不遇転生令息。

中谷 獏天

第1話 起ノ篇

『すまないが、愛する事は無い』


《えっ、でも》

『子も望んでいない、すまない、後はもう好きにしてくれ』


 そうして私はほっとかれた。

 好きにしてくれと言って貰えたので、先ずは家の中を改造させて貰った。


《如何ですか?》


『あぁ、君の家でもあるから好きにしてくれて良い』


 だから庭も手入れをして。


《見に行きませんか?》


『すまないが、興味が無いんだ、忙しいので失礼させて貰う』


 顔色が悪いから、料理やお菓子を作ってみたけれど。


《あの》

『僕に構わなくて良い』


 そう言って全て食べてくれたけれど、1つ凄く失敗したのが有って。


《あの、ごめんなさい、とんでもない物をお出ししてしまって》


『あぁ、気にしないでくれ』


 そうして気付いたのは、彼は味覚も痛覚も鈍いと言う事。

 だからどうにかしたくて色々と食べて貰ったり、冷たい手をマッサージしたり出掛けたりしたのだけど。


《あの、顔色が》


『すまないが仕事が立て込んでいるんだ、暫くほっといて貰えないだろうか』

《あ、すみません》


『僕の事は構わないでくれ、好きにしてくれて良い』

《はぃ》


 そして私が幼馴染と会う事になった時、彼も幼馴染の男性と会っているのを見てしまった。

 お茶や食事を一緒に過ごしていて、彼は多分、男色家なのだろうと。


 意を決し、話し合う事に。


《あの、お話を良いでしょうか》


『あぁ、先に言わせて貰うけれど、僕は男色家でも無いし妾を取る気も無い。それで、話とは何だろうか』


《あ、いえ、もう聞けたので十分です》

『そう』


 どうして彼はこうなのか。

 知りたくなって探ってみると、彼は母親に酷い扱いを受け、心を閉ざしているらしかった。


《あの》

『母親の事かな』


《すみません、気になって探ってしまいました》

『そう』


《あの、お力にならせて下さい》


『どう』

《先ずは食事を一緒に、食べませんか》


『分かった』


 そうして1日1回は顔を合わせ、色々なモノを食べて貰ったりしたけれど。

 彼は1度も、笑顔も関心も向けてくれる事は無く。


《すみません、ご迷惑でしたか》


『迷惑だったと答えて、僕は無事で居られるんだろうか』

《そんな、私は、すみません、失礼致します》




 強制力だろうか。

 いよいよ彼女の心が折れそうになると、彼女の恋敵が出て来る。


『すまない、ただ彼女とは何も無いんだ』


 それでもどうともならなければ、使用人が動き出す。

 ご当主様は変わった、きっと貴女が変えたんだ、良い方向へ変えられる筈だと唆す。


 それでもダメなら次は当て馬が現れる。


《彼女を大切に出来無いなら、彼女と別れてくれ》


 主に幼馴染や友人。


 こうした輩に何度も政略結婚とはなんたるかを説いたが、心が折れて立ち去るか、僕を殺そうとするか。

 彼女を攫う事は稀で、彼女も彼女で、大人しく去ってはくれない。


『分かった』


 どうしてなのか、僕の存在は立場や状況や時代が変わるのに、毎回同じ様な事になる。


《ごめんなさい、私はこの人と居たいの》

《何故なんだ》


 僕もそう思う。

 ただ聞いても大概は同じ。


《私、彼の傍に居たいの》


 それが何故か聞いていただろうに。


《分かった》


 いや、毎回思うんだが、一体何が分かったんだろうか。


《ありがとう、さようなら》


『どうして僕の方を選んだんだ』

《アナタが好きだから》


『地位や名誉も名声も何もかもが無くても、この容姿すら衰えても、僕を愛せると?』

《はい》


 当て馬が僕の地位より高かったり、好条件な事は無い、良くて同列。

