スミレの花

明上 廻

償いの始まり編

懺悔

 「スミレちゃん。」

 そういって、私のパパはよく頭を撫でてくれた。

 パパの手は、少しゴツゴツしていて力強かったから撫でられる身としては痛かった。

 でも、不思議と不快とは思えなかった。

 パパは、力が強い。他の人とは地力が違った。

 だからその分、私を撫でる力を加減しようとしているのがわかった。

 繊細に。

 丁寧に。

 愛おしく。

 他にも、私を軽々持ち上げて片腕で抱え上げて見せた。

 私の体重からして、普通の人たちは両腕で抱えていた。

 でも、パパにとって大した重さではなかったようだ。

 パパと一緒にいる時間が私には得難い幸福感となって押し寄せてくた。

 パパからは、土のような素朴な臭いがした。

 汗の匂いではない。

 香水の匂いではない。

 かといって不快なにおいではない。

 まるで日向ぼっこをしているときに嗅ぐ温かな日差しの香り。

 だからこそ、パパの匂いは私を安心させた。

 パパ自身は不器用だけれど、確かに私への愛情がそこにあった。

 私のママは、しゃべることができず、パパとはすれ違っていた。

 正確には、言語を発することができなかった。

 だから、パパに好きだと伝えることができなかった。

 でも、それでもいいと思えた。

 だって、ママに向けたパパからの愛情がそこにあったのだから。

 それは恋愛感情ではなく家族愛だったが。

 本当に、幸せだった。


 でも、パパは死んでしまった。


 無残な姿で。

 私を撫でてくれた手は吹き飛び、宙を舞った。

 私を抱き留めてくれた胸には、大穴が空いていた。

 こんなこと………。

 現実を受け止められなかった。

 だから、思ってしまった。

 考えてしまった。


 やり直したい、と。


 こんな結末にならないように、と。

 誰もが幸せでいられるように、と。

 パパが死なない世界にするために。

 なら、その代償が存在するのも必然だった。

 この世界は、そんなに甘くない。

 一の願い叶えるためには十以上の苦行を要求される。

 だから私は、耐え続けた。

 どんなに無謀なことだとしても。

 根本を正すために。

 過去の清算をするために。

 友達の力も借りて。

 でも、その過程は更なる矛盾を生み出した。

 人間は救いようのない生き物だ。

 助けたはずの人々は、私を使って人柱を作った。

 パパのような温かさは一ミリもなくそこには人間の生き汚い醜さがあっただけだった。

 結果、私は何もすることができず死を待つだけとなった。

 悲しくて、憎くて、もどかしくて。

 ああ、でも。

 悲しさのあまり涙が止まらない。

 血の涙が止まらない。

 「パパに、もう一度会いたい。」

 叶わない願いを口にし、私は今日も眠りにつく。

 長い月日は、私から時間という枷を外していた。

 本当にやらなければいけないことを前にして、私は何もできないでいた。

 友達さえ犠牲にして得た結果がこれだ。

 ああ、これが私の結末か。

 やるせない。

 できることなら、今からでもすべてを投げ出してしまいたい。

 私は、ただもう一度パパに会いたかっただけなのに。

 そんな時だ。

 またあの懐かしい声が聞こえた。

 「久しぶり、かな。スミレちゃん。」

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