第5話 葭始生。
最後にご挨拶をしたかったんですが、
ですよね、あまり他の方に顔を覚えられては困る、なんせ密偵宦官なんですから。
「では皆さん、道中お気を付けて」
『旅の無事を皆で祈っておりますよ』
『「ありがとうございます、お姉様方」』
そしてココで個人の荷物が増えるんです、紹介状入りの仕掛け箱、しかも封がしてある。
自分で持てる分だけの荷物に増えるので負担なんですが、まぁ良い品物なので後で売ったりとかしちゃいたいんですけど、どうやら使い回してるみたいで。
あ、中には新品も有りますよ、道中連れ回されるんですから壊れて当たり前。
それこそ壊す方も居るでしょうね、あまり評判が悪いと困りますから、うっかり壊して中身までうっかり破棄とか。
あんまりなら私もしようとは考えましたが、下手をすれば中には何も無いかも知れないし、壊れた事が全てかも知れない。
なんせ藍家から御者が付くのですから、その方達が報告書を持っているかも知れない。
なので1周回って大事にしよう、と。
ですが私に新品を渡されても困る、何ならちょっと迷惑。
《素敵よねぇ、
「思いっきり隠語風味に言わないで下さいよ、ねぇ?」
『そ、ぉ、私に振らないで下さぃよぉ』
《アナタが言い出したんじゃないの、ローズのローズって》
「アレは実に刺激的でしたねぇ」
『だってぇ』
真っ赤になる時点で、もうね、ムッツリさんです。
可愛いムッツリさん。
「艶やかで発色が良い、えらくドエロいのは確かですからね、ローズのローズ」
『もー』
おぼこいのって稀有なんですよ、皆さんあっけらかんと話しちゃいますから。
もう、流石です、
《しかも名の
『もう、ご自分で仰らないで下さい』
「私が私室に飾るなら、
《あら、なら私のは寝室か》
「浴室ですねぇ」
『もー』
2人と仲良く過ごしたいのは山々なんですが、お風呂が一緒は困る。
簡単に触られても分からない程度なのですが、怯えられては困るのです。
嫌悪や忌避が1番怖い。
良い世界だからこそ怖い、耐えられる気がしない。
《ねぇ、
『はい?』
《
『いえ、技法や技巧が凝っている、とは。寧ろ他と同じに見えましたけれど、私、何か見落としを?』
《いえ、私にも見付けられなかったわ、随分と普通ね、と》
四家巡りの最後に尚宮へ行ける事が、1つの名誉でも有る、ですのに
見目の稀有さ故に守る為なのか、優秀なのか、敢えて試す為なのかと観察していたのですが。
特段に優秀さを見せるワケでも無く、かと言って大きな失敗も無く、ただの器用貧乏にも見える。
ですけど能が有れば余裕で偽装は可能、慎重に見定めを、と思っていた時。
各部門の女官長様や次長様が不思議な
瞬く間に広まったのですが、その一端を担ったのは
広まる前に見たのよ、湯殿で。
不思議な包み方をするな、と。
目立ちたがらないのよね、決して。
まぁ、ただでさえ目立つから控え目に動くのは分かるわ、けれど商売に繋がる事なのに全く表には。
もしかして、女官長達に厳しく言われたのかしら。
それに幾ら藍家と言えど底意地の悪い者が居ないとも限らない、気を付けてはいたけれど、もしかして見えない場所で。
『あの、
《ねぇ、もしかして私、虐めを見逃してしまったのかしら》
『それで箱が普通だ、と』
《分からないわ、下手に藍家が目を掛けていると示すべきでは無いのも分かるし、でも新品なら技巧を生かすべきじゃない?》
『それは、それこそ、
《でも、四家は別に仲が悪いワケでは無いのよね?》
『そこははい、ただ仁を司る東の藍家ですから。敢えて、のご配慮なのかな、と』
《五常、五得では仁、克己復礼。私心を克服し礼を重んじること、それが仁である》