 なのに僕に何も無くても愛せる、と。


『そう』




 俺の幼馴染は地位も名誉も金も何もかも、それこそ顔も焼いてから、妻の元に向かった。

 最初は良かった、2人だけの生活を彼女は幸せそうに過ごした。


 けれども2年も過ぎると。


《どうしてこんなに愛してるのに、手を触れてもくれないの》


『最初に言った筈だ、愛する事は無いと、子も要らないと』


《けど》

『僕は尽くしてくれとは1度も言ってない、愛してくれとも、何かしてくれとは1度も言ってない』


《そんな、迷惑だったの?》

『迷惑だと答えたら僕は無事で居られるのか?』


《いえ、そうね、今までごめんなさい》


 タイミング悪く修羅場に遭遇して、彼が刺されるのかと覚悟したけれど。

 彼は生き抜いたらしい。


「お、無事?」

『あぁ、どうやら無事に生き残れたらしい』


 それから暫くは一緒に過ごしていたんだけど。


「マクスウェル」

《俺の愛する人を傷付けて、絶対に許さない》


『ルイ、すまない、今回も』

「まだ、止血してるし、ワンチャン有るかもよ」


『すまない、いつも、僕の、死に目に巻き込んで』

「良いんだよ、仲間だろ」


《お前ら、彼女を》

『裏切ってはいない、僕らは単なる仲間、幼馴染だ』




 幼馴染に泣き付いた事を、後悔した。

 屍が2つ、彼と彼の幼馴染の亡骸。


《何故、彼まで、どうしてルイまで殺したの》

《お前を泣かせた仲間だ、仲間だと言ったんだ》


 私はただ、マクスウェルを。

 いえ、もう良い。


 焼いてしまおう、全て。


《火をかけましょう》

《ぁあ》


 私は何処で間違えたんだろう。

 私は尽くしたし、彼も全て捨ててくれて。


 あぁ、ルイが居たから、ルイも捨てさせれば良かったんだ。

 私が愛して貰えなかったのは、ルイのせい。




 こうして僕は何度も死んだ。

 殆どが痴情の縺れ。


 上手く避けたと思っても、いきなり刺されたり、道に押されて馬車に引かれたり。


 勝手に僕を好きになり、振り向かないと僕を殺す。

 若しくは当て馬が僕を殺すか、親が殺しに来る事も有るし、偶に僕の自称愛人が間違って僕を毒殺する事も有った。


 何度も何度も。


 同じ事を繰り返している。


《私は彼を治してあげ》

「君、困ってるの?」


『いや』

《でもそれは彼が美味しいとか痛みを》

「で、困ってるの?」


『いや』


「ほら、ならほっときなよ、お節介だよ?」

《私は》

『君は僕から好意を向けられたいだけじゃないだろうか』


《別に、私はそんな》

『そう、ならどちらにしても2度と関わらないでくれ、迷惑だ』


《そんな、私はアナタの為に》


「何か解決したっぽいから俺も去るわ、じゃあね」

『あぁ、助かった』


 最初に彼と出逢った時は、何も思わなかった。

 偶には理解有る優しい者に出会えるのだな、としか思わず。


 彼の名前も何も聞かないでいたけれど。


《貴方が邪魔するから、貴方が悪いのよ》

『すまない、巻き込んで』

「いや、今思うと中途半端だったわ、ごめん」


『いや、助かった、本当に』

「なら良かった」


 彼がすっかり事切れ、僕は初めて泣いた。


《何で、私じゃなくて、何で、何で》


 そう言われながら僕は刺された。


 何度も何度も。




「あ、覚え」

『君も覚えてるのか』


「凄いな、その年からその喋り方なんだ」

『あぁ、もう既に気味悪がられているから問題無いだろう』


「俺、まだ2回目なんだけど、君は?」

『分からない、途中で数えるのを止めた』


「ぉお、毎回同じ?」

『あぁ、似た様な事で必ず死ぬ』


