第32話 家族
翌朝、ちょっと小雨が降っていた。今の俺の心境にはぴったりだな。
トクラ村から
ちょっと濡れながら公園のベンチに座っていて、そろそろ行こうかと思っていたら、家のほうから、プルーンが傘をさして歩いてきた。
「あ、おはよう……」俺の方から声をかける。
「何よあんた。こんなところで夜明かししたの? 濡れてるじゃない。ちゃんと着替えてから商会行きなさいよ。私は先に行くから」
「ああ……」
家の方に歩き出した俺をを、プルーンが呼び止めた。
「ゆうた。あんた、ゆうべ、あっちゃんと話したんだね。
彼女がなんで逃げているのかとか、ちゃんと話してくれた。
あんたに勧められたって……話せば私が必ず味方するって……。
そんで、あっちゃんに言われた。
あんたもこっちに飛ばされて手一杯だったんだろうから少しは考えてやれって……
でも、ちょっとまだ心の整理はついてないんだけど、今日の所は冷静にやるから
……よろしく」
「ああ、ありがとうな」
そうしてプルーンは、先に商会に向かった。
◇◇◇
「えー! プルーンちゃん? 本当にプルーンちゃんなの?
みた目は全然変わっちゃっているけど……本物?」
商会に着いたところで、フマリさんが興奮気味に私に駆け寄って来た。
「ご心配かけてすいません。軍の情報統制がきつくて、全然連絡出来なくて。
でも三日前にようやくゆうたと連絡が付いて、万難を排してというか……」
「いやー、よかったよ。例の王女の亡命に関わって何人も近衛が死んだって噂を聞いていたから、ほんともう、気が気ではなくて」
そう、何人も死んだとクローデル様から聞いている。だが誰が……までは教えてもらっていない。自分は運が良かったのだ。イルマンへ向かう途中、何度も追手に追い詰められそうになったが、ネックレスの加護と、いままで鍛えた野生の力を振り絞って、なんとかミハイル卿のところに駆け込んだ。そうしたらそこにアスカ様がいた。姫とお付きは、私の同行を注視し、後を追い、私が追手と立ち回りをしている間隙をついてミハイル様のところに入るという、裏の裏をかくような手法で、最初からイルマンに入るつもりだったのだ。
誰なのかはわからないが、他の地方に向かった影武者は、ある意味本当の捨て駒だ……。
いっときほどして、ゆうたも商会に到着した。ちゃんと着替えてきているわね。
やがて大量の馬の足音と車輪の回る音が近づいてきた。
来た!
ああ、一年四か月。長かった……。メロン、少しは大きくなったかな。
そしてあかりママ……ああ、私、あかりママにどんな顔して会えばいいんだろう……。
馬車が次々と広場に入ってきて整列しながら停車していく。
最初に……ああ、あごひげさんだ。真っ先に降りてきてみんなに挨拶している。
うしろにはシャーリンさんもいる。
でも、今日は申し訳ないけど、あごひげさん達への挨拶は後回しだ!
ゆうたも、早く行こうぜという感じで馬車の方を指さした。
◇◇◇
「あー、ゆうただー。ゆうたー、ひっさしぶりー」
向こうから大きな声がして、誰かが俺達のほうに駆け寄ってくる。
えっ? エルルゥ?
エルルゥが俺に飛びつく。
「あはー、ゆうただ、ゆうただ。この匂い、間違いない! って、あれっ、もしかしてあなたプルーン? はー、髪短くなって全然わかんなかった。今の都会の流行はそんななの?」
「え、エルルゥ。あなた、どうしてここに?」プルーンは驚いて聞いた。
「えー、ご挨拶だなー。私、言ってたじゃん。王都にファッションの勉強に行くって。だから来たんだよーん。まあ、予定よりちっと早かったけどね」
「あ、ああ、そうなんだ。それで、エルルゥ。メロンは? あかりママは?」
「ああ、それなら、あっち。馬車の近くの木陰のテーブルで休んでる。まあ、道中きつかったからねー」
「そっか。ありがと。あなたとのお話はまたゆっくりするから。私たち行くね」
そう言ってプルーンは俺と共に馬車のほうに駆け寄った。
あっ。あそこのテーブルに二人いる。
立っているのは……あー、あれメロンじゃないか?
