第12話 第4のルート その4

どういうことだ。


どういうことなんだよ!!


フラグは潰した!!

スカーレットとエルザは敵対していないし、エルザが王子たちを頼ることもなかった!!

今までの生活でハインズがエルザのためにしたことは無いに等しいし、彼女が洞窟へ向かう理由は一つもなかったはずだろ!!


なのにどうしてエルザは洞窟へ向かったんだ!!


「ビアンカか………!?」


なぜあいつの姿も見えない?

ハインズのお付きのメイドだろ?

なぜハインズから離れる必要がある!!

あいつ敵だったのかよ!!

あんなまともに記憶にもないようなキャラがどうしてッ!!


「くそっ………!!」


違うだろ、今はそんな事どうでもいい!!

今はこの後取る行動のことだけ考えろ!!


もしエルザが洞窟の中に入っている痕跡があったら即座に突入する。

魔物が既に出現していたら真っ先に撃破してエルザの安全を確保する。

どの段階においてもビアンカが敵対してきた場合、エルザの安全確保を最優先し、ビアンカの相手は後回しにする。


基本的な行動はこの3つだけでいい。

でも………もし既にエルザが死亡していたらっ………!!


「ちくしょう………っ!!」


森が鬱蒼としてきた中を全速力で駆けても、まるで夢の中みたいに上手く走れている感覚がない。

さっきから心臓の動機は収まらないし、冷や汗が次々に皮膚を舐めていく。


もっと速く!!


小川が見えてきた所で更に速度をあげようとした瞬間だった。


「あぐっ………!!」


また、心臓がありえない程の痛みを伴って収縮した。


「がっ………ぐぁっ!!」


咄嗟に胸を抑えようとしてバランスを崩し、走ってきた勢いそのままに転倒すると、木の根や幹に激しく身体をぶつけながら数メートルの距離を転がる羽目になった。


「ぐっ………ぬぅ………!!」


おかしい。


さっきので心臓が故障でもしたのか?


まるで心臓をなにかに鷲掴みにされたような違和感があった。

それどころか今度は激しい頭痛と吐き気にまで襲われている。


「おぇ゛っ………お゛ぇ゛ぇ゙っ!!」


ビシャビシャと胃の内容物を吐き戻しても、全くスッキリしない。


袖で口元を拭ってから立ち上がり再び走り始めるも、ともすると前後不覚に陥りそうな目眩が続いていた。


「ま゛ってろ………!!」


でも、今はそんな事どうでもいい。


エルザを………


あの子を救わないと………ッ!!







◇ ◇ ◇







「ハァ………ハァ………ハァ………ハァ………」


―――――ギィンッ!!!


「ハァ………ハァ………ハァ………ハァ………」


―――――ドォンッッ!!


必死の思いで洞窟前にたどり着いた時、眼の前で繰り広げられている光景に俺は唖然として立ち尽くしてしまった。


「この………ッ!! ちょこまかとォッ!!!」


ビアンカが戦っている。


クラシックスタイルのメイド服は動きのじゃまになるからだろうか、足の付根ほどまで破られ、そこから伸びる脚からおびただしい量の血が流れている。


「グギッ………!!」


額からも出血しているのか左目が血で潰れ、薄紫色の髪が張り付いて凄まじい形相を呈している。


両手に一本ずつ刀身の湾曲した大型ナイフを逆手に持ち、さらに身体の周りには神聖術と思しき光球を浮かび上がらせていた。


そして信じられないような高速で動き続ける彼女が斬り結ぶ相手は、黒いフード付きのローブに身を包み、顔全体を覆う白を基調とした仮面をつけている。手につけているのは腕甲から伸びる長い鉤爪。この世界に転生してからは、初めて見る武器だった。



どういうことだ。


どうなってんだこれ。


なんでビアンカがあんなに血みどろになって戦ってるんだ。


そしてあの白仮面はなんだ。


どっちが味方でどっちが敵だ。


それとも両方とも敵なのか。


立ち尽くしていたのは数秒程度だったろうが、それでも次々と湧いてくる疑問に一瞬思考を奪われかけた。


その矢先。


「クッ………!!」


ドンッ!!と蹴り飛ばされたビアンカが、洞窟の入口と思われる岩の塊付近まで吹き飛ばされた。


岩の塊………。


岩の塊って!!


魔物が起動して、しかも中に人がいる!!!