「そっか、じゃあ仲間かも?」


『あぁ、かも知れないな』

「宜しく、俺はルイ」


『僕はマクスウェル、宜しくルイ』


 目覚めた感覚に近い、ある種の覚醒的な事が起こったのは、今さっきだった。

 それはマクスウェルも同じで、ほぼ同時だったらしい。


「前は?」

『前はもう少し大きかった、死ぬ3年前』


「あー、俺もそこだ、今までに俺に会った?」

『会ったが殆どがモブだった』


「モブて、良く知ってるね、その言葉」

『殺して来る女が、何人かが呟いたり言っているのを聞いた』


「あぁ」

『君の意識が目覚めたのは、多分、前回からだろう。それまではこうして関わる事が無かった』


「あー、俺モブ確定かぁ。あ、女は」

『毎回違う、全く同じ事は無い』


「逆に同じになる様に、とかは?」


『何故』

「だって何か変えたいじゃん?なら法則を見つけ出さないとだし」


『何故』

「死なない方が良くない?」


『人はいつか死ぬだろう』

「全員は殺されない。つか老衰を体験してみたくない?」


『あぁ、確かに』


 私が救ってあげる系女子がマクスウェルを標的にしては撃沈、と言うか沈没させてみてる、俺が。


《美味しさを感じられないなんて、可哀想》

「何で?」


《喜びとか》

「悲しみとか苦痛も知る事になると思わない?」


《でも、だって、周りと同じに、普通に》

「周りと同じで普通じゃないと可哀想なの?」


《別に、そうじゃないけど》

「なら助けを請うまで待ってたら?」


《あ、でも、困ってる事に気付けて無いかも知れな》

「君が判断するの?」


《それは》

「君は専門家なの?」


《ごめんなさい》

「あっ、逃げた」


『彼女達の恋敵と同じムーブをして、大丈夫なんだろうか』

「あー、そう言う扱いになっちゃうのかぁ」


『あぁ、逃げるのは恋敵に言い負かされた時だからな』


 何人か退けて、普通にマクスウェルと過ごしていた時。


《アンタ、アンタが居るから彼は》


 俺は突き落とされて。

 そしたらマクスウェルが、コッチに。


「何して」

『君が居ないと成功し』




 次に目覚めても彼は。


「もー、何で一緒に死んじゃうんだよぉ」

『君が居ないと老衰で死ぬ事が成功しないだろうなと思ったんだ』


「アレで意外と上手く」

『無い』


「まぁ、信じるけど」

『次は穏便に避ける方が良いかも知れない、君に先に死なれると困る』


「なら取り敢えず、飯だな」

『多分、今回も味覚は無いと思う』


「俺が美味さを解説してやんよ」


 彼女達と同じ事をしている筈なのに、彼がすると不快では無い気がした。


『僅かに塩味が有るのは分かるが、前と変わらない』

「今回は助かったかもな、微妙に不味いのばっかだわ、良かったな」


 僕を変えようとはしない。

 けれど傍に居てくれる、そして僕から何も得ようとはしない。


 けれど。


『すまない、また、だ』

「政略結婚ェ」


『君に先に死なれたく無い、今回はあまり関わらないでおく』

「おう、じゃあな」


 どんなに先に言っても、必ず僕は死ぬ。

 それこそ黙って抱かれても、死ぬ。


《どうして愛してくれないの》

『ルイ、すまない』




 試しに離れてみたけど。


「俺、何か事故に巻き込まれたんだけど」

『多分、僕が死んだからだと思う』


「マジか、ウケる」


『すまない』

「良いよ、大丈夫、痛くも痒くも無かったし。飯に行こうぜ」


『飽きないのか』

「あ、もう飽きた?」


『分からない』

「ですよねぇ」


 法則性を見つけ出す為に、毎回色んな味覚を確認して、痛覚や冷感に温感を確認。

