うーん、別に……

柑橘 橙

第1話 契機

 中央の貴族が、夜会だのお茶会だので忙しいというのも分かるし、宮仕えだの領政だの家業や商売だので忙しいというのも分かる。

 私セレインだって北のセッター辺境伯家の次女として、跡継ぎの姉の助けになり、かつ、御家騒動を起こさないために事業を興して頑張ってる、……はず。

 なのに。

「私は忙しい身だ。そのような時間は取れない」

 ーーお前と違って。

 蔑むような凍える眼差し。美形は無駄に迫力有って、怖い。

「はあ、左様ですか……」

 婚約者にこんな風に言われるのって、理不尽じゃね?って思うんだけど、取り敢えず返答した私、えらい。


 婚約者である第二王子殿下は、後々の騎士団団長として、結婚と同時に公爵家の養子になる予定だ。現公爵閣下にはお子さまがいらっしゃらないので、その爵位と地位を継承するのだ。

「そのような時間があるなら、妃教育や公爵家の領政を少しでも学んだらどうだ」

 そう言い捨てて、婚約者は颯爽と去っていく。

 麗しい見た目に反しない長い足を引っかけたろか、とか思ったらダメだよな、やっぱ。

 従者が真っ青な顔で私に頭を下げて、下げまくってから後を追うのも、見慣れた光景。

その様なもの妃教育、とっくに終わっておりますのに」

 ため息混じりに侍女がこぼした。

「領政も半分は、お嬢様がされてるっつーのに」

 護衛も呆れた声を漏らす。

 何年も気づいてないから、今さら気づくわけないよねぇ。

 うーん。

 私の手元には、超、超、ちょーう人気演劇のボックス席の激レアチケットが有る。

 滅多なことでは手に入らないやーつー。

 珍しく王都に二ヶ月も滞在していた姉と父が、あまりに没交渉な私と婚約者を心配(?)して、用意してくれた。

 ーーこれ、どーしよ。





「逆に、断られて良かったかも」

 劇場のボックス席にゆったり座っているのは、私と侍女のラミアと護衛のロボス。

 この2人、私より五つほど年上でまだまだ若いのもあってか、こうしたことに遠慮なく付き合ってくれる。

 しかもこの席、完全プライベート仕様で外から見えないようになってるので、こっそり屋台で買った美味しそうな食べ物とかスイーツとかジュース持ち込んで、まったりできる。

 鍵も外から開けられないように、私のお得意裏技魔法で、ちょいと細工。

 さらには、屋台で買い物するときから認識阻害して、持ち込み料理は隠した。スゴくない?

 苦労しただけはある!

 いやー、極楽ぅ。

 劇もおもしろかった。何ていうか、下級貴族の婚約と恋愛の狭間を、コメディにした内容。結局は、浮気はダメ、最低、となる内容なんだけど、過程がよく考えられてて良かった。


 婚約者と来てたら、つまらんとか言って不機嫌になってたかも。そう考えたら、本当に断わってくれてありがとう!って感謝しないとな。

「では、私は馬車を呼ぶように伝えて参ります」

 ラミアが観客がほとんど捌けたのを確認して、廊下へ出た。

 私の魔法が効いているから、席内では伝達魔法が使いにくいのだ。

「いやー、ありがとうございます。殿下さまさまですね」

 ロボスがうきうきとゴミを片付ける。

 本当にな。

「毎回、こういった催しは是非お断りくださるといいですね!」

 !!!!

「ーーそれだ!」

 カッと頭のなかで天恵を得たかのような衝撃があった!

「ロボス、流石!いいこと言うわね!」

 降臨した魔王のような高笑いをしなかった私、えらい。

「そうよ、そうだった!断って貰ったらいいのよ!!」

 私の心の背景は、荒波が岩壁に打ち付けられ、派手な飛沫を高々と飛ばしているかのごとく感動を表している。


 ……て、冗談はさておき。

 断って貰うって考え、良くない?

 あの婚約者第二王子殿下様ってば今回に限らず、ちょいとお茶会へってお誘いが多い立場なのに、義務が発生する王家主催の会以外はお断り。なんなら、公爵家や辺境伯家の関係で出ないとならない会には、一人で参加させられて。

 最初の頃は、居たたまれないやら恥ずかしいやら、腹立たしいやらで。

 笑顔を取り繕えただけ褒めて欲しい。まあ、自分で褒めるけど。

 婚約者が居る場合、大抵はペアで参加。難しいなら身内が代わりを務めるのが普通だが、私はほぼ身内というか、護衛のロボスを伴った。だって、父は辺境伯領から簡単に離れられないし。

「いつも、第二王子殿下はお忙しいんですのね。セッター辺境伯令嬢がお一人でご参加なさるとは……。本当に王家の方は大変ですこと」

 挨拶かってくらい言われまくった。

「そうですね。殿下は本当にお忙しい身なので」

 挨拶並みに返しまくったわ。

 まあ、辺境伯家のご令嬢だし、王子殿下の婚約者だから、迂闊なことを言ってきたり仕掛けてきたりする愚か者は少ないのが救いだったかなー。

 慣れて来たら、湧き出てきあのは『諦め』。

 この頃から、第二王子妃を狙ってか度々暗殺未遂が起こった。

 大事にされてないなら、と難易度下がったかな。

 醜聞にならないようにと、未然に防いだり隠蔽してたけど、

「防いでも防いでも幾らでも沸くとか!ゴキブリか!?」

 終わりが見えなかった。


 だから、沸いてきた『諦め』と残った『腹立たしさ』を遠慮なくぶつけて、ストレス解消!

