第21話 王都入城

 クレイ砂漠を抜け一山越えると、そこはもう貴族の荘園地帯で、街道も整備されており、キャラバンにとって特に危険はないそうだ。

 あとは王都目指して気楽な馬車の旅となる。


 とはいえ、来年、あかりさんとメロンは大丈夫かなとちょっと心配になる。

 俺が村まで迎えに行こうかとも思ったが、それだとまた俺の往復費用が掛かってしまう。先日の五十年物退治で、プルーンは幾許いくばくかあごひげさんからせしめたのだが、到底その費用には足りない。


 王都まであと二週間くらいというところで、キャラバンは大きな町に入った。

 この地区の領主様がいる、イルマンという町らしい。この世界に来てはじめて、こんなに大きな町を見て俺は結構驚いたが、プルーンも驚いていた。彼女もこんな大きな町を見たのは生まれて初めてらしかった。

 でも、王都はこれの比較にならないくらい大きく、発展しているらしい。

 貴族領を抜けるのに、全く顔パスとはいかないらしく、あごひげさんはシャーリンさんを従えて領主様に挨拶に行った。


 俺とプルーンは、夕食後、宿に部屋を用意してもらっていて、そこは藁床ではなくちゃんとしたダブルベッドがあり、お互いちょっと戸惑った。

 なんでダブル?


「はは、すごい豪華だね。ゆうたとは、いつも一緒に寝てるけど……。

 これは、さすがに意識しちゃうかも」

「俺は大丈夫だ! 

 藁床でも馬車でも、いっつもくっついて寝ていたが、何もなかった!」

「もー、違うよ。こんな素敵な部屋なら、何かあってもいいかなって……」

「いやいや、プルーンさん。

 トクラ村を出て早三か月以上。もう春ではなく夏ですよ。

 獣人さんの発情期は過ぎたはずでは?」

「馬鹿!」

 はは、ちょっとデリカシーがなかったが致し方なし。

 まだ俺の心の準備が出来ていない。


「ゆうた。これ何だろ?」部屋の奥の戸を開けて、プルーンが言う。

「あー、これは。シャワーだな。使ったことないのか?」

「えー、はじめて見た。何するものなの?」

「これは、えーっと。あーこれだな」

 俺はそう言ってシャワーから水を出した。さすがにお湯は出ないか。

「へー、すごい。これで行水できるんだ……ゆうた、いっしょに浴びない?」

「いやいやいや。ほらここ、こんなに狭いだろ? これは一人用だ!」

「そっか」ほっ、素直に納得してくれたようだ。

「じゃ、私が先に浴びていい?」

「ああ、もちろん。それで、これは……ああ、石鹸みたいだ。これつけて身体洗うと綺麗になるぞ。そしてほら、ここにバスローブみたいのもある。行水した後は、これを着るんだ」

「へー、これに着替えていいなら、一緒に下着とか洗っちゃおう」

 そう言ってプルーンはシャワーを使い始めた。


 俺は、ベッドに腰かけてぼーっとしていたが、シャワーの音に交じってプルーンの鼻歌が聞こえる。経験した事はないのだが、女の子とラブホテルに入った時ってこんな感じなのかなと思ってしまう。


 やがて、バスローブをまとった濡れ髪のプルーンがシャワー室から出てきた。

 そばに来ると、石鹸のいい匂いがする。くそー、ほんといい女になったよな。

「ふー、すっごくさっぱりした。ゆうたも浴びなよ。それにしても石鹸ってすごいね!」

「ああ、お気に召したようでなによりだ。じゃあ、おれも浴びるわ」

 そう言って俺もシャワーを使った。


 シャワーから出たら、プルーンの下着が部屋の中に干されていた。

「あ、ゆうたもバスローブ着たね。じゃあ、あんたの下着も洗濯するから」

 そう言って、プルーンは俺が脱いだ下着を拾っている。俺の目の前にはプルーンの下着が干されていて、まあ、村の狭い家ではいつもの事だったのだが、今はバスローブの下に何も付けていないのかと想像して、ちょっと興奮する。