 でも全部、もや~っと分かりはする、けれど全く無いワケじゃないからぶっちゃけ困らない。


《アナタなら分かるでしょ、彼に笑って欲しいの、幸せになって欲しいの》


「それ分からないんだよねぇ。だってさ、幸せを知ったら不幸をも知る事になるじゃん?喜びを知ったら悲しみを知る事になる、それって本当に良い事なの?」


 コレ、毎回、聞ける時は全員に聞いてるんだけど。


《アナタが邪魔するから》


 とか言って俺が殺されるか、遠くに追い遣られるか、マクスウェルの女に似たのと政略結婚させられんの。

 で、同じ。


「何で家の中を俺に相談せずに黙って変えちゃうの?」


《好きに》

「好きにして良いって言われたからって相談しないんだ、同じ事をされても嫌じゃないんだ」


《ごめんなさい》

「いや、嫌じゃないか聞いてるんだけど?」


『旦那様』

「いや、大事な事だから邪魔しないで。好きにして良いって言葉に限度が有ると思わない?」


《はい、ごめんなさい》


 マクスウェルから聞いてるだけじゃ不足だから、彼が言ってた通り、彼がしてた通りに行動してみたけど。


 うん、分からん、何で皆似た行動を取るんだろう。


「好きにして良いとは言ったけど、何も俺の私室にまで手を出さなくても良いんじゃないかな」


《ごめんなさい》

「何で?何がダメなの?」


《だって、拷問器具や本、魔女や死にまつわる》

「新品未使用で研究の為だったんだけど、買い戻して来てくれる?」


《はい、すみませんでした》


 そのまま幼馴染の男と逃げて、何故か俺の悪評が流れるの。

 俺、何を悪い事をしたんだろう。


『良く有る、仕方無い』

「有るのかぁ」


『強制力、らしい』

「それさ、誰の為の流れなの?」


『多分、彼女達の為、だと思う』




 最初の記憶は良く覚えている。


『改めて言わせて貰うが、君を愛する事は無い、コレは政略結婚で決まった歳月を過ごし終えたら離縁となる。だから初夜も無しだ』


《なんて失礼な人なの!》


 どうやら行き違いが有ったらしく、彼女に詳細が伝わっていなかった。


 血縁を残すべきでは無いと継母に育てられて、そうなのかと思っていた。

 なのにも関わらず地位や名誉や名声の為に、父親が僕に結婚しろと命じ、手頃そうな相手と結婚した。


 それらの事が使用人や父親、それこそ継母の策略と絡まり彼女には殆ど伝わっておらず。

 今度は伝えようとしても絡み合った糸が邪魔をして、伝えられる様になった頃には。


『コレは』

《お帰りなさい》


 すっかり家の中が変わっていて、使用人達も彼女の味方然として。


「あー、落ち着かないよなぁ、あんまりガラッと変わられるとさ」

『喜ばなければ責められ、関わらなければ責められ、だから仕方無く関わっていたが』


 日に日に干渉が増え、果ては新婚旅行をと。


「仕事を詰めなきゃじゃん」

『あぁ、そうして倒れ、軽い病に罹り。僕は独りで過ごしたかった、今までがそうだったし、居られると落ち着かない』


「猫みたい」


『あぁ、確かにな』


 僕と言う面倒事を押し付けたかったんだろう、使用人達は更に彼女をもてはやし、果ては僕に好意が有ると唆した。

 だからこそ僕は彼女にも改めて伝えたし、継母にも相談した。


 けれど継母の悪事が表に出たとかで隠居生活に、僕は彼女に迫られた。

 そして僕は、聖なる光とやらでまるで別人になった。


 彼女の望む様な言動や行動をする自分を、自分がただ観察させられている様な状態で生かされ続けた。


 後で知ったけれど、心の不調は体に出るらしい。

 僕は何人かの子を成させられ、弱り、死んだ。


「あー、成程」




 次は、自分が息子に生まれ変わってたらしい。


