナスを抱えて生きていく。周回遅れで生きていく。そう考えるとひどく気が滅入った。



後輩には、「事故に遭って入院していて単位を落とした」と言うとして、同じ大学に進学した幼なじみにはなんて言おう。


教授たちにもマークされているかもしれない。



迷いは無かった。



そのままの足で俺は雪山に向かった。


降り積もった落ち葉が50センチ、雪が30センチ。


整備していない雪山で、柵は意味を成さない。



上裸で登る俺を拒むように吹雪く山々は、傷ついた俺に優しかった。


これは近いうちに高熱が出る、確信した。


こうやって定期的に風邪を引けば、体が弱い人なんだと周囲に納得させられる。


下半身は出さなかった。


ヒルとかマダニが怖かった。



「あっ。」



踏み外した。



踏み込んだ瞬間、後ろ足の雪まで滑り出した。


そこまでは覚えている。



――-----



「筋がいい、俺の部下にならないか?」


「私は陛下の足下にて国を守ることが仕事でございますので。」


「報酬は今の三倍払おう!」


「陛下の威光には背けませんゆえ。」


「王の威光にて降り立った勇者の直属の部下となるんだ。忠誠は替わらないはずだろ。」


「しかし…」


「五倍…いや、十倍出すぞ!」



近くでダンピングが行われている。


片方は中年のおっさん、もう片方はそれより若い。


これ王様裏切られるやつだろ。



「…生きてる。」



口の中がネバネバする。


最低でも十五分くらい意識を手放していたのだろう。


そんな感じだ。



わりと歪んで汚い檻が目の前にある。


刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいてください!


というか俺が檻の中か。


まさか、あの山は私有地だったのか。


だからって即逮捕ってことはないだろう。



「交渉は成立だな。」


「お互い内密に致しましょう。」



衛兵は割と簡単に丸め込まれたようだ。


隣のおっさんは相当口が回るらしい。



「まず勇者とは何か説明して貰おう。」


「勇者は古き伝承に定めらた異邦より召喚される英雄。魔を滅する使命を与えられた至高の戦士でございます。」


「ほう。その伝承とは?」


「申し訳ありません。内容までは。」



俺たち、召喚されたのか。


そう考えると俺が上裸なのと周りが湿っているのに納得がいった。


おそらくこれは夢じゃない。


しかし、勇者にしてはこの扱いはひどいだろう。


隣のヤツも檻の中で衛兵と会話しているらしい。



いつここから出られるのだろう。


武器とか防具は後からなのだろうか。


床が硬くて、いい加減体が痛くなってきた。



「おっ、武器あんじゃん。」



思わず口をついて出た。


右手に突如として現れた弓には、それほどの重量があった。



「なんだ?兄ちゃん。何か見つけたのか?」



この感動を隣のヤツにも共有しなければいけない。



ガンッガンッガンッガンッガンッガンッ



「ちょっ!なにやって…」



衛兵が何やら焦っている。


弓をバットのように持ち、檻にガンガンぶつけて歪める。


手に反動がじんわりと伝わる。



「兄ちゃん。それ弓だろ。矢は?」


「矢なんて飾りですよ。ほら、もう肩が通りそうです。」


「というかどうやって手に入れた?」


「なんか考えてたら急に。」


「ふぅむ。」



そうか。矢も手に入るはずだ。


歪んだ檻から体を滑らせ抜け出した。



「出れました。出れましたよー!」



そう言うと同時に、金属の擦れる鈍い音が聞こえた。



「おー。こっちもだ。」



隣のおっさんも出られたらしい。


顎髭とツーブロックのもみあげが繋がった小綺麗な風貌。


着ているタートルネックからして、絶妙に意識高そうだ。


左手に剣を引きずっているので、それは言わない。



こうなったら檻をすべて壊して脱出するのが定石だ。


左手に現れた矢は、白い電撃を伴っており、非常に攻撃力が高そうである。


たぶん素手の囚人よりは俺の方が強い。



「とりあえず俺たちの召喚主を探すぞ。ついてこい。」


「ほほいほいほい。」



適当に弓を引いたら飛び出した雷が鍵穴を穿った。


ものすごく楽だ。これ。


弓返りとか残心とかいらんかったんや。



鍵が壊れた牢からニキビ面の高校生が出てきた。


スマホをいじっている。


凄まじい陰のオーラだ。



「あ、あの、ここ、圏外ってなってて…」



よくこんな上裸で弓持ってる奴に話しかけられるな。


お前は強いよ。誇っていい。



「あたりきしゃりきだ。ついてこい。」



俺の方が年上だし、こんな典型的な弱者高校生は天然記念物だ。


守ってやろう。



牢は全部で四つ。


最後の牢はおっさんが剣で開けたようだった。



「お前も来るか?」


「はい。あ、いや、すんません。」



髪にメッシュが入った男。


二十台前半くらいでピアスをたくさんつけている。


女殴ってそうな顔、というのが近い。


だぼっとした服で最初はわからなかったが、かなり酔っているらしい。


千鳥足でも自分で歩ける限りは連れて行ったほうがいいはずだ。



「おい、四人とも檻からでているぞ。」



衛兵が階段から一瞬頭を覗かせ、すぐさま走って行った。


まずい。



「逃がすかよっ!」



俺が撃った矢はくるっと回り衛兵の後を追った。


鈍い悲鳴が聞こえた。


こんなこともできるのか。



「よし、行くか。」



タートルネックのおっさんを先頭に俺たちは進む。



「手分けした方が早いと思うが、相手の戦闘力は計り知れない。このままでいくぞ。」



階段を上り終えたところで、頭を貫かれ、力尽きた衛兵がいた。


いやまじかよ。


しかも、おっさん死体踏んでいくのかよ。



これはやりすぎた。


ここで踏みとどまらなくては、俺の中の道徳観がおかしくなる。



「っ!」


「おい!狼藉はそこまでだ!」



俺が言いかけた時、衛兵の声がちょうど遮った。



「わかった。投降しよう。」



目の前のおっさんは剣を捨て両手を上げた。




それからは呆気ない幕引きだった。


鎖で縛られた俺たち四人は王様の前に突き出された。



「これから審議が行われる。そこで直れ。」



こりゃあかんか。



「ちょっと、水あります?」


「黙れ!王の御前だ。」


「ほんとに…水ないと…やばいんで。」


「いい加減にせんか!」



メッシュの男が床に頭をたたきつけられている


何やってるんだ。



「ほんとお願いします。一杯だけなんで。」



ドゴッ!


割としつこい要求に衛兵はしびれを切らしたらしかった。


ゴンッ!


絶え間ない暴力が続く。



なんとかしたいが、俺にできることはないだろう。



赤黒いシミが広がっていく。


床を通して震動が伝わる。


ピアスって殴った側も殴られた側も痛そうだよな。



バゴッ


そろそろ本格的にやばいかもしれない。



「やめてくださいよっ!」



お前が言うのかよ。


高校生が震えながら叫んだ。


こいつさっきまでずっと電波探してたんだが。



「それはっ!魔方陣…だと。」



えぇ。



高校生の拘束されている足下から陣が浮き上がってきた。


瞬間、熱風が俺の背を通過した。


魔方陣から錬成された焔の玉が発射され、メッシュにまたがっていた衛兵は焼き尽くされた。



「鎖は外しました。皆さんも一緒に戦ってください!」



やる気スイッチどこにでもある。


やるしかないのも事実だった。


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