 俺の分の洗濯も終り、夜も更けてきた。

「じゃ、寝よっか?」プルーンが言う。

「そうだな。明日からはまた馬車暮らしだしな」

 そして二人で、ダブルベッドに潜り込んだ。

「はは、このベッド、大きいね。くっつかなくても寝られちゃうね」

「ゆっくり寝られていいだろ?」

「うーん。でもちょっと寂しいかな。ゆうた、くっついていい?」


 俺が返事をする前に、プルーンがギュッと俺にしがみついてきて、プルーンの胸がぽよんと俺の腕に当たる。いかんいかん、まだ心の準備が……そう思って、プルーンの方に向き直ったが、彼女の眼がうるんでいて、バスローブの前もはだけていて……って、あれ? こんなシチュ、前にもなかったか? とプルーンの首を見たら……あー、やっぱりあのネックレスしてる! また指摘しようかともと思ったが、そこまでして俺と交わりたいのかと考えたら、なんだかとってもプルーンがいじらしく思えてきた。本人も了解済だし、男ならここは……そう腹を決めたとたん、部屋の戸がトントンっと叩かれた。

 なんだよ。せっかくこれからいいところなのに……そう思いながら戸口に出たら、この宿の主人だった。


 その後の話が、胸糞の悪い話だったので、かいつまんで言うと、この部屋はあごひげさんが俺達のために用意してくれていたらしいのだが、どうやら宿側が誤って、貴族専用の部屋を手配してしまったらしい。道理で豪華な訳だ。

 そして主人が言うには、獣人だけならまだ目をつぶれたが、人間となるとさすがに目はつぶれないということで、すぐに別の部屋に移ってくれと言われた。

 なるほどな。俺はもう差別の洗礼を受けた訳だ。

 着てしまったバスローブはそのままでいいという事だったので、俺とプルーンは慌てて洗濯物を取り込み、バスローブのまま違う部屋に移動した。移された部屋は、まあそこもダブルベッドではあったが、トクラ村のバルア家の納屋といい勝負だった。


「何よ! 全く失礼しちゃうわよね!」

 プルーンもいいところに水を差されて、プンプンになって怒っている。

「でもさ。ミスとはいえ、一時貴族の部屋を使えたんだし……いい経験したじゃないか」

「それはそうだけど……」

「まあ、これを大ごとにしたら、あごひげさんにも迷惑かかりそうだし、我慢しようぜ。でも、どうする。さっきの続き、ここでするか?」

「なんかもう萎えた……ネックレス付けてたのもバレてるみたいだし……」

「それじゃ、続きは王都で。なっ!」

「ゆうたの馬鹿!」

 そう言ってプルーンは、枕を思い切り俺に投げつけた。


 ◇◇◇


「おい、ゆうた。プルーン。王都が見えるぞ!」


 シャーリンさんがそう言うので、馬車の御者さん側から前方を覗いた。

 大きな台地の上部が城壁に囲まれ、その内側に大小の建物がひしめいているのが判る。そして中央にはひときわ高いお城と塔が見える。あれが王城なのだろうか。

 それにしても確かにイルマンなどと比べものにならない規模だな。

 東京都心より規模は小さそうだが……。


 プルーンは口をぽかーんと広げて見入っている。

「見えてはいても、まだ距離はある。着くまではあと一日かかるな」

 シャーリンさんが言う。

「ということは、いよいよ明日、入城ですね!」

 あー、ついに着くのか。四か月、長かったような短かったような……。

 王都に入るまでは、ずっと田畑や牧場が続いていて途切れる事がなく、これらが王都の経済を支えているのだろうと感じた。


 そして俺達は、翌朝、念願の王都入城を果たした。


 キャラバンは、王都内のあごひげさんの拠点に向かう。

 そこは、全国各地担当の徴税吏たちが集まっている一角で、あごひげさんはそこで、自分の公の仕事とは別に商会を作り、娘さんにマネジメントをやらせているのだそうだ。俺とプルーンは、商会の建物に案内され、客間に通された。