『そっくりな僕を溺愛し、果ては体の関係にまでなった』

「あぁ」


 そして宛てがわれた婚約者には、嘗ての彼女、母親に言われた通りに接したらしい。

 この時点でもう、自分が何かを考え行動する事を諦めていたらしい。


『徹底的に貶め、扱い易い様にしたかったのだろう。けれども婚約者もまた、だったらしい』


 そして彼は母親との事を暴かれ婚約破棄、他の王子と彼女は結婚。

 彼は一生を牢で暮らし、病死。


「そこで終わると思うじゃん?」

『あぁ、けどまた目覚めた。そこからはもう、似た様なものだ』


 中世で、近世で、現代で。

 学園で、王族で、貴族で。


 例え平民だと安心しても、実は王侯貴族の血筋だ、とか。

 時には騎士団長になったり、大魔導士になったり、王にもなったり。

 けど全部男。


 病死は勿論、中毒死、落下死に拷問死、腹上死。

 溺死、縊死、焼死、失血死、餓死等々、してないのは本当に老衰で穏やかに死ぬ事だけ。


「んで女運が超悪い」

『それは本当にそう思う。けれど、楽な女も居た』


 愛する事が無いと言っても文句1つ言わず、弁えて屋敷の中の改装は最低限か、ちゃんと相談してくれる。

 干渉も一切無し、散財も他に男を作る事もしないで、本当に平和だったらしい。


 でも妹、なる者が来て、彼女を追い出した。

 そして彼女は死に、彼女を好きだった王族に殺された、と。


「何とかする事は」

『理不尽と不運の嵐で不可能だった。だが、今思うと、君と分け合っているからか理不尽と不運は少ない様に思う』


「おぉ」

『すまない』


「いや、その彼女、楽だった?」

『あぁ、1番楽だった』


「その彼女みたいなのを探してみようよ、俺も居るから、もしかしたら老衰が可能かもじゃん」


『君に迷惑が』

「いや面白いから大丈夫、探してみよう?」


『あぁ』




 それ以降は、毎回明確な契約書を作り、結婚をしてみた。

 けれども事前調査ミス、魔法、魔道具が関わりいずれも失敗。


「いやぁ、虐げられてた方って偽ってたってのはもう、無理でしょう、見抜けないよ」

『関われず、再び有った頃は既に磨き上げられてしまっていたしな』


「何よりさ、地盤固めする暇が無いのがね、難しいわ」

『結婚式の最中はな、アレは初めてだった』


「ぉお、初めてか、どうだった?」

『驚いた』


「驚いたかぁ、だよなぁ、流石にそうか」


『君は、どう』

「気にしない気にしない、事故事故。痛くも苦しくも無いから大丈夫」


 そうしていつからか、どうしてなのか。

 次こそは、と。




『魔王は、何回かは有る』

「マジかぁ、俺魔族始めてだ、楽しみ」


 マクスウェルは魔王、俺は配下の魔族。

 今まではそんなに魔法とか魔道具に関われなかったけど、今回は色々と体験出来た。


 けど。


『アレは、どうしたら良いと思う』

「あ、初めて?」


『あぁ、聖女からの結婚の申し込みは初めてだ』

「ぉお、増えたな始めて」


『契約書は、作るべきだろうか』

「愛せそう?」


 あ、しまった。


『愛とは、何だろうか』

「ですよねぇ、そうなるよねぇ」


『君は決して僕に教えないな』

「教えるって価値観を押し付ける事にもなるし、植え付ける事にもなるからね、うん、今さっきの質問は忘れてくれ。契約書の製作は話し合おう、話し合い次第」


『分かった』


 危なかった、マクスウェルの自由意志を操作しちゃう所だった。


 俺が考える最強で究極の自由意志って、純粋な情報を与えられるだけ、良い悪いすら自分で決める事だと思う。

 コレは良い事ですって教えるんじゃなくて、コレはコレ、ソレはソレって。


 だから愛が何か、全てはマクスウェルがどう思うか。

