東京都世田ヶ谷区赤堤四丁目

福島 博

第1話 あばら家

 家は借家のあばら家だった。


 部屋はかろうじて2つあった。


 トイレは汲み取りで、母は回収に来てくれるバキュームカーの人たちにあげるたばこを、いつも用意していた。


 水道なんてない。井戸水だ。蛇口をひねるとモーターが回り、井戸水を汲み上げて蛇口から出てくる。水の出る蛇口は、家の中に一つ。外にもう一つ。


 家の裏には井戸があった。さすがにつるべ井戸ではなかったけれど、手押しポンプで、さきっちょには布でできた袋が被っていた。


 手押しポンプを操作して水を汲むと、この布製の袋が膨らみ、じわっと透明の井戸水が染み出てくるのが楽しかった。母はこの水と洗濯板で洗濯をしていた。


 5年位前に親父が話をしてくれて、はじめてわかったことがある。


 この家は、畑の中の休憩所兼倉庫だったらしい。


 アメリカに負けた日本、周囲には広大な畑が広がっていた。その畑の中に世田谷ヶ谷区赤堤のポツンと一軒家のごとく、この建物はあった。


 ぼつぼつと開発が進み、周囲には家が建ち始め、この家の本来の機能は失われたのだが、取り壊すでもなく、建物を真ん中で区切って、二件の借家となった。


 今まで主に人が住んでいた部分はお隣で、我が家は物置の部分。基本的に人が住むようにはできていない場所。


 私は京王線、千歳烏山駅前の産婦人科で産まれたのだが、物心ついた時には既にここに引っ越して来ていた。


 呉服関係の仕事を辞めて、何だかの仕事をしていた父、家で得意の裁縫の仕事をしながら家計を支えた母、二つ上の姉、そして軽い精神疾患があるんだかないんだかよくわからないけれど、たぶんすれすれ大丈夫な私。この四人が住んでいた。


 


 


 


 

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