第17話 発明令嬢「今度、こそ、違うんだってば」/ギロチン令嬢「まあ、生前なら友達にはなってないタイプだなぁ、とは」


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 悪役令嬢、ガラル・モルテンは、クラフト要素がある乙女ゲームの悪役令嬢であった。


 主人公の工房の乗っ取りを画策したゲーム内ガラルは、しかし違法パーツの取り扱いにより逆に凋落してしまう。その後はラスボスである巨大ロボ、その心臓部の材料にされるなど、かなり酷い扱いを受けつつ退場する。

 この流れを知っていた転生ガラルは、まず違法パーツに頼らずとも工房を大きくするため技術を高め、様々な発明により複数の特許を取得した。

 だが、それはそれとして違法パーツは扱っていたので摘発を受け、ガラルは12歳にして魔界へと亡命、攻略キャラのひとりである青肌スパダリ魔族と共に魔界統一トーナメントを勝ち抜いていくことになる。

 結論だけ言えば悔いのない人生だったと言えるが、「魔界参謀」などという二つ名で歴史に名を刻んでしまったことは、悔いといえば悔いだ。


 歴史家はガラルを偉人として扱うが、ガラル自身はまったくそうは思っていない。ガラルの人生は影だ。ガラルの傍にいつもあった、奇人・変人・個性的な人物の存在。その、あまりにも眩い光から生まれた影。

 ガラルの人生はいつだって、それらの人物にそそのかされ、騙され、流されながら刻まれてきたものに過ぎないのだ。


 ゆえにガラルは、今生こそ自由に生きることを望む。


 たとえどのような人物が目の前に現れても、流されたりはしない。


 己の人生は、己だけのものなのだから。


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 流されたりはしない。

 しないのだ。

 しないってば。


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 ガラルは炎に包まれていた。

 魔法が盾を貫通し、こちらの体を焼いているのだ。


 ……そう、か。そういえば、聖女による魔法、は、実験、してなかったな。


 ガラルが持つ盾は、あらゆる攻撃を弾いて打ち消す、12歳のガラルの人生を変えた発明だ。その効力は折り紙つき。何せ違法パーツを数多く使っている。

 環境を破壊するため使用を禁止された薬品。

 絶滅が危惧される植物の油。

 扱いを間違えば爆発する回路。

 だが、それらを繋ぐために使っている魔力は、悪役令嬢であるガラルに由来するものだ。当然、聖女の加護、神聖力、神聖術理には相性的な不利を抱えている。


 ……作り直し、か、な。


 なんでも防ぐ盾。お湯を注げばもう1回。そんなコンセプトありきで開発したものだが、例外があるのであれば発明としては下の下だ。

 ガラルは思った。


 ……別、に、このまま、魔術から神聖力が尽きるのを、待っても、いいんだけど。


 だが、そうのんびりもしていられない理由がある。

 この遠征は、レイネの妹を探すためのものなのだ。

 レイネ・ドルキアン。ギロチン令嬢。少し怖いと思っていたが、好きなアニメが同じだった。良い人だ。「ナイスGUY」を好きな人に悪い人などいない。決して。

 だから、


 ……少し、力、に、なってあげたいと、思ったんだ。


 鉄の街の秘密。行方不明の聖女。突然の襲撃者。聖女と思われる魔法使い。


 ……この人たち、を、捕まえれば、何かわかるかな?


 うん。


 ガラルは、己を包む炎をわっしと掴んだ。


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 レイネは、ガラルの生存を諦めていた。


「ガラルさんのことは忘れませんの……!」


 おい、というグーラの言葉が聞こえた気がするが何に対する突っ込みだろうか。わからない。わからないが、わからないなりにレイネは走った。

 ガラルの仇を打つ。鍔迫り合いから離脱し、謎の人物と剣を打ち合わせるグーラは置いておく。多分どうにかするだろう。だから今は前だ。


 前方、およそ30メートルの位置に、炎を放った誰かとその傍らに佇む誰かが見えている。

 グーラに斬りかかった誰かと合わせて、敵は3人。

 レイネは戦闘のプロではない。放たれる魔法に対する対抗策など、こうして走り回って的を絞らせないくらいしかできなかった。やたらギロチンが便利なだけで、複数の敵を相手に立ち回れるような自力はレイネには決してないのだ。