 彼が求めたいモノを求めて、排除して、選んで。


 だって、幸せを他人が決めるのも、不幸せを決めるのも間違ってるって彼女達が言ってたし。

 なら、コレしか無いよね、全てはマクスウェルが決める事。




「やっぱり結婚しか無いかぁ」


『君とココまで長く近く一緒に居るのは、初めてだな』

「あぁ、確かにそうか。兄弟とかならもう少し何とかは、ならんか」


『分からない』

「じゃあ次は兄弟だな、俺がお兄ちゃん」


『分かった』


 それから契約書も作り結婚式を終え、今度こそ平和に過ごせるかも知れないと思った。

 彼女からの干渉は一切無し、任された仕事をルイとこなすだけの日々。


 凄く穏やかで、平和で。


 けれど老衰には至れなかった。

 ルイがもう1人の聖女に殺された。


《やっと、復讐が出来た》


 同じ彼女は今まで現れなかった。

 けれど彼女は見た事が有る。


《アンタ、何を》

《ルイに邪魔されたから、今度は私が仕返しをしたの、コレでやっとおあいこね》


『すまなかった』


 幸いにも僕は魔王。

 だから僕はルイを生き返らせて、僕は死んだ。




「マクスウェルは」

《アナタに命を与えて、亡くなったわ》


 目覚めたのに、マクスウェルが居ない。

 しかも前と同じ世界。


「何で俺は」

《それは……》


 もう1人の聖女は、どうやら前世の記憶を持ってて、俺を恨んでたらしく。

 けれど既に処刑されていて、顔を見ると。


「あ」

《アナタもなのね、マクスウェルも、少し驚いて謝っていたわ》


 何回目かで俺が表立って関わらない様にしてた時の、マクスウェルの彼女。


「彼女の幼馴染にマクスウェルが殺されて、それから俺も殺されたんだ、仲間だ男色家だとか言われて」


《それで逆恨みって、意味が分からないのだけど》

「ね、けど俺を殺したって事は、俺が邪魔してたとか邪魔だから愛されなかったとか思ったんじゃない」


《マクスウェルが死んだら自害したの》

「あぁ」


《ごめんなさい》

「いやいや、ただ、マクスウェルを何とか生き返らせられない?」


《出来るけれど、私の命を》

「あ、じゃあ良いや、ありがとうね今まで」


《ルイ》

「マクスウェルを補佐しないとだし、じゃあね」


 また初めてが起きてたら、きっと困ってる筈だから。




『それでどうして君が兄なんだろうか』

「もしかしたら前世の願いが叶うのかも?」


『あぁ』

「よし、飯にしよう」


 兄弟だから、と。

 僕に餌付けでもするかの様に、何でも食べさせてきた。


 だからなのか。


『甘さと塩味は、前より分かる』

「法則性が分かんないなぁ」


 そうした変化は有ったが、この世界はあまりにも。


『もう、婚約者が』

「絶対ってワケじゃなさそうだから大丈夫っしょ、多分」


 そして多分、ココが最も最悪だと言って良いだろう。

 例の彼女までも転生していた、しかも公女に。


『ルイ、ルイ』

《また、ルイ、ルイばかり。けどルイを殺したらアナタって死んじゃったから、だからちゃんと生きてるから大丈夫》


 目は虚ろで、口は半開きのままに涎を垂らし。

 廃人だとか、薬漬けに。


『何故こんな事を』

《愛して欲しいから》


『愛されたら愛さなきゃいけないのか?愛って何なんだ?愛するって何をすれば良いんだ』

《ニッコリ微笑んで愛してるって言って、抱けば良いのよ!》


 何度目からか、僕は性的接触には全く反応しなくなっていた。

 だかこそ愛する事は無いとも、子を成す気も無いと言っていたのに。


『僕は性的不能者なんだ』


《何でよ、何で反応しないのよ!》


『殴られて反応した事も無い』

