第3話 他方
婚約者を蔑ろにしているつもりはなかった。
自分の第二王子という地位と責任だって、重いとは思っていなかった。
ただ、なかなか思うように次期騎士団団長としての教育がすすまず、下手をすると婚約者の方が強いのではないかと不安がよぎる日々に、余裕がなくなってきた。
「私は忙しい身だ。そのような時間は取れない」
ーーお前と違って。
もっと早くに色々とすませることができない自分に腹が立つ。こつこつしかできない己が情けない。
「はあ、左様ですか……」
婚約者の諦めたような返事がぐさりと刺さった。
言い方を考えるべきだったのかもしれないが、口は止まらなかった。
「そのような時間があるなら、妃教育や公爵家の領政を少しでも学んだらどうだ」
逃げるように言い捨てて逃げ出したオレを、侍従が追いかけてきた。
「恐れながら……」
遠慮のないまっすぐな眼差しは、怒りを閃かせてオレを射貫く。
「殿下は、セッター辺境伯令嬢との婚約を取り止めたいとお考えですか?」
ーーは?
いきなり言われた内容に、足が止まった。
「前回、お二人で過ごされたのは先月末のお茶会で15分程度。その前は2ヶ月前の王妃陛下主催の夜会ではじめの30分ですが、二人きりではなかったです。さらに前となるとやはりお二人のお茶会で半時間ほどです」
わかりますか?
侍従に詰め寄られて、なにも答えられなかった。改めて口にされると、婚約者との時間などないと言われて当然の……。
「殿下は、王家主催の会にしか出られていません。将来公爵家を継ぐ身として出席の必要な会には、すべて婚約者一人で代理出席させる非道を繰り返しています」
ーー婚約者一人で?
いや、エスコートをするものがいるはずだ。女性限定のお茶会ならいざ知らず、女性一人で参加できないのだから。
「まさか、エスコートが居るから一人ではない、とか思ってませんよね」
どきっとした。
「ほとんどエスコートしない婚約者。代わりになる父親や親族は辺境の地からめったに離れられない環境で、伯爵家の出である護衛を代役に参加。周りからは嘲笑われ、お一人で耐える様に、王家へ陳情が寄せられております」
「……なっ!?どういうことだ!?なぜセレイン嬢が嘲笑われる?」
あれだけ優秀な彼女が?
心臓がどきどきと落ち着かない。耳元で鼓動してるようだった。
「殿下が相手にしていないからでしょうね」
侍従の冷たい声に、あり得ないと叫びかけたのを飲み込んだ。
「……………そんな、ことは、ない。きちんと彼女を尊重している」
はずだ。
「セッター辺境伯令嬢の妃教育は、数年前に終了しております」
は?
「今は、将来のために公爵家の領政の半分ほどに携わり、個人で興した事業も取り仕切っていらっしゃいます」
……は?
「ーーご存知でしたか?」
それは問いかけではなく、お前は何も知らないだろう、と責めるものだった。
「昨日のセレイン嬢とお出掛けは、どうだったの?」
週に何度かある家族揃っての夕食の際、母から声を掛けられた。
「おで、かけ……?」
なんのことだ?
「お出掛け、ですか?」
兄が母へ尋ねた。その顔は、珍しい、と言っている。
「演劇の特別席をなんとか押さえて、辺境伯家に渡したの。ーー辺境伯が、あなたとの彼女がほぼ一緒に過ごしている時間がなく、娘があまりにも蔑ろにされているのではないか、とかなりお怒りの手紙を寄越してきたから……伝をかなり無理矢理使って手に入れたのよ」
それは、もしや昨日の……?
呆然と見返すと、まさか、と口にして母は固まった。
「まて、そなたは確か昨夜も執務室で晩の軽食をとっていなかったか?!」
父が驚いた様にこちらに問いかけてきた。
「お前、まさか婚約者との約束を忘れて仕事をしていたのではなかろうな!」
いや、約束どころか……。
「きちんと、断りを入れております」
約束を忘れるなどと、不誠実なことはしていない。
「「「「「はあっ!?」」」」」
家族からの鋭い問い返しに固まっていると、怒り狂った女性陣からこんこんと説教をされた。
「婚約者をなんだと思っているのです、この愚息が!」
「只でさえ、普段から婚約者を蔑ろにする残酷な王子のせいで、セレイン嬢が相当嫌な思いをしてるのに、その誘いを断るとか!クズにも程があるわ!」
責められまくって、ふらふらになった俺は、次の夜会のエスコートを誠意を尽くして申し込み、エスコートを完璧にこなして婚約者からの信頼を得るよう誓わされた。
侍従とも相談し、誘いに来てくれたときにお茶を勧めて話をすることになった。
贈り物もあまりしたことがないのだから、ドレスくらいは贈るべきだろう、と言われた。
誕生日や新年の祝い以外での贈り物は、確かに記憶がない……。いや、色々頂いた後の返礼は侍従に命じていたはずだ。
護衛騎士は、エスコートのお願いにセッター家まで出向いた方がいいのでは?と言っていたが、そこまでの時間はとれない。
……いや、無理にとろうと思えば取れたのだ。
安易に自分の時間を優先したことを、後悔したのは、婚約者が笑顔で「一人で参ります」と告げて去った後だった。
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