『はい、そして南の朱家は礼、礼節と上下関係を重んじ尊ぶ家』
《そして、仙人
『あぁ、だからこそのご配慮なの、では?』
《そんなに怖いの?朱家》
『いえとんでも無い、華やかで明るい、と評判ですけど。まぁ、私も初めて行きますので、噂を鵜呑みには出来ませんが』
《そうなると、藍家の配慮が逆に、朱家が怖いと示す気がするのだけど?》
『ぅうん』
本来なら、最新の技巧を込めて然るべき。
なのに技巧を凝らさず、敢えて。
《ちょっと、気を引き締めましょう》
『はい、そうですね』
桂花が氏に
薔薇を知らぬ私達に、自前の花柄の
中には芍薬や牡丹の違いすらも曖昧な者も居りますので、私も大変助かりました。
中央の商家だから偶々知っていただけだ、と。
薔薇と言えば西域や南域の更に外側、それでも西や南の者も知る者が少なく、やはり中央は情報が良く集まるのだなと。
《はぁ、私も行った事が無いから不安だわ、凄く暑いのでしょう?》
『あぁ、そこもですね、分かります』
《夏に北の
『ですけど、より、らしさを楽しめるとも言えますよ?』
《なら私的に楽しみたかったわぁ》
『ふふふ、
《あら雪は好きよ
『箱には綺麗に描かれてはおりますが、雑草なのですよねぇ』
《雑草など無いと桂花が言っていたじゃない、しかも薬草、素晴らしい花だと。私もそう思うわ》
『下痢止めですよ?』
《押し花や永久花と言えば花浜匙じゃない、色褪せない花》
『花ではなく
《じゃあ
『でもぉ』
《なら何が良かったの?》
花浜匙は丈夫で手間が掛からない、小花。
『小花なら、茉莉花や、佳花が良かったです』
《茉莉花は夏よ、それに万人が香りを好むとも限らない、
『そこは別に、想い合える方に出会えれば、でも万人受けは重要ではないですか?』
《誰でも良く思う方に声を掛けられ無駄に時間を浪費するより、私は私こそが良いと想って下さる方が良いわ。自信を持てとは言いませんけど、どうして、その様に心配なさってるの?》
『私の、伯母が、随分と結婚が遅くて、子が出来るまでに時間が掛かり、難産で、亡くなりまして』
《あぁ、でも若くしても出来ず、亡くなる方も居るわ。それに私の知り合いに居ますよ、遅くても元気な子を何人も産んで、長生きした方》
私の知り合いにも居ますし、亡くなるのは時に運。
『それは分かるんです、頭では分かるのですけど、不安なのです。もし見初められなければと、外見も何も、地味ですから』
《それを言うなら
『それは、声は生まれ持った』
《桂花の外見もよ、だからこそ……もしかしたら、敢えて、学ぶ事を諦めたのかも知れないわね》
『敢えて?』
《目立つ事を極端に嫌うじゃない、それこそ湯屋で人が減ってから、と今行ってるのだし。中央の五徳は、信、よね》
仙人、董・仲舒が五行説を鑑み、
『友の情に厚く、言明を違えず、臆せず真実を告げ、約束を守り、誠実である。ですが』
《あの子が優秀で有れば有る程、周りが男日照りになる、けれど意外と普通なら男はガッカリする筈。従姉妹や姉妹の為、友の為、敢えて控え目なのかも知れないわ。学ばなければいけない事も、好きでも手を出さず我慢するのも、辛い事だと思うわ》
『私、考えも、してなくて』
《私もよ、私も今、そうなのかも知れないと思い付いただけ。だって、あの外見はそう周りには居ない、良くて目が青い者や髪の色が明るい程度。慮るにしてもよ、限界は有る、どれだけの苦労か計り知れないわ》
私、自分の苦労ばかりを。
『私、自分の』
《それか、本当に平凡で欲が無いだけかも知れないわ。あの子、藍家の方の噂話に興味が無かったし、見に行こうともしなかった。ただただ分別の有る、弁えているだけの子、なのかも知れないわ》