《五月蠅いわね!》


 こうした流れも、何度も有る。

 何度も何度も。


『すまないルイ』

《あぁ、分かったわ、そう言う事なのね》


 僕を男に抱かせて、そこに抱かれる。

 何回か有る、もう何度目かは覚えてはいないけれど。


「マクスウェル」


『ルイ』

《ふふふ、ざまぁ見ろ、ざまぁ見ろ!》


 また、初めての時の様に暫く続くんだろうか。

 ならせめてルイは解放して欲しい。


 出来るなら遠くで、僕の死に関わる事無く、平和に生きて欲しい。


『すまない』




 失敗した。

 前回で警戒すべきだったのに、いや、無理だ。


 理不尽で不運な世界で公女に目を付けられたら、終わる、流石に無理だ。

 だとしても、ごめん。


 油断してごめん。

 捕まってごめん。


 こんな風に見せ付けられる事しか出来なくて、ごめん。


「ごめん、せめて彼だけは、この世界から解放して欲しい」


 懇願が無駄だと分かってる。

 俺のせいで愛されないと誤解してる彼女に何を言っても、無駄だと分かってるけど。


《ざまぁ見ろ》


 彼女は俺に懇願させたいだけ。

 俺のせいにしたいだけ。


 愛されないのは、俺のせいだって。


『愛してる』

《心が籠って無い》


『愛してる』

《ルイがどうなっても良いの?》


『いや』

《愛してる以外は言ったらダメなのに、はい、何処を切り取らせようかしら》


『愛してる』

《誰を?》


『愛してる』

《だから、誰を?》


『愛してる』

《そんなにルイが大事なの?》


 愛してると答えても、答え無くても、きっと俺かマクスウェルに何かするんだろう。

 もう目的と手段がグチャグチャになってる。


 どうにかしないとずっと続く。


「ぅう」

《あぁ、そう、じゃあルイの大事な部分から、私に無い部分から切り取りましょうね》


『愛してる』


 涙を見たのは、多分、初めてだと思う。


 もしかして、俺のせいで悲しみを理解しちゃったんだろうか。

 ぁあ、なら俺は彼女達と同じで、余計な事をしちゃったんだ。


 ごめん。




《ただ愛して欲しかっただけなのに》


『愛してる』


 マクスウェルはルイを殺した。

 不意を突かれて、マクスウェルはルイの首を折った。


 だから食事も摂っていた。

 殺せる余力の為に、ルイを解放する為だけに彼は生きていた。


《ごめんなさい、許して》

『愛してる』


《なら食べて、お願い》

『愛してる』


《お願い、もう酷い事はしないから》

『愛してる』


 天罰なのか呪いなのか、子供は全く出来ないまま、彼はどんどん衰弱していった。


《ルイを愛してるのね》


 そう聞くと必ず彼は黙る。


 分かっていた、本当に彼は愛が何なのかを分からない、最初から分からないから愛する事は無いと言っていた。

 正直で誠実で、ルイとも本当に何も無かったのに、私は。


《マクスウェル》

《あぁ、アナタもなのね》


《ごめんなさいマクスウェル、遅くなって》


『ルイはもう、殺した』


《そう、ごめんなさい》

『いや、もう良いんだ』


《せめて私に殺させて》


『ありがとう』


 私は1度でも、こんな風にお礼を言われた事が有るだろうか。


 いや、義務だけ。

 社交辞令だけ。


《ただ、愛されたかっただけなのに》


 目の前で彼が死ぬのを見届けるしか無かった。

 どう足掻いても彼は死ぬと分かっていたから。


《愛って、種類が有ると思うの》


 そうして私は死ぬ事も許されず、老いて死ぬまで閉じ込められて、終わった。

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