何あいつ、すっごく身長延びてないか? それじゃ、脇に座っているのは星さん?
プルーンの歩みも速くなる。
「ん? もしかして……お姉ちゃん? あーやっぱりそうだ。
お姉ちゃん髪切ったんだ。あーゆうたもいる! おねーちゃーん! ゆうたー!」
こっちに気付いたようでメロンが駆け寄ってきた。
「ああー。メロンー。よかったー、無事着いたー。会いたかったよー」
「うん、お姉ちゃん。私も……」
プルーンとメロンが、眼に涙を浮かべて抱き合ってる。
「それでメロンちゃん。
「ああ、あそこのテーブルだよ。でもおねむだからそっと行ってね」
「ああ、わかった」
星さん、馬車に疲れて寝ちゃったんだろうか。俺はそう思いながら星さんに近づいていく。でも、あれ? 星さん、起きていてこっちに手を振っているぞ。動くのがしんどいのかな。
ちょっと心配になって駆け寄ったら、星さんが俺に小声で語りかけた。
「ゆうくん。ひさしぶり!」
「あ、星さん。大丈夫? どこか調子悪いの?」
「あっ、ゆうくん。しー。大声出したら起きちゃうから……」
えっ? そう言われて星さんの脇を見たら、大きなかごが置いてあって、中で赤ん坊が寝ていた。ああー、それで静かにという事か。
「あー、すいません。気が付きませんでした。可愛い赤ちゃんですね。
誰の子ですか?」
「うん、この子はね…………あなたと私の子供だよ!」
「えっ?」
「ゆうくんが王都に旅立つ前、二人でいっぱい愛しあったでしょ。
その時の愛の結晶だよ!」
「ええーーー?」
「はは、驚かせてゴメンね。でも伝える手段がなくて……女の子だよ!」
ああ、ちょっと待て。頭が回転しない……。
フリーズしかかっている俺の後ろで大声がした。
「何よそれ! もう、いい加減にしてよ! 気持ち悪いったらありゃしない。
もういい! もう私先に帰る。あとはあんたたちで好きにして!」
叫んだのはプルーンだった。
「えっ? お姉ちゃん、どうしちゃったの?」メロンも困惑している。
星さんもビックリしている。余りの大声に、赤ん坊も泣きだしてしまった。
「えっ? 何なに? 一体どうしたっていうのよ」
エルルゥまでこっちに走ってきた。
「お姉ちゃんに、ゆうたの赤ちゃんのこと話したら、突然怒りだしたの……あんなに怒ったお姉ちゃん、見たことないよ」
「やっぱり、黙って連れてきちゃったの、まずかったかなー。私もプルーンちゃんに、ゆうたとつがいになれとか言っちゃってたし……」星さんがすまなそうに言う。
「いやいや、プルーンはあかりさんとゆうたがつがいなの知ってたし、王都行く前につがってこいって言ったのもプルーンじゃん。その愛の結晶が出来たところで嫉妬なんて……さてはゆうた! あんた、なにかやらかしているでしょ!」
エルルゥが、正しい分析の上で俺に喰ってかかった。
「ごめん。星さん。俺と星さんが偽つがいだって事、昨日、プルーンにバレちゃったんだ」俺はそう言って、みんなに事情を説明した。
みんなで頭を抱えて下を向いていたら、あごひげさんとシャーリンさんが近づいてきた。
「いやー、皆さん。感動の再会はお済みですか。あれっ、皆さん、あんまりお元気そうではありませんね?」
「いや、ちょっと手違いがありまして……プルーンが怒って帰ってしまったんです」
「はあ……まあ、人生、たまにはそんな事もありますよ。ですが、みなさんは強い絆で結ばれた家族ですからね。大丈夫です! ゆうたさんもパパになったんだから、うなだれていないで、もっとしっかりしないと」
そう励ましてくれるあごひげさんに、シャーリンさんが続ける。
「そうだぞ、ゆうた。お前の娘は元気な奴でな、私も道中退屈しなかったぞ。一緒に剣の稽古をしたり……はは、冗談だ。ここは笑うところだぞ。ああ、そうだ。これを返しておこう。グレゴリーナイフだ。まあ今回、使う場面はなかったがな」
