第22話 恋愛名探偵
今日あの人達の輪にスカーレットの妹が加わった。
そのマーガレットに対する反応を見てよく分かった事がある。
スカーレット・オズワルドは、エルザ・クライアハートの前でだけ自分の気持ちを素直に自己開示することができるという事。
「………なんでかしら?」
………。
要因はいくつか考えられる。
まず第一に、同じ男を気にかけている。
「そんなの他にもわんさか居るわよ?」
関係性が全然違う。
エルザ・クライアハートはスカーレット・オズワルド自身からの好感度も高い。
「………好感度?それなぁに?また前の世界の話?」
………。
何でもない。忘れてくれ。
とにかく、同じ男の話題で盛り上がれるのはスカーレットにとって特別な感覚に違いない。
「そういうものなの? でも…妹とだって散々あの執事のことを話していそうだけど?」
立場がある。
姉妹の関係自体もそうだけど………、ハインズの婚約者として生きてきた自分を妹には見せ続けてきている。
「見栄ってことかしら?」
そう。
「見栄は人を殺すこともあるものね………」
………。
「他の要因は?」
エルザがスカーレットの本当の気持ちに気付き、理解を示している可能性がある。
「理解? もう少しわかりやすく話せないの?」
二人の言動から推察した。
エルザは、スカーレットがハインズよりもアルフの事を好いていると当たりをつけて言動を選択している。
そしてスカーレットがそれについて徹底的に否定する様子はない。
「つまり?」
スカーレットの心情はエルザが想像した通りであり、さらにスカーレットはエルザのことを真の理解者だと思って信頼するに至った。
「………いい傾向じゃない?」
………まぁね。
「アルフ・ルーベルト………ねぇ………」
彼の情報がもっと欲しい。
できれば近しい人物をそばに送り込むか、あなた自身がアルフ・ルーベルトに張り付くべきだ。
「………分かった。早急に対策するわ。………じゃあ、一旦状況を整理して頂戴」
よし。
じゃあまず第一に、スカーレットとエルザの繋がりが異様に強い事は一大事だと覚えておいて欲しい。こんなシナリオは私の記憶にはない。
そしてこの新シナリオの起点になっているのはアルフ・ルーベルトと貴女だ。
貴女のことはまぁ良いとして、アルフは私も知らない隠しキャラの可能性が考えられる。
「やっぱり邪魔かしら彼………消しちゃう?」
邪魔とも言い切れない。
スカーレットを取り巻く状況もハインズを取り巻く状況も、現状は全てコチラに都合がいい。
目的は違うものの、出てくる結果が我々と彼で共通している可能性が捨てきれない。
「じゃあ逆に手を出さない方がいいかしら?もうちょっかい掛けちゃってるけど………」
いや、気にしないほうが良い。
さっきも言ったけど、今の状況は私達の行動如何によってもたらされているものより、彼が始動になっていると思われる状況の方が多い。
我々が意識をしすぎて変に行動指針を変えてしまうとミスが出やすいし、今まで通りに動くのが一番だろう。
「分かったわ。じゃあヴィシャスへの催眠暗示は継続していいのね?」
そうだね。
「一応ヨアヒム様に今後の展望をお伝えしておくわ」
あぁ。
我々は引き続きエルザを刺激してスカーレットを挑発しよう。スカーレットは必ずエルザの影響を受けて行動にボロを出すはず。そこが狙い目だ。
「それにしても………ヴィシャス様は大丈夫かしら?」
………。
なんだい?
急に不安になるようなこと言うじゃないか。
「仕方ないじゃない。いくら催眠暗示をかけているからってヴィシャス様が完全に私の思い通りに動く訳ではないのよ?」
とはいっても彼にかけたのは「エルザに対して強い興味関心を持つようになる」程度のものだろ?別に常識の変換とかしたわけじゃあるまいし………。
「その催眠も掛けたけど、エルザさんを手に入れることがアルフさんに対しての勝利になる………って吹き込んだわ」
………なにそれ。
聞いてないぞ?
「そりゃそうでしょうね。言ってないもの」
………。
何で言わないんだよ。
「ちょっとそれぞれの関係性のバランスを読み違えちゃったかも?」
………。
まぁ何が正解で何が間違ってるかなんてのは結果論だ。
それは気にしなくていいけど………。
とにかく今度からはもっと細かく報告してくれよ?
