第27話 演出家達の闘争



―――――――――ゴゴンッ……


『さぁ………皆様……ついにこの時がやってまいりました……』


「アルフ様ッ!! アルフ様ぁッ!!!♡」

「キャァァァッ♡ アルフ様ッ!! がんばれぇぇええッ!♡♡」

「アルフ様負けないでぇぇぇええッ!!♡」


『耳をつんざく黄色い歓声』


「うおおおおおおアルフぅぅうううッ!!勝ってくれぇぇえッ!!」

「頼むぅうううッ!!お前に1ヵ月分の生活費かけてんだ勝てぇええええッ!!」


『胸を穿つ熱い応援』


「………………。」


『鋭いその眼光が見つめる先は宿敵となる相手の瞳か、それともその先に待つ栄光か。彼の者は、本大会不動の人気ナンバーワン。大会開催前より圧倒的な優勝候補として君臨し、下馬評通りにここ迄たどり着いた実力についての解説は最早不要。………………なぁみんな? 勝つと思ってるだろ? 勝つと思ってるよな? 勝つだろ……奴は勝つだろッ!! 勝つに決まってるッ!!! だってやつは最強だッ!! だってやつは完璧だッ!! 完全無欠のヒーローなんて居ないと思ってたッ!! 儚い夢だと思ってたッ!! だけど今!! ここにいるんだヒーローがッ!!皆ッ!!! 彼の名前を呼んでくれッ!!』


「………………。」


『東ゲェェェェェトッ!!!アルフゥゥウウウゥウウウウウウウウウッ!!!!!ルゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウベルトォォォオオオオッ!!!!!』





―――――――――――ゴゴンッ……





『まぁ待てよお前ら』


「キャァァァァァァッ!!♡ ハインズ様ッ!!♡」

「ハインズ様ぁッ!!!♡」

「勝ってぇぇぇええハインズ様勝ってぇぇえええええッ!!♡」


『一介の執事がなんだって?』


「ハインズ様ぁぁあッ!!!!」

「我らも見守っておりますぞぉぉおおおおッ!!」

「ハインズしゃまぁああああああッ!!ゲホッ!!」


『黄色い声援がなんだって?』


「………………………。」


『見ろよこの優雅さを。見ろよ観客席の応援の層の厚さを。老若男女、全ての人間を魅了するのは地位があるからじゃない。徳があるからだ。人を惹きつける魅力があるからだ。高い地位に甘えたことなど人生で一秒も無い。ただひたすらにひたむきに己を鍛えてきたのは何のためだ? 分かるだろ?』


「きゃぁぁぁぁぁッ!!♡♡ キャァッ……!!♡♡ハ、ハインズ様が手をっ……私に手をっ……!!♡」

「何と愛らしい笑顔ッ……!! ハインズ様ぁぁぁあッ!!」

「ハインズしゃッ……ゲホッ…!!!」


『地位の為? 違う。 金のため? 違う。 自分のため? 違う。 違う違う違う違うッ!!!! 全部違うッ!!!! 民だッ!!! 民の為にここまで己を鍛えてきたっ!!! 幼い赤子も、衰えた老人も、その全てを導くために生まれ、宿命にその身を投じた覚悟は生半可な物じゃないッ!!! 膝をつくわけにはいかないんだッ!! 心折られる訳にはいかないんだッ!!! この国は俺が守るッ!! この国は俺が背負うッ!! どこぞの執事などに負けている場合じゃないんだ!!そこをどけッ!!!!』


「………………アルフ君。エルザ君の事は心配だろうが……今は仲間を信じておこう。僕たちはこの戦いに全力を注ぐ……それでいいね?」

「………はい」


『西ゲェェェェェェエエエエエエエエエエエトッ!!!!ハイィィイイイイイイイイイイイインズッ・ロッケンバゥァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


「一秒で終わったってかまわない。全力を見せてくれ」

「………………。」


『鳴らせゴングゥゥウウウウウウウウウウッ!!!! 決勝戦!!!!開始だぁぁああああああああああああッ!!!!』


「行くぞ」

「………………っ…」





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 






どこッ……!!