そう言って二人は、今日は他の人達とも挨拶があるので、また後日ゆっくり話そうと言ってその場を去っていった。
そうか。まだ全然実感はないが、俺、父親なんだ。おれがしっかりしないと家族が行き倒れてしまうんだな。
「それじゃ、家に行こうか」そう言って、赤ん坊のかごを抱えた星さんとメロンを引き連れてダウンタウンの自宅に戻ろうとした時、エルルゥが俺を呼び止めた。
「あ、ゆうた。ちょっと待った! 私もあんたん
「はいっ?」
「いやー、プルーンといろいろ取込み中みたいで、ちょっと申し訳ないんだけれどさー。私も王都での費用を節約しなくちゃならなくて……ちゃんと自分の部屋が決まるまで、居候させてよ。メロンちゃんとあかりさんには内諾もらってんだー」
「あー。ゆうくん。ごめんね。でもエルルゥちゃんには、村を出る前からここまで、すっごく助けてもらっちゃってて……」
「家が狭いのは想定済だし、別に雑魚寝でいいからさー。なんなら私があんたに添い寝してあげるしー。恩を売ったつもりはないんだけど、お願い!」
はあ。プルーンが怒る材料がここで一つ増えたくらいで、いまさら別にいいか。
みんなには、事情があって、すでに一人、家に居候がいる事を明かし、驚かないように伝えた。
家に着いたら……よかった。プルーンはちゃんと帰っている様だ。ベッドで毛布を頭からかぶって隠れてしまっていて、あっちゃんが心配そうに寄り添っていた。
「あっ、みなさん、初めまして。わたし、アスカって言います。ちょっと訳有りで、今はこちらにご厄介になっています。で、ゆうたさん。こちらの方々はすべてトクラ村の方ですよね。であれば、後であまり迷惑をおかけすることも無いと思いますので
私の事をちゃんと説明させていただいて、しばらくの間ご協力いただく方が良いと思うのですが、だめでしょうか」
姫様本人がそうしたいというのだから問題はない。
あっちゃんが第四王女だと知って、みんな喉から胃が飛び出すんではないかというくらいビックリしていた。星さんなどは、へへーっと床に平伏していた。
「それにしても確かに狭いわねー。これじゃゆうたと寝たら合体しちゃうわよね」
エルルゥがおどけてそう言ったら、あっちゃんの顔が耳まで真っ赤になった。
「でも、そっか。引っ越しとかは、姫様絡みでまずいんだっけ……。
あれ? でもさー、もしかして私がどっか借りても全然怪しくないんじゃない?」
「あっ、そうか。確かにそうだ。ド田舎から勉強するために上京したんだから、住む所は探すよな。でも、どうすればいいかはプルーンでないと……」
その時、それまでの話をずっと聞いていたメロンが突然立ち上がり、つかつかっとベッドに近寄ったかと思ったら、いきなり、プルーンが被っている毛布を引っぱがした。
「ほら、お姉ちゃん。お姉ちゃんしか出来ない仕事だよ! ちゃんとお姫様のために考えてよ!」
「やだ……私もうなんにもしない……」
そう言うプルーンの頬を、メロンが思いっきりひっぱたいた。
「まったく、なにメソメソしてんのよ。ゆうたは別にあかりママにとられたわけじゃなくて、最初からあかりママのものでしょ! それを承知で、お姉ちゃんはゆうたを好きになったんでしょ! それに、ゆうたのほんとのつがいが、あかりママの娘の方だったって言ったって、こっち来て三年以上、二人で必死に暮らしてきて、それで生まれた愛が偽物のはずないじゃない? そんなこともわかんないの?」
「でも、私……」ぐずるプルーンをメロンがギューッと抱きしめた。
「いままでだって、うまくいかない事、たくさんあったじゃない。お母さんのこと。イメンジのこと。私たちの渡航費用の事……その度に、みんなで考えて、みんなで頑張ってさ。だから大丈夫だよ、お姉ちゃん。またみんなで考えようよ。私もだいぶ背延びたし、いっしょに頑張るからさ……」