「はぁい………。もう………面倒ねぇ………!」
………。
聞かなかったことにしておくよ。
「ふんっ!」
………それじゃあおやすみ。
「………えぇ、おやすみなさい」
………。
「あ、そういえばなんだけど………」
………。
「え? まさかもう寝ちゃったの………?」
………。
「………………はぁ、もう」
………。
「………おやすみ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アルフ………♡」
「今度はなんです………」
「えっと………お腹痛い………」
「痛くなさそうですが………」
「撫でて………?♡」
「できかねます」
「何で!?」
「何でもかんでも御座いませんッ! オズワルド家のご令嬢ともあろうお方が不用心に人に身体を触らせないッ!!」
………。
頭痛がする。
あとお腹痛いのは私です。
ええそりゃぁもうキリキリキリキリ………これ、痛いのはお腹というより胃ですね。
「とにかくゴチャゴチャ言ってないで寝ましょう」
「いやっ………それよりもアルフのお話聞きたい」
「お話………?」
「学園に来てからのお話」
何だかんだで結局スカーレット様のお部屋に担ぎ込まれたマーガレット様は、アルフさんの言った通り普通に発熱して普通に具合が悪かったらしい。
の割には目の中に延々とハートマークが浮かび上がりそうな表情をしていて………元気なんだか元気じゃないんだか。
というかですね、そもこもこの状況って何なんですか?
アルフさんを追って動き出したスカーレット様に「私達も行くわよ」って言われて素直に付いてきちゃったけど………なんで私ここに居るんだろう………。
部屋の中には天下のオズワルド家ご令嬢が2人揃い踏み、学園の時の人であるアルフさんが看病していて、その横にマーガレット様付きのメイドさんがいらっしゃる。
………私、完全に部外者なんですが。
ほら……あのメイドさんも不信感丸出しで私のことを見つめています。
「大体ですねぇ……なんで予定より1日も早くきちゃうんですかイシドラさん!」
「えっ!? あ、あたしッ!?」
あでも矛先がメイドさんに行ったから良いや……居るのが当たり前みたいな顔して立ってよう…。
「休み休みこなけりゃ、マーガレット様が体調を崩しやすいのは分かっているでしょう?」
「い、いやぁ…でもさぁ………」
「でももだっても御座いませんッ!!」
「ひっ………!」
「何のために試行錯誤してマーガレット様が学園に来る時用の旅程を組んだと思ってるんですか!!」
「そ、そんな事言っても仕方ないだろぉ………」
にしてもこのメイドさんも綺麗な人だなぁ。
なんかアルフさんともやたらフレンドリーで親しげだし…。
アルフさんの周りって美人しかいないんだけど、どうなってるんですか?
「ていうかいつまでもグチグチ言ってないでさっさと治療始めてくれよぉ…」
「何でイシドラさんは一々癪に障る言い方するんですかね?」
「んなことねぇよ。良いからホレ、いつものいかがわしい奴頼む」
「………。」
あ、なんかやだ。
やだやだやだ。
そういうフランクな感じの、女友達的なの見せつけないで頂けません?
「はぁ…じゃぁマーガレット様、お休みになる前に治療でよろしいんですか?」
「お話聞いてからが良いなぁ…」
「話す程大した出来事など何も御座いません」
「えぇ……?」
そんな可愛い子と親しくなってるのに?
といってユラリと身を起こしたマーガレット様のお顔には柔らかい微笑み。
でも、私を見つめる瞳にはあからさまな威嚇の光。
「その方、どちら様? まだ紹介していただいておりませんわ」
「……失礼いたしました。この方は――――
「エルザ・クライアハートと申します。自己紹介が遅くなり大変失礼いたしました」
「………。」
やるっていうならやってやろうじゃないの……こちとらもうスカーレット様とはバトルを始めてるんだから。
今更絶世の美少女が1人から2人に増えた所で大した違い無いわよ。どのみちライバル達の可愛さは飽和状態なんだから。後はもう誰がコップの淵から転げ落ちるかっていう勝負。
その点、私はしぶとさには自信があるの。
「……アルフとはどのような関係でいらっしゃるんですか?」
「大変親しくさせていただいております」
「………へぇ?」
大体ズルいのよ二人して………。
地位も圧倒的な美貌もあるのに、それに加えて5歳の頃のアルフさんまで知ってるんでしょ?
なにそれ。
絶対可愛いに決まってる。
「………ちなみに親しくとは………具体的にはどのように?」
「はい、毎日3食アルフさんの手料理を食べさせていただいています」
「え?」
じゃなくて………一緒に過ごした時間が長すぎるんじゃない?
たくさん思い出があって、楽しかった事も悲しかったことも共有していて………そんなの勝てるわけ無い……ズルすぎる……。
「入学初日から何度も窮地を救っていただき、つい先日は命まで助けていただきました。」
「え………? え?」
「もう私は一生かけても返せないほどの恩をアルフさんからいただいております」
「い、一生………?」
………でも、これはある意味チャンスでもある。
こういう幼なじみ的な状況にいる人が一人だけだったら間に入り込みにくいけど、幸いにしてスカーレット様とマーガレット様は年子の実姉妹。
アルフさんはスカーレット様の直属執事ではあるけど……実際の所はどちらかに肩入れし続けるのは難しいんじゃない?