「ハァッ……ハァっ………」


アルフの決勝戦だからって気合入れてドレスなんて着てくるんじゃなかった。

走りにくいったりゃありゃしない。


「どこにっ……いんのよっ………」


膝に手をついて荒い息を落ち着かせようとすると、途端に汗が噴き出してきて頬を伝う。

それを拭いながら身体を起こすと、向こうに行きかけていたイシドラが慌てて引き返してくる光景が目に映った。

ハインズ様付きのメイドの姿は既に見えない。


「スカーレット様大丈夫ですかっ!?」

「うっさいッ!! 私の事なんて良いからあんたは早くエルザの事探してッ!!」

「馬鹿言わないで下さいよっ! これでお嬢様にまでなんかあったら私死罪になりますよっ!!」

「んぐっ……!」


どうしてイシドラもあのメイドも、メイド服なんかで全力疾走できるのか謎だわ。


「お嬢様、他に目星がつく場所はッ!?」

「え、えっと……ッ!!」

「早くッ!!」

「急かさないでよッ!!え、えっと……私の部屋ッ!!」

「お嬢様が真っ先にアルフさんの部屋に突入した時に私が確認済みですよッ!!」

「錬金室ッ!!」

「お嬢様がアルフさんの部屋に突入してるときにビアンカさんが見に行ってますよッ!!」

「食堂ッ!!」

「それだッ!! あの食いしん坊めぇッ!!」

「ふざけてる場合じゃないのよッ!!!」

「あたしが怒られるんすか今のッ!?」


――――――――――ピンポン♪ ポンピン♪ 1年Aクラス、エルザ・クライアハートさん。スカーレット・オズワルド様がお呼びです。至急お近くの学園職員までお声かけ下さい。ポンピン♪ ピンポン♪



食堂も行動も鍛錬室も図書室も、植物園も菜園も飼育小屋も……学内放送が入らない場所なんて存在しない。

自由が利く状態ならエルザは必ず気づくはずだ。


「どこかで倒れてたらっ………」

「今心配してても仕方ありません!とにかく探しましょ!」

「〜〜〜っ………!」


何もなければそれでいい。

平民寮のエルザの部屋はきれいに整頓されていて、寝坊した様子もなにかハプニングがあった様子も全く感じられなかった。


「見当たりません……そもそも目撃情報が寮を出てから一切ないのが不自然です。」


いつの間にか駆け戻って来ていたハインズ様付きのビアンカがそう報告してくるのを聞いて、胸の中に焦燥感が湧き上がる。


「移動途中で倒れたんじゃないのかも………」

「というと?」






………………攫われた?