「うわーん。メロンーーーー」プルーンが思い切りメロンにしがみついて泣いた。
「あはー、メロンちゃんってこういうキャラだったっけ?」
星さんもエルルゥも、ちょっと貰い泣きしている様だ。
プルーンはひとしきり泣いたら落ち着いたようだった。
「あの……あかりママ。さっきはゴメン。気持ち悪いとか言っちゃった。でも確かに
メロンの言う通りだわ。もうあかりママとゆうたの愛を疑ったりしないよ。それと、エルルゥ、ナイスなアイデアを有難う。早速実行に移しましょう。確かこのアパートに、まだ空き部屋あったと思うからそこが一番手っ取り早いわ。家賃の心配はいらないわよ……私が姫の支援者からせしめてくるから」
「うはー、ラッキー。それじゃ、メロンちゃんも頑張ったことだし、私もちょっと頑張ろうかな」そう言ってエルルゥが立ち上がる。
「ん? あんた、一体何を頑張るつもり?」
プルーンが
「それじゃー、ゆうた。きりーつ!」
「えっ、俺?」そう言って俺は立ち上がった。
「あんたさー、なんか言う事無いの?」
「えっ? 俺から? いや、とりあえずプルーンが落ち着いてくれてよかった……」
「ええい、黙れ! 前から馬鹿で鈍感だとは思ってたけどこれ程だとは……あんた本当にデリカシーないわよね」
「なんか、さんざんな言われ様だな。俺が一体……」
「まだわかんない? 商会からここに来るまでの間、あかりさんはずっと下向いて、すまなそうに歩いていたのよ!」
「あっ!」
「ようやく気が付いたか、この唐変木。この子はあんたの子でしょ! なんで抱いてやらないの! なんであかりさんをねぎらってやらないの! なんでもっと全身で喜ばないの! メロンちゃんはあんた達の愛が偽物のはずがないって言ってたけど、これじゃ怪しいものよね!」
「ああっ!」
目からウロコというのはまさにこういう事なのだろう。いろんな問題が重なりすぎて、俺は人として一番大事な事を見落としていた様だ。
「星さん、ごめん……俺、本当に未熟者で……ありがとう。俺の子を産んでくれてありがとう……ここまで連れて来てくれてありがとう」
「ゆうくん、大丈夫だよ。いろいろ大変みたいだったしねー。でも、そう言ってくれると嬉しいな。一時、産んでいいのか結構迷ったんだよね。でも……よかった。
この子ね。今年の年明けに生まれて、本当はゆうくんに名前つけてもらおうと思ってたんだけど、名無しのゴンべちゃんもちょっと大変で、メロンちゃんと相談して名前つけちゃった。この子の名前は……
こっちの言葉でカリンというのは、俺達の世界の言葉では、集まるとか繋がるって意味だ。
「そうか。花梨……俺達の世界では、確か可愛い花が咲く木の名前なんだ。いい名前だ」
「それじゃあ、パパさん……抱っこしてあげて」
そう言って星さんが、寝ている花梨を俺に抱かせてくれた。
あはっ、ちっちゃくて軽いや。こんな乳飲み子を、あの馬車で四か月かかって連れてきてくれたんだ。メロンもエルルゥもシャーリンさんもあごひげさんも……みんなが協力してくれたに違いない。俺はなんて幸せ者なのだろう。
「ねえ、ゆうた。私にも抱かせて!」
プルーンに花梨を渡したら、起こしてしまったようで、元気よく泣き出した。
「あれー? 抱き方悪いのかな? ほれ、よしよーし」
「あ、プルちゃん。次、私にも抱かせて下さいね」
「はは、王女様に抱いてもらえるなんて……花梨ちゃんよかったねー」
そう言いながら花梨のほっぺたをつんつんしているメロンにも笑顔が戻っている。
こうして俺達家族は、王都に集結した。みんなで力をあわせていけば、これからも何とかなるに違いないと感じずにはいられない夜だった。
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