「はい、ですから私は一生をアルフさんの側で過ごしたいと考えております。命を助けて頂いた以上、私の全てはアルフさんの物です」
「なっ…………」
「ちょっとエルザッ!!アンタ何勝手なこと言ってんのよッ!!超理論展開しないでくれるッ!?」
「お姉様は横から入ってこないでッ!」
「む………な、なによ……」
要するににらみ合いの状態に2人は陥ってる。
ただ………どうも二人の関係を見ていると、アルフさんへの気持ちに気づいたのはマーガレット様が先なんじゃないだろうか?
スカーレット様の執事であるはずのアルフさんへ好意を隠そうとしないマーガレット様。
そんな2人を見て珍しくアタフタしたりオロオロしたりしているスカーレット様は、明らかにマーガレット様に遠慮している。
スカーレット様がアルフさんへの気持ちに気づいたのはつい最近で間違いないはずだし………こうしてイチャつく2人を今まではスルーしてきちゃったから、今更どうすれば良いのか分からないのでは?
「ちなみに私はアルフさんのほっぺにチューしました」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!!?」
「ちょっとエルザァッ!!!」
「何ですかぁッ!!!」
「何でアンタが逆上するのよッ!!!」
じゃぁマーガレット様が有利なのかと思いきや……どうもそうとも言い切れないんじゃないかって気がするんだよね………。
だって、いくらスカーレット様にはハインズ様という婚約者が居るとはいえ………もしもスカーレット様がアルフさんへの思いを募らせてしまったら?
この国では過去にハインズ様の弟君であるヨアヒム様の婚約が一方的に破棄される事件があった。
お相手方の貴族は一家お取り潰しになるかと思いきや、その件の後に潰れたりあからさまな不利益を被ったりした貴族は出なかったらしい。
………スカーレット様のお立場がどうなのかと思って過去の婚約破棄の事例を漁りまくったから間違いない。
要するに………スカーレット様の場合だってもしもの時にはもしもの事が起きるのだ。
この国………王子様方のお立場軽すぎじゃないだろうか……。
というかお父上である国王アビゲイル様がモテすぎだから悪いのかも……。
ヨアヒム様の時も「女に逃げられるような魅力しか無いお前が悪い」とか家臣の面前で言い放ったらしいし……。
「後、抱きしめてもらいました」
「いや………そんなのいやぁっ………」
「ちょっと!!アンタあれは虫取ってもらっただけだったって自分で言ってたでしょッ!!」
「何なんですかさっきからぁ!!スカーレット様は大人しくしてて下さいッ!!」
「ぐ………な、なんだってのよ二人してぇ……!」
だからマーガレット様は恐れているに違いない。
スカーレット様がアルフさんへの気持ちに気付き、なりふり構わずアルフさんを求めてしまうようになる状況を。
「そして更に言えば、私とアルフさんは師弟の関係でもあります」
「し、師弟?」
「はい、錬金術と武術、そして魔術の手ほどきを受けています」
「そ、そんなの………べ、別に………」
「教えて頂く時は……二人きりの事が多いですね」
「ッ!!?」
「ちなみに錬金術の指南は、時折アルフさんの私室で行われます」
「一回錬金施設の予約取りそこねた時の事でしょっ!? よくあるみたいな言い方にすり替えんじゃ無いわよッ!!」
「スカーレット様は誰の味方なんですかァッ!」
「全員敵よッ!!」
だからこの状況を何とかチャンスに変えていくしか無い。
アルフさんに一直線なマーガレット様だけど、まず普段は物理的な距離でコチラが大きくアドバンテージを取れる。
マーガレット様が来年ここに入学してきてしまう可能性は高いけど……それまでにゴールにたどり着けば良いだけの話だ。
「敵………? 敵ってどういう事? お姉様?」
「え?」
そしてマーガレット様はアルフさんが他の女性から絶えず狙われている状況に慣れていないし……それに加えて最大のライバルはスカーレット様だと思い込んでいる。
いや、確かにそれは間違いないんだけど、コチラに対する警戒心が薄れるのも間違いない。
「お姉様………アルフの事を………」
「へぁッ!? な、なになにッ!? 何いってんのアンタ!!」
「まだ何も言っていませんが………?」
「え!? あっ……そ、そうね? 確かにそう………」
「………。」
「何て目つきで姉の事睨んでんのよッ!!」
「睨んでません………」
「じゃぁその怖い顔やめなさいよッ!!」
「お姉様に言われたくありません……」
「うっさいわねッ!!私の顔が怖いのは生まれつきよッ!!ほっといてッ!!」
負けない………。
負けないわよ、オズワルドの二輪薔薇……っ!!
「なぁ……なんでお嬢様方喧嘩してんの?」
「………私からはお教えしかねます」
「はぁん?」
あとついでにそこのメイドさんもッ!!!!
負けませんからッ!!!!
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