ポツリと呟いた言葉は、足元から冷気が一気に登ってくるような感覚をもたらす。


「ど………」

「落ち着いてくださいお嬢様。大丈夫ですよ」

「どうしよう………イシドラ……どうすればいいの……」

「大丈夫。とにかく手分けして探しましょう。まずは増援を。ビアンカさんは学園の警備隊に連絡を入れて頂いてよろしいですか?私はお嬢様の側に控えます。」

「承知しました。」

「イシドラ……」

「えぇ。急ぎましょうね。………ビアンカさん、警備隊に学園の跳ね橋を上げるように依頼できますか?オズワルド家の紋章を―――

「ロッケンバウアー家の紋章がございますので」

「………そりゃそうですよね」


落ち着いて……。

こんな時こそ落ち着いて行動をしなくちゃ。


大丈夫。

大丈夫よ。

きっと大丈夫。


「エルザ……」

「スカーレット様、お気を確かに。震えてしゃがんでいてもエルザ様は見つかりませんよ」

「ちょっと……ビアンカさん……」

「だ…大丈夫よイシドラ……そう……その通りだから……」


だめ……。

今は悪い結果何て考える必要ない。

とにかく全力でできる事を探さないと。

騒ぎが大きくなったって良い。

エルザの安全さえ確認できればそれで………。


「ビアンカさん?」


その時。


「ビアンカさん、どうされました?」


イシドラの声に視線を上げると、目の前のビアンカの表情がおかしいことに気付いた。


「………?」


あらぬ方向を向いて瞳孔を収縮させている彼女は、明らかに強烈な殺気を放っている。


「………」


ガチンッ………、という鈍い音は、ビアンカがエプロンの覆いの下に隠していた大型のナイフを抜き取った音。


「イシドラさん、スカーレット様を安全な場所へ」

「なぜです?」


その視線の先にいて、私達を挑発するように手で招いているのは、


「敵です」

「ふぅん………スカーレット様、どうします?」


アルフとビアンカの証言にあった、黒いフード付きのローブに、白仮面をかぶった鉤爪の人物。

さらに言えばこいつは、前回の行動はエルザを狙ったものだった可能性が高いという。


「あいつが………エルザを攫った可能性は?」

「不明です。ただ……この場に都合よく現れた事は非常に不可解です。」

「………………私も戦う…イシドラ…援護するわ」

「私が援護じゃなくて良いんですか?」

「………………あんたの方が100倍強いでしょ」

「了解ぃ」


あいつがエルザを攫ったというなら絶対に捕らえる。

もしもエルザに傷一つでもつけていたら………100万倍の苦痛を味わわせてやる。









◇ ◇ ◇ ◇ ◇








――――――――――1時間半前。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 








「ヴィシャス様がエルザさんを攫った……?」


木偶を使って今追跡中だ。

エルザ・クライアハートを攫ったのはヴィシャス付きのメイドであるセシリア。


「あぁあの人……そんなに度胸がありそうなメイドには見えなかったけど……」


ここ数日見ていて思ったけど、彼女は彼女で主人のヴィシャスに傾倒している。

恐らくヴィシャスへの思いが凶行に走らせたんだろう。


「はぁ……もうほっとかない? どうせ大勢に影響は……」


いや、それはまずいかも。


「どうして?」


アルフ・ルーベルトがハインズに負ける可能性がある。


「………勝つか負けるかは五分だって、もともとそう言ってなかった?」


………ごめん、言い直す。

アルフ・ルーベルトが不味い負け方をする可能性が高くなる。


「………どういうこと?」


ようするにハインズが圧倒的に観衆の指示を得て勝利するパターン。


「………それってどの程度まずいのかしら」


………どうだろうね。

ただハインズの人気をあまり高くしたくないのは事実だ。こういった事が積もり積もると、馬鹿にできない影響を与えてくる。

その為にアルフ・ルーベルトが人気者である現状は都合が良かったんだけど………エルザの安否がはっきりしないことにはアルフ・ルーベルトは勝ちに行きにくいだろう。


「勝ちに行きにくい事と、まずい負け方をする事にどれほどの因果関係が?」


………しつこいな、そんなに拘るとこじゃないだろ。いちいち納得しないと先に進まないのは君の悪いところだ。


「良いところの間違いでしょ?」


………まぁいいさ。

とにかく………まず第一にアルフ・ルーベルトはスカーレットから全力で闘うことを望まれている。これはここまでの全試合で見たスカーレットの言動から判断した。


「まぁ、それは私も同意見よ」


次に朝霧のロッド。


「聖遺物ね」


うん。

これは憶測だが………アルフ・ルーベルトは聖遺物を収集しようとしている可能性はないかな?


「そう?」


君も聞いたろ。

エルザの証言を。

警備隊からの質問で、彼女は「アルフさんに祭壇から取ったペンダントはあるかと聞かれて………」と答えていた。


「………そうだっけ?」


………しっかりしてくれよ。

とにかくアルフ・ルーベルトはあそこに聖遺物があることを、何かしらの手段でもって知っていたんだ。真意は掴みきれないけど………聖遺物に興味があるという判断ができないとも言い切れない。


「逆もまた然りね」


まあね。

なんにせよ朝霧のロッドは大会で優勝しさえすれば良いというお手軽聖遺物だ。もらえるものは貰っとけという参加者も多いだろう。


「その2点がアルフさんが勝ちにいきたい理由?」


思いつくのはね。


「負けたい理由は?」


スカーレットとハインズの婚約だろうね。

普通に考えてスカーレットの代理で出ているアルフ・ルーベルトがハインズをコテンパンにしたら不味いだろう。


「そんな事でハインズ様が怒るかしら」


周りがうるさいんじゃないかな。

しがらみっていうのは中々面倒くさいもんだよ。


「で、いよいよアルフさんがまずい負け方をする話?」


うん。

一番まずいのは、アルフ・ルーベルトが勝つか負けるか判断できないまま決勝に入ること。

中途半端な状態では、たとえ途中で決心して舵取りをしたとしても観客は違和感を感じるだろう。


「戦い方が真剣にやってないような感じに目に映っちゃう?」


そうだね。

決心がつくまでは回避に専念するだろうけど、攻撃を当てもせずにいつまでも長引かせることはできない。


「少しずつ当てれば?」


勝つか負けるか決める前に、ハインズを削りきってしまう可能性がある。

確かに多少は当てるかもしれないけど………ヴィシャスの時のようにグッドゲームを演出するって訳にはいかないだろうね。明らかに長引かせようとしている、とか、ハインズをおちょくっている………とか、そんな事を思われてもおかしくない。


「ふむ………」


観衆の心理はハインズ側に傾くだろう。

たかが学生の魔術大会とはいえ、ここは次世代を担う人物たちの養成所。

闘技場での人気は、そのまま将来の糧になる。


「………たしかに、このままだとあんまり良くないわね」


可能性の話ではあるけどね。


「………」


どうする?


「………私達が解決しても面白くない。どうせなら劇的にやってもらいましょう」


………劇的に?


「スカーレットお嬢様とアルフさんの関係に影響がでるようなフィナーレを………」


………。

まぁまかせるよ。

そういう直感は君の方が正しいから。



「………任せて♡」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る