第9話 山原正彦VS柿崎愛華(その2)

その日は水曜日だったので、5時間目が終わると俺は急いで学校を出た。

樹里と公園倉庫で過ごす約束の日だからだ。


他の男子に声を掛けられるのを避けながら、俺はマンションの公園に向かった。

先に来たのは俺のようだ。

倉庫の鍵を開け、軽く中を掃除する。

別にそれほど汚れている訳ではなかったので、軽くホウキで掃いただけだが。

その途中で樹里が入って来た。


「掃除してくれてたんだ。ありがとう」


「俺がココの担当だしな。それに大して汚れてなかったよ。それより持っているのは何?」


俺は彼女が手にしていたコンビニ袋を指さした。


「お菓子と飲み物を買って来た」


樹里はそう言って右手に持った袋を掲げる。


「悪いな。半分出すよ」


「今日はいいって。この前は音也が買って来たお菓子を食べちゃったじゃん。そのお返し」


「そっか、じゃ有難くゴチになるわ。でも来週からは割り勘な」


俺と樹里はマットの上に並んで座る。

もちろん間にコンビニの袋を置いて、微妙に間隔は空けているが。


「飲み物は紅茶とスポーツドリンクがあるんだけど、どっちがいい?」


「俺はどっちでもいいよ」


「じゃあスポーツドリンクで」


樹里がそう言ってペットボトルを手渡してくれる。

俺はペットボトルの蓋を開けながら、今日の事を思い出していた。


「さっきはありがとな。助かったよ」


樹里が意外そうな顔で俺を見る。


「何のこと?」


「ホラ、山原と愛華が遠足の事で言い合っていただろ、アレ」


「ああ、あの事」


樹里は何でもないかのように紅茶のペットボトルに口をつけた。


「別に音也がお礼を言うような事じゃないでしょ。私たちのクラス全体の問題だったんだから」


「そうだけど……オマエがあそこで言い合いに加わっていたら、騒ぎはもっと大きくなっていただろ。オマエの冷静な一言で騒ぎが収まったからさ」


「普通の事を言っただけじゃん」


「だけどオマエがあそこで大人しくしてるなんて、けっこう意外だからな」


すると樹里はペットボトルを口から離し、俺を横目で睨んだ。


「私の事、どういう目で見ているの?」


「そりゃもちろん、新湾岸学園の女子で一番のファイター……」


ボスッという軽い音と共に、樹里のパンチが俺に脇腹に入った。


「痛って」


「そんな事を言うならドリンク返せ!」


「だって本当の事だろ。って今度はツネるな! わかった、わかったよ。謝る。ゴメン」


樹里は俺の脇腹から手を放すと、再び紅茶を口にした。


「今日、ケンカを売って来たのは音也の方だからね!」


「悪かった。でも樹里が言い争いを収めてくれたのは、マジで感謝している」


すると樹里は少し悲しそうな顔をした。


「あの二人には、あんな事でケンカをして欲しくないんだよ」


俺は以前から疑問に思っていた事を口にした。


「山原と愛華って、一年の時は付き合っていたんだよな? どうしてあんなに仲が悪いんだ?」


樹里はしばらく答えなかった。

きっと「言うべきか、言わないべきか」迷っていたんだと思う。


「愛華はさ、一年になってすぐに山原に告白されたんだって。だけど愛華はすぐには答えが出せなくって、テニス部の夏合宿の時にもう一度告白されて、それで付き合う事にしたらしいの」


その話は俺も山原から聞いて知っていた。

二人ともテニス部で夏合宿の時から付き合うようになったと。

樹里は先を続けた。


「でも山原は自分から告ったくせに、ちっとも愛華を大切にしなかったんだよ。愛華とのデートより、他の連中と遊びに行くのを優先してさ。それも大した用事でもないのに」


う~ん、でもそれは仕方がないような。

常に彼女とのデートを一番になんかできる訳がない。

男同士で遊ぶ時間は、彼女がいるからって外せるようなものではない。


「トドメは山原が愛華との約束をすっぽかして、他の女の子と遊びに行ったんだって。それで愛華は限界だったのよ」


俺は驚いて樹里を見た。


「えっ、俺が聞いていた話は違うぞ。愛華がすっごいワガママで、いつも振り回すって。それで春休みに親戚が来るからデートを延期したら、愛華がブチ切れて『別れる!』って言い出したって」


今度は樹里が怪訝な目で俺を見た。


「山原はそう言っていたの?」


「ああ、母親の妹と娘が来たんで、山原が子供の相手をしなければならなくなったってな。年齢までは聞いてなかったけど」


樹里が考えるような表情をする。


「それってもしかして、山原は親戚が来ていてその娘と一緒に居る所を、愛華が見て勘違いしたって事?」


「二人の話を総合すると、そういう事になるかもな」


樹里が考え込む。


「そうだとしたら、二人はお互いに誤解して別れたって事になるよね」


「誤解か……」


俺は呟いた後でこう言った。


「たとえ誤解だとしても、今から回復するのは難しいだろ。お互い相手をかなり悪く言っているからな」


「そうかもね、愛華は山原が大切にしてくれなかった事も不満に思っているし」


「それは愛華の言い分だけ聞きすぎだよ。山原は『俺が最初に告白した後も、愛華は他の男子や男の先輩と遊びに行っていた。色んな男と天秤に掛けられているみたいですごく嫌だった』って言っていたぞ」


「それは愛華は悪くないでしょ。付き合う事になる前の話なんだから。付き合ってから彼女を大事にしない方が問題だよ」


「いや、男から見て、告白した女が他の男と仲良くしているのは気分が悪いよ。『あの女、色んな男に色目使ってる』って思われても仕方がない」


「なによ、色目って! 愛華はそんな子じゃないよ! そんなの男の勝手な思い込みじゃん!」


樹里がキツイ目で俺を見てきた。

きっと俺もそれなりに険しい表情をしていたと思う。

数秒、睨み合った俺たちだが、俺から先に視線を外した。


「やめようぜ。あの二人の事で俺たちがここでいがみ合っても仕方がない」


樹里も同じように前を向いた。


「そうだね。私たちがいくらここで言い合っても、あの二人の関係が元に戻る訳じゃないもんね」


しばらく沈黙した後、樹里が思い出したようにコンビニの袋を探り始めた。


「あ、そう言えばね、コンビニで新しい限定スイーツを売っていたんだ。けっこうSNSとかでも噂になっていてさ。一緒に食べようと思って買って来たんだよ」


そう言ってカップに入ったスイーツを取り出した。


「冷えている内に食べようよ」


そう言って笑顔で俺に差し出す。

きっと彼女なりの仲直りのつもりだろう。


「サンキュー、うまそうだな」


俺も笑顔でそう返した。

少なくとも今は、樹里とのこの時間を気持ちよく過ごしたい。

俺はそう思っている。

だが、そんな樹里との関係にも冷や水を浴びせるような事件が起きたのだ。



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この続きは明日正午過ぎに公開予定です。

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