第2話 ギロチン令嬢「どうやら悪役令嬢と聖女が戦争をしています」


 》


 レイネが転生後数十年もの間、幾度も抱き、しかし検証の術なく唾棄してきた疑問がひとつある。


 この世界は……ゲーム「さんぎょうかくめい!」を元にした世界は一体なんなのか。

 意識が覚醒したなり抱き、しかし年齢を重ねるほどに考える回数を減らしていった、根本的な疑問だった。


 ゲーム世界。当然だが、単なる「ゲーム」に世界をひとつ構築するほどの情報量は含まれていない。

 歴史も、人も、土地も物理法則も、「ゲーム設定」を元にするなら、何もかもが足りないはずなのだ。


 ならば答えはひとつ。「ゲーム」が「世界」になったのではない。「世界」があり、その中で起きた「歴史」が、のちに「ゲーム」になったのだ。


 で、あるならば。

 当然、ひとつではないはずだろう。


 ゲームも、世界も。


 》


 というような説明を、レイネは歩きながら「グーラ」と名乗った騎士服の少女から聞かされていた。


「つまり今いるこの世界は……私の知らない新たなゲームの世界、という事ですの?」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。あるいは……『隔離』、なのかもな。通常の輪廻から外れたものたちを集めるための」


 グーラはこちらを振り返り、


「実際のところはわからない。検証の術もないしな。まあ、歳はとるみたいだし、3回目4回目の生だとしても違和感はないが」

「……4回目とかもおりますの?」

「私が知る限り、13回目とかもいる。死ぬ度にループして幸せ目指すタイプのヤツだな」

「ああ……」


 なんとなく覚えがある。大手成人向けゲームメーカー「デスティニー」が興した新ブランドの処女作などがそうだ。あらすじは確か、「都合が悪くなるとすぐ自殺して次の人生にワンチャンかける主人公! だがそのたびにバストが小さくなっていくことに彼女は気がついていなかった……!」だったか。


「ちなみにここで死ぬとどうなりますの?」

「さあ? 少なくとも、もう一度『ここ』に生まれ落ちた、という話は聞かないな。そういう『能力』持ちは別として」


 ならばやはり楽観はできなさそうだ。2度死んで2度転生した身としては、少し死生観が狂いそうではあるが。


 ……しかし、そういうことならば……。


 もしかして、「あの子たち」もここに来ているのだろうか、とレイネは思った。

 レイネの体感からして70年以上も昔のことではあるが、その可能性は充分あるように感じる。


 そんなレイネの内心も知らず、がさ、と茂みを剣でかきわけて、グーラはなおも進んでいく。


 レイネは問うた。


「……これ、先ほど聞いた拠点に向かってますのよね? ええと……」

「『悪役令嬢軍』。その名のとおり、元『悪役令嬢』たちが集ったわたしたちの陣地だ」


 ……うーん。


 何度聞いてもケレンミしかないネーミングだ。


「なんというか、その……」

「過ごし辛そうか?」

「名を聞く限り」


 レイネは正直に答えた。


「はは。だがそこは大丈夫だ。考えればわかることだが、皆が皆、元日本人だからな。話は合うし、転生令嬢は大抵自制心が強い。立場にも頓着しないしな」

「そうでないと死にますものね……」

「ははは! ウチの陣地では鉄板の話題だな。それだけで3日語れるものたちばかりだ、ぜひ経験談を聞かせてやるといい」


 そう語るグーラの横顔には、ほんの少しの哀愁がある。


「あなたも?」

「私が転生した『ザ・ギャラクシー羅生門』での私の役割は、『嫌なやつだけど中盤で父がやらかして落ちぶれる』的な感じでな。ゲーム開始2年前に転生したので、先んじて家を出て冒険者になってやった。楽しかったぞ? 本来、ゲーム終盤で『実は月が1万年前の文明が残した巨大宇宙船だった』ということが判明するんだが、先んじて私がオーナーになってな。暴れまわってやったんだ」

