第15話 ギロチン令嬢「ハリボテですのね?」


 》


「何ですのこれ?」


 聖女たちがフライング気味に飛び立ったあと、レイネたちは爆発音が収まるのを待ってから出発した。

 単純にあんなドカンドカンしてる最中に出航する気になれなかったことと、あわよくばそのまま聖女たちが全滅してくれないかなぁ、と思ったのが主な理由だが、


「やっぱりちょっぱやカマすべきだったかね?」

「いまさら後悔しても遅いがな」


 レイネたちが見たのは、鉄の街の入り口と思われる場所に転がる、複数の砲塔郡だった。

 未だ熱を持つ鉄塊の傍らには、腕で抱えることができるくらいの大きさの砲弾がいくつも転がっている。先ほどの爆発音を絡めて考えるなら、単なる鉄球ではなく、中身入りのマジモンだ。

 砲塔は全て、根元から切り離されるようにして両断されていた。

 加え、


「入り口の巨大な門も含めて、全部真っ二つ、か。レイネ、これ出来るか?」

「うーん。私のギロチン、技術ではなくて重さと鋭さで斬るものですので、さすがに鉄は」

「無理か」

「…………無理ではないですけど?」

「レイネちゃん、そ、それ、破滅フラグ破滅フラグ」


 おっと危ない、とレイネは意味もなく口を押さえた。


「ていうかあいつら、何考えてるんだ?」

「え? ……破壊活動のことでは?」

「それはそうだが、そうではなくて」


 ガラルが、落ちている砲塔の片割れを指でつつきながら、


「これ、全部、認識阻害の術式、の、形跡がある。つまり聖女たち、砲撃の元が何なのかもわからず、両断してる」

「……つまり?」

「砲撃手とかー、行方不明の聖女とかー、黒幕とかなんかの秘密とかー、そーいうん関係なくなんも考えずにズバンしてる、ってことー」

「……つまり?」

「あー。つまりだな」


 グーラが言う。


「あいつら、行方不明の聖女を助ける気なんてさらさら無いぞ。あるいは、例の『手とか生える薬』でどうにかなる、とか思ってるのかも知れんが」


 》


 門へ向かって歩きながらレイネは、この島の悪役令嬢の死生観はやや独特なのだと聞いた。

 なにせ最低でも2度死んでいる。ゆえに、次こそ悔いを残さんと努力するものもいれば、どうせ3回目だ、と、どこか無気力に過ごしているものもいるのだそうだ。


 一方、聖女たちがどうなのかというと、


「聖女、大抵は『祝福』やら『神聖力』やら、何かしら回復系の力持ってるからな。ちょっとした欠損や病気はものの数に入らない。だから死生観の狂い方は私たちの比じゃないぞ」

「結構、危ない遊び、なんか、も、流行ってるとか……」

「危ない遊び? 気持ちよくなるお薬とかですか?」

「ガチのヤツはやめろ。そうではなく、紐無しバンジーとか、首絞め性癖とかだ」

「それらはガチでないとでも?」

「まあ、『聖女にとっては命の危険にあたらない』という意味ではな。無論、まったくもって健全ではないので禁止しているそうだが……」

「ちなみに昆虫性愛は健全ですの?」

「前に上層部に聞いてみたら、いわく『そんなものは存在しない』だそうだ」

「見て見ぬフリされてますの?」


 あるいは超法規的措置というやつだろうか。強力な戦力であるがゆえの。

 ルカが言う。


「とかくとにかくとかにかくー、聖女たちに任せてたら、レイネちんの妹ちゃんも上下ふたつにされちゃうっしょ? 最悪、上から生えてきたひとりと下から生えてきたひとりで、『ほら双子!』とかやられちゃうし? そう考えると服用意しといたほうが良さげかな? 姉の下半身と妹の上半身、裸だろうし」