『すみません、我が家は文官で、大した苦労をせず人の機微に』
《それだけ可愛がられたと言う事、違う者なりに違う苦労が有るのですから。そう謙遜しては、ご両親が泣きますわよ、大切に育てた結果なのですから》
どの家にも恥じぬ程、可愛がって頂きました、けれど。
「はー、ぁ、まだ眠って無かったの?」
《
『あ、え、いえ、はい【
「毎度どうもありがとうございます」
《お礼は詩で良いわ》
「何故、詩なんぞ嗜めねばならんのかしら?」
《字は書けるでしょうよ、絶妙な悪筆加減だけれど、まさか恋文の1つも書かないつもり?》
「そんな機会有りますかねぇ」
《どの方にも惚れない、とても?》
「
《少し位はご自分で考えないと、お気持ちは伝わりませんわよ?》
『そうですよ、幾らでもお使いになって良いですけど、あくまでも私の考えなのですから』
今でも。
「海上生明月、天涯共此時」
『もう、張九齢の望月懐遠じゃないですか』
「士之耽兮、猶可説也。女之耽兮、不可説也」
『もー、無名の方の捨てられた女の嘆きまで知ってらっしゃ。知ってらっしゃるなら生かして下さい、勿体無いですからね?』
「何分、ウチは商家でして、なので専門家に任せるのです。編み出し考える時間が有ったらお店番に出て稼ぎ、飴ちゃんを買い、友に振る舞うのです」
《流石、信を司る中央の子、情に厚い良い子。頂きますわ》
桂花の入った、香りの良い透き通った飴。
箱入り娘の私でも、高いと分かる物なのに、惜しげもなく。
「小鈴は、もう飽きちゃいましたか?桂花飴」
四家巡りでは夫より仕事より友を、と両親が言ってくれたのは、こうした事なのでしょうか。
『いえ、いつも貰ってしまってるので、どう、お礼を』
「先払いですよぉ、詩を考えて貰うお駄賃です」
《なら足りないんじゃなくて?》
「なのでコレから先も払い続け、月賦払い、支払いはお菓子なので纏め払いも出来るかと」
《よっ、流石商家の子ですわ》
「
《度量が広くて深くてらっしゃるのでしょう、一通り巡ってからウチへ、と。それだけ自信が有るからこそ、どなたにもお声掛けなさらなかったのでしょう》
「えっ、でも、留まった方が何人か」
『あ、アレは月経休みで、少し遅れて来るのかと』
《それか、朱家へ行きたく無いんじゃないかしら?》
「あー、暑そうですものねぇ、南の夏」
《あら、アナタも行った事が無いの?》
「買い付けは兄弟、従兄弟がしますし」
《そこですわよねぇ、女性には月経が付き物。南はまだしも西域以西は水源に乏しい、そうなると洗い物も一苦労、早くあがってしまいたいわぁ》
私、偶にしか無いのですよね、月経。
漢方をフル活用して貰って、やっと何とか、偶に軽く出血が有る程度。
けど月経前症候群だとか眠気だ腹痛だ下痢だ頭痛だ。
なのに。
お子を成せるか、ぶっちゃけ分からないらしい。
それでも普通に育ててくれて、もう、その時点で両親ぐう聖。
しかもこの毛色が生まれても夫婦仲が悪くなる事も無く、更に妹も生まれましたし。
この世界、良い世界過ぎて逆に怖い。
何処かに何か欠点が有るのでは、と。
だから見極めにも承諾した。
万が一が有って私の平和が乱れるのはイヤですし、何か出来るなら平和維持には貢献したい。
そう、維持って意外と大変で難しいのです。
「あ、お世話代も含んで?私凄く軽いから」
《あら、ならお願い、お願いしましょう?》
『あ、はい、宜しくお願いします』
「どんとこい」
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