第25話 ドラゴナ神国サイド シャルルとの出会い

 アリエルが気がついた時、湖畔に佇む屋敷のベッドに寝かされていた。

「あれ?ここは?」

 側に控えていたクロウが、

「お嬢は相当お疲れのようで、よく眠っておられました。もうここはドラゴナ神国ですよ。」

「ドラゴナ神国?・・・クロウが勧めてくれて療養に・・・わたし、なぜ療養が必要だったのかしら?」

 アリエルはドラゴナ神国に療養に行くことはなんとなく覚えていたが、何故療養に来ることになったのか何も思い出せなかった。


「お嬢は疲れすぎたのですよ。ご両親の事や爵位継承の事、それに留学生のせいで学院内が混乱しているので通学を控えるともおっしゃっておりましたから。」

「確かに・・・お父様の事もそうだけれどお母様が今どうしてらっしゃるのか心配でたまらないわ。学院のことは・・・学院で何かあった?あれどうして・・・待って、誰も思い出せないわ。」

 アリエルは学院で何かあったのかを思い出そうとして、誰の顔も思い出せない事に気がついた。

 学院そのものや授業,教師の事はわかるのに学友の事は誰一人思い出せない。


「医者に相談すると心労からそう言う事はあると言われました。治療は何も考えずにゆっくり過ごすことだそうです。だからこちらの国へ療養の為にお連れしたのですよ。」

「そう・・・全く覚えていないわ。少し怖い。」

 アリエルは自身の身体を抱きしめた。

「大丈夫です。それだけお疲れだったのでしょう。今は考えずにゆっくりしましょう。必要な記憶なら思い出しますよ。」

「でも・・・」

「俺がずっと側におります。他の事がわかるのだから何も心配はいりませんよ。」

「・・・わかった。そのために療養にきたのね?悩んでは意味がないわね。」

 アリエルは不安を完全に払拭できたわけではないが、療養が必要だというのは確かだろう。

「そうしてください。それよりもお腹は空いていませんか?」

「ええ、今日はもういいわ。それよりもここはどこなのかしら。」


 クロウによると、とある高貴な方の別邸で、ドラゴナ神国滞在中に世話になるのだという。

「ではこちらの主にご挨拶を・・・」

「お嬢、今日は長旅で疲れているでしょう?挨拶は明日で大丈夫です。俺がきちんと話をつけてありますから心配はいりませんよ。」

 クロウは風呂の用意もメイドに言いつけるとゆっくり休むように言ってくれた。

 起きたばかりだというのに疲れていたアリエルはこの国の事もクロウの事も、メイドをはじめ使用人たちがクロウに頭を下げるのも色々気にはなったが、ほこりや汗を流すとすぐに眠りについた。