「今のところその発想が出てくるルカさんに1番引いてるんですけど」

「大丈夫だレイネ、一般的に脳があるほうが本体だと判断される。下からは生えてこない」

「別に心配してませんけど!?」

「左右、だと、どうなる、の?」

「その場合はふたりになる」

「なるん、だ……」

「……前例がありますの?」

「まあ又聞きの情報だから冗談の可能性もあるが……」

「ヤッバ、左右なら服が2着必要じゃん?」


 上下だろうが左右だろうが、妹を真っ二つにされるわけにはいきませんのね、とレイネは決意を新たにした。

 そうこう話しながら歩いていると、


「門を越えるぞ。皆、気を引き締めろ」


 縦で20メートルはありそうな、巨大な鉄の観音開き。真ん中付近から上下に両断されており、左側の戸板は根元から向こう側に倒れてしまっていた。


 越える。


 するとその先には、鉄の箱とケーブルなどで壁面を構成された、通路のようなものが走っていた。


 》


 路地裏のようですの、という感想をレイネは抱いた。


 正面に見える通路はそこそこの広さがある。床板はもちろん鉄。ところどころ網状になっている部分もあり、そこから覗ける下には、何か排気管やクーラーの室外機のようなものが見えていた。

 左右に大小様々並んで壁となっているのは、鉄の箱としか表現できない何かだ。高さで10メートルを越えるようなそれらのせいで、空は切り取られたようにしか見えない。

 見ると鉄箱の間には細い通路がいくつも見えており、端的に言って死角が多い。


「港や工業地帯にある倉庫街のようですのね。入り口のようなものは見えませんが……」

「1個2個ドカンしてみる系?」

「いや、何があるかわからない。やめておこう。と、言おうと思ったんだが」

「だが? なんですの?」

「あれを見ろ」


 正面左、見える限り1番サイズの大きな箱だ。その側面に、巨大な三角形の穴が空いていた。

 近づいてみるとそれは3本の斬撃によって刻まれたものだとわかった。周囲に走っていたケーブルの束や何かの管のようなものも、まとめて切り刻まれている。


「……これ、聖女たち、が、やったのかな?」

「他にいないだろう。古い傷というわけでもなさそうだ」

「……私、聖女の知り合いってアイシャさんしかいないんですけど、その、皆こういう感じですの?」

「レイネちんもしかして友達いない? 大丈夫? 女子会する?」

「来て3週間なんですけど!?」

「まあ、無限回復手段があるとな。ちょっと行動が迂闊になるのは理解ができる、っと……」


 グーラが、腰ほどの高さにあった箱の穴の縁に足を掛け、中を魔法の光で照らす。

 そこには、


「何もないな」

「このケーブル、とか、管とか、も、全部中身空洞……」


 つまり、少なくともこの箱の周囲の構造物に関しては、街を街らしく見せるためだけにあるハリボテだ、ということだ。


「……どういうことですの?」

「わからない、ということしかわからないな。聖女たちは何か手がかりを得ただろうか」

「ほんならちょっち、出遅れファンタジアって感じっしょ?」

「さ、先、進むしか、ない……?」


 と、その時だった。


「!」


 東。先ほど通ってきた門から見て右奥の方角から、またもや爆発音が響いてきたのをレイネは聞いた。

 否、それだけではない。何かを焦がすような音や砕く音、ガラスを割るような澄んだ音などが、多重に連なって響いてくる。


「――」


 皆が同時に走り出した。

 鉄の箱の間としての通路を通り、奥へ。200メートルほど走ると、正面が巨大な鉄箱によって塞がれており、道が左右へと分かれた。


 左。西側には、地下鉄の入り口を思わせる巨大な階段があった。向かう先は完全な暗闇で、まるで巨大な蛇の口蓋のようでもある。

 そういえば、と、レイネはアイシャが「下水道が通っている」などと言っていたのを思い出した。


 右。東側には、ここまで走ってきたのと同じ太い通路が走っており、その向こうでは、


「……お祭りですの?」

「似たようなものだ」


 爆炎と砲撃。斬撃によって寸断される氷の槍。

 それらが飛び交う間を、身長100センチほどをした鉄製の人形が、無数、といっていい規模で走り回っている。

 人形たちは、通路の向こうにいるであろう「何か」を囲うように立ち回っていた。


 と、


「!」


 その「何か」側から飛んできた巨大なカミキリムシが、人形を数体まとめて噛み砕いた。

 よく見ればカミキリムシの背には、見覚えのある白の髪の聖女が乗っており、


「――」


 笑顔でこちらに手を振ってきた。

 レイネは無言で皆のほうを振り返った。

 皆が同時に頷いた。


 レイネたちは、西側にある下水の入り口と思われるものへと身を潜らせた。

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