第7話 亀裂 3

 クロウに抱きかかえられて部屋から出て行ったアリエルを呆然と見送ったセドリックは、二人の姿が消えるとふっと体が軽くなり動けるようになった。


「アリエル・・・」

「セドリック様・・・なんだか申し訳ありません。・・・約束している日に別の女性が婚約者の家にいたなんて気分がいいはずがないですもの。わたくしの謝罪など受け取って下さらなくて当然でした、申し訳ありません!浅はかでしたわ、アリエル様の誤解を解きたいとの気持ちが勝ってしまって押し掛けたせいで・・・」

 はっとして、申し訳なさそうにしながらも本気でアリエルを止める素振りがなかったサンドラを見る。


 もしかして・・・嵌められた?


 その思いが胸によぎった。


 アリエルの不名誉な誤解をとくため、彼女と話をさせて欲しいと、先ぶれもなく突然やって来たサンドラには驚いた。

 しかし、この一カ月の間に彼女の事情を知り、親しみを感じていたセドリックは受け入れた。

 約束していた二人の大切な日だとわかっており、ほんの少しの後ろめたさはあったが、自分がアリエルを救う手立てをお膳立てできるという高揚感と、アリエルのためだという大義をかざして堂々とサンドラを紹介した。

 しかし、アリエルの不快そうな表情に、そう簡単な話ではないと少し焦り始めた。

 サンドラを同席させたことが後ろめたくなったが、彼女の甘言に惑わされた愚かな男だと思われるのが嫌で、あたかも正当な理由があるのだと示したいがために少し強い物言いをしてしまった。


 その結果、ただアリエルを傷つけ、信用を失い拒否されてしまった。

 あれだけ、サンドラの事で傷つけられてきたアリエルが、喜ぶはずがないのに・・・自分はこの一ヶ月何を血迷い、何を勘違いしてきたのだろう。

 サンドラの儚げな美貌、しぐさは同情を引き、憐憫の情を相手に抱かせる。彼女はそれを大いに活用する策略家でしたたかな人物だ。

 そうわかっていたはずだったのに・・・いつの間にか彼女に気を許していた。


 長期休暇に入ってすぐにサンドラは近づいて来た。

 最初は警戒したが、ただ話を聞いて欲しいとやって来た。

 初めは、サンドラの話に乗ったふりをし、日頃の所業を問い詰めてやろうと思っていた。

 しかし、その話は思ってもみない話であり、思わず興味を引かれてしまったのだ。


 留学とは仮の理由で、実は母国で命を狙われているための亡命だとサンドラは言った

 高貴な方との縁談に関係する争いに巻き込まれ、この国に逃げて来ていたのだ。しかし、この国でも警戒を緩めることが出来ず、常に気を張り詰めていた。

 高位貴族なら身分、身元がはっきりし、護衛もいる。そういう立場の頼りになる者としか安心して付き合うことが出来なかったのだ。


 いつ狙われるかと恐ろしくてどこにも行けず、息が詰まるとポロリと涙を落とす彼女に、自尊心と憐憫、庇護欲を掻き立てられた令息たちは自分の身分があれば守ってやれると、サンドラをいろんなところに連れていきエスコートするようになっていったらしい。

 そうするうちに自分こそがサンドラの騎士になれると驕った彼らは次第に傲慢になり、婚約者たちを顧みなくなった。

 それはサンドラの望んだことではなく、サンドラがそのようなことをやめて欲しいと言っても聞かず取り巻きのようになってしまったという。しかし、それが自分の命を守ることにもなるために、サンドラは受け入れてしまい申し訳なく思っていると打ち明けた。


 そして・・・自分もまんまとそんな打ち明け話に驚き、哀れと思って耳を傾けてしまった。

 あまりご令嬢達と親しくしないのは、巻き込まれて傷つけるのを恐れたためで、自分も同性の友人ができない事が悲しく思うと俯いた。

 自分のせいで周囲がアリエルの事を見当違いにも責め、辛い立場に立たせてしまった。だから学院での立場を回復させたいし、許されるなら三人で友人になれたら嬉しいとサンドラは申し出てきた。

 自分自身がそんな辛い境遇にあるにもかかわらず、アリエルのために行動してくれるサンドラの言葉に心を打たれた・・・いや言い訳だ。


 始まりは確かにそうだった。

 しかし、話し合うためと称し会う機会が増え、さらに

「ほんのひと時、私にも皆様のような自由で幸せな時間を分けていただけませんか?いつこの命が儚くなるかわからないのですから。」

 そんなささやきに、哀れに思ったセドリックは、大いに庇護欲が刺激され、アリエルが戻ってくるまでの人助けだと自分に言い訳した。

 アリエルが戻ってきたら、サンドラとアリエルの間の誤解を解き友人になればいい。自分なら護衛もつけられるし、三人ともにメリットになることになるのだからと。

 それがいつの間にか束の間の思い出、若き日の愚かな武勇伝だと密かな優越感までもが心の奥底に芽生えていたのかもしれない。

 彼女が、今日はなんだか怖いと腕を組んできた時も、忌避感よりも日常でも怯えないといけないなんて可哀想だと思い、受け入れてしまっていた。 


 彼女の言い訳など冷静になれば辻綱が合わないことなど明白だった。しかし、彼女に囚われてしまった自分も、他の令息たちも気がつくことが出来なかった。

 気が付くのはないがしろにされた側だけだ。 

 クロウに抱きかかえられ、おとなしく身を任せていたアリエルの姿を思い出し、どれほど傷つけたのかと後悔に襲われた。


「セドリック様、本当に・・・わたくしのせいで申し訳ありません。」

「・・・いえ。」

「いくら私の事情をアリエル様に話せないとはいえ・・・必ずアリエル様にわかっていただきますから。それでも・・・・万が一の時は私に責任をとらせてくださいませ。」

 セドリックに上目使いで涙を落としてそういう。

 まるでアリエルとの婚約が壊れたときは、自分が婚約者になると言わんばかりの言葉だが、肝心なところははっきり言わない。

 級友たちの間に婚約解消や不仲などが頻発したのも、こうして勘違いをさせるような物言いをしているのだろう。そして公爵令嬢と縁を結べるかもしれないと思った愚かな者たちが婚約を解消したのだ。

 きっと、誤解でも令息側の暴走でもなくサンドラが意識的にそう導いている、自らの秘密を打ち明けることでより彼らの心を操りやすくして。

 


 自分も愚かな令息達と同じだ。

 しかし、真っ青になり涙を落としたアリエルを見て、浮足立った夢から現実に引き戻された。

 アリエルを傷つけた後悔で我に返り、セドリックは完全に目が覚めた。

 遅きに失したが。

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