「それ、メインシナリオが崩壊するやつでは……」

「私は宇宙に出ていったから知らん。もしかしたら地球は滅んだかもな、ははは」


 笑いごとではないのだが、まあ「悪役令嬢に転生」した以上、そのくらいの動きは当然かも知れない。

 もしもレイネたちを転生させた神様的存在がいたとして、まさか「想定外」とは言わないだろう。


 そんなとりとめもないことを話しながら歩いていると、


「さて。そろそ……ろ……」


 調子よく話していたグーラの声が、尻すぼみになった。


「どうかしたんですの?」

「待て。何か聞こえる」


 そう言って、前に出ようとするレイネを手で制するグーラ。


「……叫び声と……咆哮!? まずい!」


 グーラが唐突に走り出した。

 それに続いたレイネに、グーラが振り返ることなく叫ぶ。


「『聖女軍』の攻撃だ! おそらく……『もふもふに囲まれて幸せです部隊』による!」


 いや緊張感。


 》


 聞くところによると『もふもふ部隊』は、聖女軍の主力部隊であるらしい。

 無論、動物や魔獣を使役する転生聖女たちによる攻撃部隊で、さまざまな属性・種類の動物の混成であるため、対処がし辛いのが特徴だとのことだ。


 走りながらレイネは言う。


「ていうかなんで聖女が襲ってきますの!? あなたたち何かしたんですか!?」

「その辺の説明は後にしよう! もたもたしてると生やされるぞ! 1人になるなよ!」

「は。いや、え? 何?」


 なんだか妙な言葉が聞こえた気がするが、グーラの疾走はどんどん速くなる。疑問の余地はない。


 やがて見えてきた「悪役令嬢軍」の高い城壁──足場としての鉄骨や、つる植物系の野菜や何やらが縦横に走っている──の向こうには、立ち昇る黒煙が見えていた。

 その、さらに上空を旋回するのは、空を行く竜種や幻獣種。そして、


「思ったよりもふもふじゃないんですけど! デカい虫とかおりませんの!?」

「もふもふの定義は聖女によって違うからな! 君、日本での出生は何年だ!?」

「に、2000年代とだけ……」

「ならば知っているだろう! 名作戦略シミュレーション乙女ゲーム『ふぁーぶる』を!」


 それは、高い戦略性と完成度で話題になった乙女ゲームの名前だ。モンスターや動物を捕らえて育てる育成シミュレーションを兼ねた神ゲーなのだが、上位種やボスモンスターがなぜか軒並みリアル系の昆虫であるため人を選ぶ。


「あの聖女、転生前は病気で寝たきりの少女だったらしいのだが、虫の足の毛や腹の柔らかさで興奮する変態でな! 聖女の力を使ってボスモンスターを捕まえて己のハーレムを仕立て上げた! 妙に性能がいいせいで聖女軍で重用されている!」


 もしかしてここは地獄だろうか、と、レイネは先ほども沸いた疑問をもう1度思う。


「ともあれ、話は後だ! 私はあれらの撃退に出る! レイネ、君魔法は使えるか!?」

「そういう世界観ではありませんでしたの!」

「剣は!?」

「嗜みますがビームは出ません!」

「死んだら過去に戻るとか!」

「あいにく死んだことは2回しかありませんの!」

「OKだ! ……おーい!」


 そう言ってグーラが呼びかけたのは、向かう先、城壁の根元で何かの作業をしていた屈強な令嬢……令嬢? 事実だけ述べると、2メートル強のがっしりした体格をフリルとミニスカのピンク衣装で包んだ「何か」たちだった。


 ……マジで何?


 何かがグーラに応じる。


「グーラさん! 今壁外作業に出ていた令嬢たちを収容したところでぃ!」

「ああくそ、ゴーヤが取れ頃だったのによう! そちらのお方は!?」

「新しい仲間だ! 私は攻撃に出る! 彼女を頼んだぞ!」

「てぇことは悪役令嬢ですかい!? ……我らと同じ!」

「なんだかそれは否定してもよろしくて!?」


 レイネの至極もっともなツッコミに、グーラが言う。


「効率プレイを徹底した結果、強く屈強になった悪役令嬢たちだ! 大丈夫、悪いやつらではない!」

「言葉遣いはそれでは説明できなくありませの!?」

「まあ色々あったんだろう! 生物学的にはちゃんと女性だ! 楽器も嗜む!」

「ちなみに何を!?」

「和太鼓」

「あ、安心材料がひとつ減ったのですけど!」

「何をぐちぐち言ってるんですかい! お嬢さん、こちらへ!」


 そう言った屈強令嬢(A)が、走っていたレイラの腕を取って城壁の入り口へと案内する。


 ……あら、意外と紳士……。


 いや紳士でどうする。令嬢だろう。


「頼んだぞ!」


 そう言ったグーラが、一息に城壁を駆け上って「もふもふ部隊」へと向かっていく。


「あ、ちょっと……!」


 レイラが魔法を使えないのは事実だ。剣もファンタジー生物に対抗できるほどではないし、死に戻りだって出来はしない。

 だが、


 ……ギロチン出せること、いいそびれましたね……。

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