異能力者オブ・ザ・デッド〜射撃スキルで終末世界を生き延びる~
夜見真音
第1話 世界の終わりとゲーマー
例えば、目の前で助けを求めている人がいたとして。
その人を見捨てることが正しいとされるような世界には、存在する価値があるのだろうか。
『6月24日』
俺の放った弾丸でゾンビの頭が弾け飛ぶ。
視界の一面をゾンビの大群が覆っていた。一斉に襲い掛かってくる動く屍にアサルトライフルの弾丸を浴びせる。
撃ち漏らしたゾンビが殴ってくるが、HPは十分にあるので問題ない。まとわりつくゾンビを近接攻撃で殴り飛ばし、銃撃でトドメを刺した。
全てのゾンビを片付けてステージクリア。マウスから手を離した俺は息をつく。
薄暗い部屋の中でモニターの光が俺を照らしている。朝から数時間プレイしていたゾンビゲームの画面が暗転し、モニターに疲れ切った男の顔が映った。
ただゲームをしているだけなのに、どうして俺はこんなに疲れ切った顔をしているのだろう。ゲーミングデスクに置かれたエナジードリンクの缶を手に取り、口をつける……もう一滴も残っていない。
部屋の隅にある簡易冷蔵庫を開く。
エナジードリンクは在庫切れだった。
「コンビニで買ってくるか」
ヘッドホンを外して立ち上がり、ジャケットを羽織る。ポケットにスマホを入れて玄関に向かう。
アパートの部屋を出ようとした際、やけに外が静かな気がして立ち止まった。
家の前にある公園は、いつもボール遊びをしている子供たちで賑わっていたが、今日は静かだ。隣部屋の住人は平日の昼間からギターを弾く元バンドマンだが、彼の掻き鳴らす旋律もまた鳴りを潜めている。
まあ、そんな日もあるか。
普段とは違う静寂が少し気になった程度で、別に何が起こったわけでもない。
靴を履き、ドアを開けた。
「ガァ……アアアッ……」
部屋の前に顔色の悪い男が立っていた。老人のように腰を曲げた猫背で、気味の悪い呻き声を漏らしている。よく見ると隣部屋の住人だった。元バンドマンで、いつもギターを弾いていた人。
「体調でも悪いんですか――」
声をかけたら、男の首がぐりんと回った。
血走った虚ろな目が、こちらを向く。
明らかに様子がおかしい。血の通っていないような灰色の肌、光がなく焦点の合っていない目、意識を無くしたまま動いているような異様な雰囲気。
男の姿は、まるで――俺が先ほどまで撃退していたゾンビにそっくりだった。
「ガアァッ、アアァァァッッ‼︎」
「――っ⁉︎」
男に飛び掛かられ、反射で身体を斜め前に逸らす。すぐ横でドアに突っ込んだ男が転がる音がした。避けた勢いで地面に手をついた俺は立ち上がり、振り返る間もなく走る。
アパート中で異変が起こっていた。
「住人たちが……」
元バンドマンの隣人だけでなく、顔見知りの住人たちが異常な様相でアパートの敷地内をうろついていた。皆一様に顔は青ざめ、緩慢な動作でフラフラと歩き回っている。
前を塞ぐ住人たちを押し退けるようにしてアパートを出ると、道路は散々な有様だ。アスファルトの所々は血で染まり、動く屍――ゾンビたちが徘徊している。
「現実でゾンビパニックが起こったのか……冗談じゃない」
ゲームで何度も見た光景が現実で広がっている。唐突に非日常へと放り込まれたショックで身体が震え出した。
とりあえず逃げなければ。
ここで突っ立っていても、奴らに襲われて終わるだけだ。
幸いにもゾンビの数は多くなかった。俺は数体のゾンビの間を駆け抜ける。奴らの動きは鈍く、思いのほか簡単に逃げることができた。
しばらく道路を走って、ゾンビの姿がない路地裏で息をつく。
ここまでの道中で、いくつか人の死体を見た。そのうち起き上がって動き回るのだろう。
ゾンビに襲われない安全地帯に逃げ込むべきだ。
「避難場所は……」
ここら一帯の避難場所をスマホでチェックした。一番近いのは俺が通っていた高校だ。ひとまず目的地はここでいいだろう。
今は、コンビニで支払うために持ってきたスマホだけが命綱だ。バッテリー消費を抑えるために肝心な情報だけを速やかに確認したい。
SNSを開き、ざっと世界の状況を見る。
「混沌だな」
どうやら世界中でゾンビが出現しているらしく、避難を呼びかけたり家族の安否を確認する投稿で溢れていた。
俺は唯一の肉親である爺ちゃんに通話をかける……出ない。
切迫した状況にいるのか、通話に出るのがめんどくさいだけなのか。まあ、あの人なら大丈夫か。ゾンビの一人や二人ぐらい撃ち抜けるだろう。
とにかく、安全な場所に行かなければ。
避難場所の高校に向けて歩き出す。道中で何か武器になるようなものがないか探しながら道路を進むと、前方にパトカーが見えた。
パトカーは電柱に衝突しており、前面が無惨にひしゃげていた。
運転手の警官は、すでに息がなかった。彼の腰に巻かれたホルスターには拳銃が収められている。これは……使えそうだ。
ひびの入ったサイドガラスに全力で拳を叩きつけて破壊する。
ドアのロックを解除して警官へと手を伸ばす。死体を見るのは初めてではない。だけど実際に近づいて触れるとなれば、多少は緊張する。
「銃、借ります」
物言わぬ警官からホルスターと拳銃を拝借した。
腰にホルスターを装着し、拳銃を手に持つ。ずっしりとした重みを感じる。
相手を殺すための武器。
そう実感した瞬間――視界に異常が起こった。
「なんだこれ……レティクル?」
視界の中央に、小さい円が見える。目を動かすと、ぴったりと固定されたままだ。しかし拳銃を持った手を動かせば、連動するようにレティクルが視界の上下左右へと位置取った。
「FPSじゃあるまいし」
呟き、嘆息する。ゲームのやりすぎで、ついに幻覚を見るようになったか。それとも現実だと思っていた世界が実はゲームだったのか。なにはともあれ、視界のレティクルは消えてくれない。
「アァ、ガァァ……」
唸り声が聴こえた。
運転席の警官が勢いよく俺に向かって手を伸ばした。ジャケットの裾を掴まれそうになったので、飛び退く。
警官はパトカーから這い出てきた。
どしゃりと地面に顔を叩きつけ、ゆっくり立ち上がる。
ゾンビと化した警官は、血走った目で俺を睨みつけた。
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