 翌日、クロウはアリエルを屋敷の側の湖に連れて行ってくれた。

 クロウは湖畔にくつろぐ場所を用意してくれる。

 木々のざわめきと湖面が風に揺れる音、そして鳥の鳴き声が、心を浄化してくれるようだった。

「クロウ、ありがとう。とても素敵なところね。なんだか元気が出るみたい。」

 父と侯爵家を失った悲しみ、母の消息不明で気が晴れることがなかったが、少し心が軽くなった気がした。


 美しい景色に心を奪われながらお茶を飲んでいると、突然声をかけられた。

「どうも、お嬢さん。これは楽しそうなお茶会ですね。ああ、突然失礼しました、私はあの屋敷の主です。昨夜はゆっくり眠れましたか?」

 いきなり現れた男性にアリエルは立ち上がって頭を下げた。

「初めまして、お世話になっております。大変素敵なお部屋をありがとうございます。昨日は夜も遅く挨拶もできずに申しわけありません。」

「いいえ、日頃は使用しておりませんので自由にお過ごしください。今日は不便なことはないか気になったものですから。気を使わせてしまい申し訳ない。」

「とんでもありませんわ。ご挨拶が出来て嬉しいです。お屋敷も素晴らしいですが、ここの湖も森もとても素敵ですね。」

「ありがとうございます。気に入っていただけて良かった。旅の間クロウに粗相はありませんでしたか?」

「え?クロウをご存じなのですか?」

「ええ、ちょっとした知り合いです。ね、クロウ?」

「はい。」

 クロウはその男性に頭を下げる。


「お嬢さん。私もこのお茶会に参加させてもらってもいいかな?」

「は、はい。あの私のことはアリエルとお呼びください。名乗るのが遅くなって申し訳ありません、アリエル・ワトーと申します。」

「それはご丁寧に。私の事はシャルルと呼んでください。ひとまずはね。」

 急遽新しい客を迎え入れたお茶会は、話し上手なシャルルのおかげで楽しいものになった。

「ここは気に入っていただけそうですか。」

「はい、とても心が癒されます・・・ずっといたいくらいです。」

 アリエルは目の前に広がる美しい光景と、あたりに漂う清らかですがすがしい空気を身に受ける。

「そうですか、それは嬉しい。・・・彼女も喜びますよ。」

「彼女?シャルル様の奥様ですか?」

「いえ、失礼した。明日またこちらでお会いしましょう。クロウ、いいな?」

「・・・。かしこまりました。」

 そう言うとシャルルは去っていった。


「お嬢、明日、よろしいですか?」

「もう約束していたじゃない。」

「あの方は全く我儘なんだから・・・こちらの計画が台無しだ。」

 クロウはぶつぶつと何かつぶやく。

「クロウはシャルル様の事をよく知っているのね。早速こちらの国の方とお知り合いになれて嬉しいわ。」

 おかげ異国に対する不安はほとんど消え去っていた。


 翌日、また湖にやってくると、そこにはすでにお茶会の用意がされていた。

 きちんとイスとテーブルが用意され、メイドたちも控えている。

「あの・・これは?」

「アリエル嬢に会えるのが嬉しくて張り切ってしまったよ。」

 二回目だからか、昨日よりくだけた様子で接してくれる。

「ありがとうございます。このような美しい場所でシャルル様とお茶をいただけるなんて嬉しいですわ。」

 昨日と同様、シャルルは巧みな話術と話題で場を楽しませてくれた。


「アリエル嬢は神や精霊についてどう思う?」

 唐突にシャルルはそんな質問をした。

「そうですね。わが国では伝説や物語で語られておりますが・・・もし実在するのなら会ってみたいです。」

「信じている?」

「信じたいというところでしょうか。このドラゴナ神国には神がいらっしゃると噂を聞いたことがあるのですが・・・」

「さあ、どうだろう。人の言う神というものは何だろうね。自分たちに都合のいいものを神と呼んでいるだけかもしれない。」

 シャルルはアリエルを見て優しく笑った。

「人間から見たら空飛ぶ鳥だって凄い能力を持った神のような存在でしょう?だが、目の前にいて自分たちが狩ることが出来る相手を神とは呼ばない。」

「確かにそうですわ!」

 アリエルはなるほどと感動した、まさにそういうことだ。

「たまたま人にとって役に立つ力を持ったものを神と呼び、自分たちが見たこともない種族を妖精や天使、伝説の生物と呼んでいる。鳥と同じように彼らも普通に存在するんだよ。」

「え?まさか。」

「彼らも昔は世界中にいたんだ。人の為に力を貸すうちは良かった。強欲な人はどんどん彼らを利用し、能力を搾取するようになった。しだいに人という種族から距離を置くようになり、このように安心して暮らせる国ができたのだよ。」

 真面目な顔して話していたシャルルにアリエルは身を乗り出して聞き入っていた。

 シャルルは、最後にふっと笑った。


「もう、シャルル様!思わず、真実だと思ってしまいましたわ。」

 アリエルは笑った。

「もしそんな国があればどうする?怖いかい?」

「いいえ、ぜんぜん。だってただ種族が違うというだけで当たり前の存在だとシャルル様が教えてくださったから。物語に出てくる妖精や竜が本当にいるなら会ってみたいですわ。」

「そうか。アリエル嬢はいい子だね。」

 ふいにシャルルがアリエルの頭を撫でた

「え、あの・・・」

 アリエルが戸惑っているとシャルルは話を変えた。


「私はあなたにずっと会いたかった。ようやく念願がかないましたよ。」

「私の事をご存じなのですか?私はドラゴナ神国に知り合いはおりませんが・・・クロウとはお知り合いのようですね?」

「ええ。クロウとは昔からの知り合いなのです。あなたの事はクロウからよく聞いておりましたよ。」

「まあ、クロウから聞いたことがありませんでしたわ。失礼いたしました。」

 アリエルは軽くクロウを睨む。

 睨まれたクロウは軽く頭を下げつつ、シャルルをにらむ。


「だから、クロウがドラゴナ神国に行こうと誘ってくれたのですね。ここは心を癒してくれる国だと。」

「ほう、そうでしたか。」

「まだこの国の事は何も知りませんが、この湖や森の中にいるだけで心が満たされるようです。少し辛いことがあったのですけど、なんだか本当に元気になりました。もう国に帰らずここにいたいくらいですわ、あの国にはもう・・・誰も待っておりませんから。」

 父も、私を置いて出て行った母も、おそらく記憶にない友人も・・・


 それを聞くとシャルルは少し居住まいをただした。

「アリエル嬢の気持ちはよくわかった。今から話すことを、気を引き締めて聞いて欲しい。この国に関することだ。」

「はい。」

「ドラゴナ神国は他国との交流を制限している。」

「はい、存じております。不思議なベールに包まれた国といわれておりますわ。」

 アリエルは笑う。

「そうだね、各国の信を置いたものだけと外交をしている。信を置いたものと言っても、それは実はドラゴナ神国の者だ。各国に住んでいる者も多いのだよ。」

「そうなのですか。知りませんでした。」

「他国からは不可侵だとか、鎖国だとかいろいろ言われているがこの国の秘密を保つためなんだ。」

「秘密?そんなことを私などに話しては・・・」

「君はいいんだ。だって君はこの国の王家の血、私の血をひいているのだからね。」


 アリエルが飲みかけの紅茶を吹き出したのも無理はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る