「王都バイデンにようこそ!」

 そう言いながらドワーフの女性が部屋に入ってきた。

 この人があごひげさんの娘さんかな。

 ドワーフにしては背が高く、年齢はあかりさんと同じかちょっと若いくらいか。まさにやり手のビジネスウーマンという感じだ。

 その人に続いて、あごひげさんとシャーリンさんも入ってきた。


「ゆうたさん。プルーンさん。名残惜しいですが、あなた方とは今日でお別れです。ですが、あなた方には色々助けていただきましたし、これからも友人として、出来ることはお力になりたいと思っています。それに来年はご家族の渡航もありますしね。その時はまた宜しくお願い致します。王都でなにかお困りのことが起きたら、遠慮なくこのユーレール商会にご相談下さい。これは娘のフマリです。それなりに王都内では顔が利きますので是非頼ってください」

「父は徴税の旅やらなにやらで、ほとんどこの商会にはいないんですが、私がおりますので、いつでも来て下さいね」


 あごひげさん親子の話は、まあ商人的な外交辞令も多少はあるのだろうが、そう言ってくれるのは有難い。困ったときに相談出来る人がいるだけでも大助かりだ。


「ゆうた。剣道の訓練、面白かったぞ。特に、あの相手の間合いに入ってからの接近戦での立ち回りは実戦でも役に立ちそうだ。プルーンも……あの時、ぎゅっと抱きしめてくれて、甘えさせてくれたの……友人って言ってくれて本当にうれしかったぞ。ありがとうな」

 ああ、やっぱり酔っぱらった時の事、覚えていたんだ。シャーリンさん、ちょっと涙目だ。

「あと、まあそんな機会は無いかもしれんが、私も傭兵だ。私の力が必要なら、遠慮なく仕事を依頼しろ。一回だけなら、ジン様の護衛より優先度を上げて引き受けてやる」

「はは、ありがとうございます。万一の時は、宜しくお願い致します!」

 そう言って、あごひげさん達と別れ、俺とプルーンは商会をあとにした。


 辺境からの渡航者向けに最初からついているサービスで、とりあえず一週間分の宿の予約を、ユーレール商会が手配してくれたので、やはり商会にもらった王都地図を片手に、右も左もわからない王都内をうろうろ探した。まあ、手配してくれただけで宿泊費用は自前だが、そこを拠点にして、今後の行動を急ぎ考えなくてはいけない。


「ねえねえ、ゆうた。あれは何かな?」

 見たことないものばかりで興奮しきっているプルーンを引っ張って、なんとか宿を探しだしたが、今度はちゃんと一般向けの宿のようだな。しかもベッドはちゃんとツインになってる。

 何の準備もない俺達は、仕方なくその日の夕食を宿に隣接している食堂でとった。

「いやー。おいしいんだけど、値段たっかいねー。想像以上だわ。これは、かなり節約しないと……」

 王都初日から、プルーンが不穏なことを言い出しているが、仕方ないな。

 そして、まずは軍への志願提出を最優先とし、採用されればすぐさま軍宿舎に転がり込むことでプルーンと計画を立てた。


 翌日、王都地図を片手に軍の出先機関に行き、志願申請を提出したが、里長さとおさの推薦状にも問題はなく、申請はその場で受理され、結果は二日後に聞きに来てくれとのことだった。

 それまで、二人とも王都見物に行きたいのはやまやまなのだが、まずは節約最優先。近所の店で購入した固いパンだけで、あまり外出もせず二日しのいだ。

 プルーンも、気が張っているのか、あまり俺に甘えてこなかった。


 果たして二日後。めでたく二人とも軍の採用が決定した。

 俺とプルーンで、それぞれ指示された出頭場所は違っていたが、そんなに離れてはなさそうだ。俺達は早々に滞在していた宿を引き払い、指定された場所に向かった。


 こうして、俺とプルーンの軍生活が始まった。王都生活の滑り出しとしては予定通りで、まずます順調といえよう。


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