 敵は全て殲滅したらぁ!

 ってことで、スカッと。


 最初に殲滅したのは、某侯爵家。

 第二王子殿下の婚約者にしたい娘がいたらしく、色々画策したけども王家が受け入れず。私さえ消せばって思ったのか、しつこくしつこく命を狙ってきた。

 最後は実力行使。

 なにせ、王子の婚約者なのに護衛と侍女が一人ずつしかいない。襲えば簡単に消せる……と。


 甘いよねぇ。辺境伯家の人間を舐めすぎ。

 私を消したいなら、一個大隊くらい引き連れて欲しい。ロボスなんて、私よりかなり強いし。

 ラミアに至っては、小隊くらいは暗殺してみせる実力者よ。

 二十人くらいの刺客なぞ、瞬・殺。

 殺してはないけど、意識刈り取って両手足を使えなくしたくらいか。頑張って直せば、生活するくらいなんとかなるかなー程度で。

 で、道端に捨てました。ぽいと。

 その後、直ぐに侯爵家に攻め込んだ。

「兵は神速を尊ぶって言うよね。ここで、バレないうちに、消しとこうよ」

「お嬢様、悪い顔してますよ」

「そう言うロボスこそ」

 にたり、と悪魔の様な笑みを浮かべていたら、ラミアに冷たく突っ込まれた。

「しゃべってないで、行きますよ」

「はーい」

 王都の侯爵家の人間を片っ端から気絶させ、屋敷全体にかけた隠蔽魔法があるから、と庭に放り出し、気持ち良いくらい盛大に屋敷を破壊した。

 ロボスは、足の着かなさそうな宝石やら現金を持ち出し、その日のうちに孤児院や救護院にばらまいてた。

「慰謝料ですよ。慰謝料。お嬢様に迷惑かけまくったんですから。で、それを寄付。あー。イイコトするって気持ち良いなあ~。オレ、クセになりそう!」

 違う意味に聞こえるわ!

「別邸と領地の城も潰しますか?」

 ラミア、容赦ないな。

「慰謝料、もっと増えますね~。イイコトしたいです、お嬢様!」

 いや、だから言い方ぁ!

 ちなみに、かかった時間は数十分。

 瓦礫の山は、あと数時間したら隠蔽が解けてお目見えの予定。

 その頃には、全て終わってるよね。

「領地の城も潰したら、流石に帰るとこなくて困るんじゃない?」

「お嬢様、お優しいにもほどがあります。命を狙ってきたのであれば、生かして貰えるだけでも感謝していただかないと」

 ラミアの笑顔が怖かった。

「でも、ここの侯爵家の領地は遠かった気がするんですが、どうします?時間かかると、足がつくかもしれませんよ。残念ですが、オレとしてはオススメできないですね」

 そうなんだよね。

 うーん……。

「そうね、たしかここの領地へ帰る途中、山道があったわよね。あそこを通らないと帰れないはず。迂回するには、王都近くまで戻る必要があったわ」

「へー。でしたら、通れないと困るでしょうねえ、オキノドクに」

 棒読みね、ロボス。

「そうですね。お嬢様のおっしゃる通り、通れないと、簡単には帰れませんわ。復旧が長引けば、大変でしょうね。王都の屋敷が無い状態で、果たして引き帰せるのでしょうか」

 いやぁ、ラミアったらぁ、悪いお顔。

「じゃ、そのように手配してくれる?では、次に行くわよ」


 


 こんな感じでいくつかの殲滅を実行したら、いつの間にか、ゴキ……じゃない暗殺未遂がなくなった。

 全部潰したのか、あちらが察したのか。

 証拠は一切残してない。

 侯爵家の時は、襲撃してきたやつらを放置したあと、屋敷を破壊して、その後わざわざ騎士団に通報しに行ったもの。

 空の馬車が騎士団の本部へゆったり向かう間に事はすんでるし、馬車に乗り込んで騎士団で長い調書と現場検証に付き合ってる間に侯爵家襲撃の連絡が入るようにした。

 すーべーて、完全犯罪よ!

 ふっふっふっ。

「いくら襲撃されたからとはいえ、自ら現場検証に同道するなど……。護衛に任せて屋敷に帰って大人しくしておるべきではないのか?」

 ほお。

「もう少し護衛を増やすか、不必要な外出を控え、成すべきことに取り組めば良いだろう?何のためにわざわざ公爵家に訪れた?まだ嫁いでもないというのに」

 ーーこの婚約者、シメて良いでしょうか。

 侯爵家からの襲撃後のお茶会で言われたのが、これよ。形だけでも、社交辞令でも良いから心配したとか大丈夫かとか、ないんですかね?

 え?実はツンデレ?

 ない、ない、ないわ~。ツンドラでしょ。

 面倒だから笑顔で無言を貫いていたら、いつもより早くにお開きになった。

 今度から、この手使えるかな。


 結局、侯爵家は伯爵家へと降爵した。なんでも、破産しそうなほど資産を失い、侯爵家ご一家に至っては、領地に帰る際の事故では、お身内でかなりの恥を晒したとか。

 領地の規模も縮小され、嫡男の婚約は解消。ご令嬢は遠方の裕福な子爵家に嫁いだとか。

 御愁傷様、かな?

「そこは、おめでとうございます、で良くないですか?」

「ご成婚のお祝いをお贈りいたしますか?」

 ちょっと格の下がった贈答品カタログを取り出すラミア。

 容赦ないな。

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