 だからレイネは信用した。

 ギロチンの目標は、魔法を放った誰か1人に絞る。白のローブ。杖。少女。典型的な魔法使いの格好だ。

 この悪役令嬢と聖女が蔓延る世界における「典型的」とは何か、とレイネは一瞬疑問に思ったが、まあそんなことはどうでもいい。


 レイネはギロチンを3枚、射出した。

 着弾までは一瞬だ。敵、ローブ姿の少女が目を見開き、それから杖を正面に掲げた。


 防護壁の魔法。


「!」


 金属音が響き、それから、


「──」


 レイネの眼下。足元。

 先ほどまで魔法使いの傍にいたはずの3人目、忍者のような黒い装束を纏った誰かが、まるで影から湧き上がるようにして現れ、そのまま走るレイネの首筋へナイフを、


「!」


 突き立てる前に、金色の巨大な手のひらが3人目の体をまるごとわし掴んだ。

 レイネは走っていたのでゴーレムの拳に激突した。


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 ずきずきと痛む額を撫でながらレイネは、ルカが呼んだゴーレムが握りこんだ手のひらを開いていくの見る。

 この感情にレイネは覚えがあった。やたらでかい蚊を手のひらで潰し、それを確認する瞬間のアレである。

 ただし今回、ゴーレムの手のひらの操作権はルカにある。ルカが動かすゴーレムの手は、ゆっくりとその握りをほどき、隙間を増し、もう少しで中身が確認できる、という段になり、


「──」


 また閉じた。


「ね、びっくりした? びっくりした?」


 などとルカが言っている間に飛来した炎球が、ゴーレムの顔面に直撃した。


 》


 「きらりちゃん!」


 顔面がどろりと溶けたゴーレムにつけたキラキラネームをルカが叫ぶと同時、レイネは先ほど己の首を狙ってきた黒装束が、向こう、魔法使いの傍らにまた現れるのを見た。

 幻想。幻覚。分身。色々と候補はあるが、そのあたりの魔法かスキルだろう。


 と、


「!」


 レイネの左後ろから、バチ、という紫電が弾ける音が響いてきた。グーラが剣に「轟雷」の魔法を付与し、それを見た敵剣士が弾かれたように距離を開けたところだった。


「――」


 レイネの右後ろから、ご、という風を巻くような音が聞こえてきた。見ると、ガラルがパーカーの裾をわずかに焦がしながらも、体にまとわり付いていた魔術炎を力づくで爆散させていた。

 ガラルが言った。


「……火を、掴むの、は、久しぶり。魔界じゃ、ドラゴン相手に、よくやったんだけど」


 ……発明家のはずでは?


 それ以前に悪役令嬢だ、ということだろうか。

 レイネは、正面、グーラから離れて魔法使いたちの傍に戻った剣士を含んだ3人に向かい、言った。


「……あなたたち、何者ですの? どうして突然攻撃を?」


 レイネの言葉に、魔法使いの少女が、き、と眉を立てる。

 言う。


「……あなたたちこそ、何者です。こんなところで何をしているのです。と、というか、な、なんですあなた! そんなもので私たちが怯えるとでも!? なめないで下さい!」

「言われてるぞレイネ」

「うーん、ギロチンに怯えられるのは慣れてはいますが、こうまで拒絶反応起こされると少しショックですね」

「ま、気ィ落とすなし! あーしは好きだよレイネちんのギロチン!」


 そう言ったルカが一歩を前に出て、レイネの肩を叩くと、


「ひ」


 魔法使いの少女が喉を鳴らした。


 ……。


 ……ん?


 少女だけではない。剣士と黒装束の姿もまた、ルカが一歩前に出るのに合わせて頬を引きつらせている。


「……」


 レイネはギロチンを5枚ほど出現させて宙に浮かせた。

 3人は、警戒するようにしてそれぞれの得物を掲げて身構えを取った。


 レイネは続いて、ルカの背を押してその体を皆の前に歩み出させた。

 3人が、頬を引きつらせながら一歩を後退した。


「……皆様、ルカさんが怖いんですの?」

「だ、だって!」


 魔法使いの少女が言う。ルカの顔、否、それを含めた全身とやたら短いスカートへと視線を走らせ、


「陽キャパリピ女子高生は怖いに決まってるじゃないですか! 何言ってるんですかあなた!」


 まあ少しわかる、とレイネは思った。

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