悪食~満たされない夢と満たされる今~
たべてもたべても、おなかがすくゆめをみる
わるいひといっぱいたべてもおなかいっぱいにならなくて
たくさんころしてたべて
でもおなかがいっぱいにならなくて
またころしてたべて
でもいっぱいにならなくてどんどんおなかがへっていって
それで――
大きなベッドの上で少女が目を覚ました。
5歳程の就学前の幼子だ。
少女はよたよたとベッドから降りると、寝間着から赤系統で統一されたブラウスとスカートに着替えて部屋を出て行った。
部屋を出ると、広いリビングがあり、クロッシュによって中身が解らないものがテーブルに載っているのを確認するとぺたぺたと足音を立てながらテーブルに駆け寄り蓋をとった。
現れたのは、銀色の器に盛られた、人の腕だった。
少女はあどけない笑みを浮かべてその手をぼきりとへし折り指から音を立ててかみちぎっていく。
表情だけなら、ごちそうを食べている子どもの微笑ましいソレだが、食べているものがあまりにも恐ろしすぎた。
肉を噛みちぎる音と、骨を噛み砕く音が部屋に響く。
「エル」
「……? くれないおねーちゃん、おはよ」
少女――エルは真っ赤な着物を身につけた女性──紅に挨拶した。
「おいしいか?」
「うん!」
紅は優雅な所作で椅子に腰をかけると、青い煙を煙管からはき出していた。
そして、人の手を頬張るエルをじっと見ていた。
その目つきは、どこか悲しげだったがエルが気づくことはなかった。
人の腕一本を食べ終わると、紅は血まみれになったエルの口をナプキンで拭いた。
ぬるま湯をつけたタオルで再度拭き、綺麗になったのを確認すると、黄色の液体が入ったカップをエルに渡す。
エルは嬉しそうな表情のままそれを飲み干した。
「あまずっぱいねー」
「マヨイのところで取れた果実のジュースだ」
「まよいちゃんの? そっかー! こんどあそびにいきたい!」
「こんど、な」
キャッキャと笑うエルを見て、紅は何処か暗い表情を浮かべた。
二度と飢えに苦しむことも
私達に殺されるのではないかという恐怖も
エルはもう味わう必要はない
今のエルは幸せなのだ
けれど、本当にこれが最良だったのだろうか?
紅は煙管を口にし、煙と一緒にため息をはき出した。
無邪気に笑うエルを見る。
「……悪を食うから、悪食……」
「……だからといって節度はまもらなければならない……どうすれば、良かったんだろうな……」
無邪気そうに笑って縫いぐるみで遊ぶエルに、紅の言葉は入らなかった。
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