咄嗟に出た言葉は、敵か味方か判然としない者の名前。


「ビアンカァァアア!!」

「っ!?」

「………チッ!!」


林の中から姿を現した俺に対してその二人がとった行動は対象的だった。


白仮面の人物が俺に気を取られているビアンカに突進を開始した一方で、ビアンカは俺に向けて叫び返した。




「助けてッ!!中にエルザさんがいるッ!!早く助けてッ!!!!」




もうまともな思考など殆ど働かなかった。

騙されているかどうかなんて、とてもじゃ無いけど判断する余裕はない。

ほぼ無意識に足元で爆発させたマナが地面を吹き飛ばし、ビアンカに迫っていた白仮面にロケットさながらに突っ込み、


「あがっ………!!」


その脇腹に全力で拳を叩き込んだ。


――――バキバキバキッ!!


という木々をなぎ倒す音と、小さな悲鳴を上げながら白仮面が視界から消えていく。

戦闘不能になったかどうか確認する暇も惜しい。


「どいてくれっ!!」

「ち、ちょっと待って!!中で何が起きてるか―――」

「分かってる!!」


先程は足に集めたのと同じ量のマナを、今度は拳へと集めて構えを取る。


「分かってるってどうしてっ………そ、それにあなた酷い顔色よっ!? そんなマナ操作したら身体が壊れちゃうっ………!!」


どかないなら知らねぇからな。


もう、頭が痛くて気を使う余裕もない。


「私が破壊するからあなたはっ………!!」

「がぁぁぁああああッ!!!」


丹田で練ったマナを一気に腕へ、そして拳へ。


正拳突きの構えから放たれたその拳は


―――――ドゴンッ!!!!!!


と派手な音を立てて洞窟の入口を塞ぐ岩にめり込み、


「キャアアッ!!!」


その巨石を粉々に砕いて飛び散らせた。


「………。」


眼の前に現れたのは小さな洞窟の入口。

その奥に続く通路は闇に包まれ、その奥をうかがい知ることはできなかったが、耳を済ませると洞窟の奥から僅かな物音が聞こえてくる。


「な、なんて無茶するのよ!!あなたまで血だらけじゃ…………え?」


戦ってる。

エルザはまだ生きてる。

そうだ、大丈夫、あの子は弱くない。

唯一絶対のヒロインなのだから。


「あ、あなた………その胸のあざ………? ど、どうしたの?」


ビアンカの言葉に胸元へ視線を落とすと、


「う、動いてない………?それ」


石つぶてで破けたのだろう。

ワイシャツがずたずたに切り裂かれ、そこから顔をのぞかせる胸のちょうど心臓のあたりに、複雑に絡み合ったツタのような痣が、揺らめくようにして動いていた。


なんだこれ………。

どうなってんだ俺の身体。


さっきから続く心臓の痛みって、これのせいか?


――――――ドォンッ!!


「い、今のって!!」

「ッ!!!」


もうちんたらしてる余裕なんかない。

痣のことなんて後で良い。

洞窟の入口も、まるで生きているみたいにグジュグジュと再生を初めて再び塞がろうとしている。


「ま、待って!!私も行くわッ!!」

「………」


勝手にしてくれ。

相手をしている時間も―――


「アルフッッ!!!!!」


塞がりかけた洞窟の入口に身体を滑り込ませようとした直前に、俺が出てきた林に姿を現したのはスカーレットとハインズ。


「待って!!何してるのッ!! 戻ってきて!!あなた途中で吐いてたでしょ!! そんなとこ入っちゃ駄目ッ!!!」

「………」


追い掛けてきてくれたんだな。

足遅えのに。

スカート、ボロボロじゃないですか。


「ビアンカ!!」

「ハインズ様ッ!!近くに敵がおります!!すぐ引き返して下さいッ!!皆さまを連れて学園へッ!!」

「て、敵っ!?」

「待ってッ!!アルフッ!!行っちゃ駄目ッ!!何で怪我してるのッ!!危ないことしないでッ!!!」


泣きながら駆け寄ってきて、本当に、ウチのお嬢様は世界で一番かわいい。


言うこと聞かなくてゴメンな。


後でちゃんと謝るから。


「塞がるわ、いくわよ」

「おう」

「アルフッ!!!待ってッ!!!いやよッ!!」


またいつもみたいに、すぐに許してくれな。




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