12.説明を制限しているのに
次の日の朝クラスに向かうとマクスが居た。
どうやら附属病院から退院してきたらしい。
だが本人は自分の席に座ってケロリとしているものの、彼を囲むクラスメイト達は複雑そうな表情をしている。
「おはよう、マクスじゃない。今日戻ってきたのね」
「ようウィン。退院したのは昨日の夜なんだぜ。それまで良く分からん検査ばっかりだったぜ」
「検査漬けにされたのは自業自得でしょ。それでなんであなたの周りにみんなが集まってるの?」
そう言ってマクスの周囲を見やると、カリオやレノックス様やコウやパトリックなど男子生徒ばかり集まっているようだ。
「おはようウィン。オレたちはマクスに『学院裏闘技場』で使ったワザの件で話を聞こうと思ったのだ。だがな……」
「マクスは喋る気があったみたいなんだけどね、【
レノックス様とコウが順番に説明してくれた。
「はあ?! どういうことよそれ?」
誓約の魔法は創造魔法の一種で、誓約内容を魂に刻印できると言われている。
強制に近い契約を強いることができる魔法で、どちらかといえばお役所関係で使われることが多い。
「俺様のスキルの話なんだが――」
マクスがそこまで言った直後に、彼の頬のところに光る紋様が現れた。
「ほら、『誓約紋』が出てきたから口を閉じろよマクス」
「分かったんだぜ」
カリオに窘められてマクスは肩をすくめてみせた。
何やらニヤニヤしてるのがまたムカつくなこいつ。
誓約紋というのは、誓約内容が破られる可能性があるときに出る警告の紋様だ。
身体のどこかに設定することが可能で、マクスは頬に入れたのだろう。
「……誓約を破ったときのペナルティは何よ?」
「その瞬間から半日分の記憶消去だぜ」
「それはあなたにとって妥当な誓約だったのね?」
「そうだぜ。興味があるなら学長先生に訊いてみるといいんだぜ」
「なんでマーヴィン先生が話に出てくるのよ……」
ここまでの会話では誓約紋は出てこないな。
全く、何を誓約したんだか。
あたしは思わずため息が出た。
「まあいいわ。こんど無茶するようなら、風紀委員にでも先生にでも相談しなさい」
「分かってるんだぜ」
ちっとも分かってなさそうな表情でマクスは応えた。
気にしたら負けだと思ってあたしは自分の席に向かった。
その日は体育の授業があったが、ニナは特に迷うことも無くあたし達の実習班に加わった。
他のクラスメイト達から異論も起きなかったので、このメンバーで固定しそうだ。
その日の体育は陸上競技で、みんなで走ったりしていたがニナの成績は平均的な感じだった。
体育や体術の授業では魔法などによる身体強化が禁止だけれど、ニナの体力はあたし達の年代と同程度なのかもしれない。
ただ、
その後ニナを加えたいつものメンバーでお昼を食べて、そのまま食堂でお喋りをしていると【
「ウィンちゃん、キャリルちゃん、いまちょっといいかにゃー?」
エリーからの連絡だったが、微妙に慌てているような声だ。
「大丈夫ですわ」
「お昼を食べ終わって食堂に居ます。どうしました?」
「部活棟裏の林の中で、学院非公認サークルの活動があったかもって通報があったにゃ。いまアタシも移動中にゃ!」
「分かりましたわ、直ぐ向かいます」
「どの団体かは分かってますか?」
「未確認にゃ。でも『闇鍋研究会』の可能性が高いにゃ」
「うわぁ……。とにかく分かりました。キャリルとあたしも向かいます」
そこまで話してあたし達は通信を切る。
「どうしたのじゃ?」
「ちょっと風紀委員の先輩から呼び出しがあって、学院非公認サークルが問題を起こした可能性があるの」
「わたくしとウィンも現場に行って来ますわ」
「気ぃつけやー」
「無茶しちゃダメですよ」
「大変じゃのう」
会話もそこそこにあたしとキャリルは食器を片付け、エリーから連絡のあった部活棟の裏に向かった。
身体強化を薄く掛けてダッシュすると、直ぐにあたし達は部活棟の裏に辿り着く。
「こっちにゃー」
林の中から声がするのでそちらに向かうとエリーと女子生徒が一人いた。
女子生徒は確か料理研のシカ獣人の先輩だ。
「エリー先輩、どんな状況ですの?」
キャリルが問うが、その間もあたしは周囲を観察する。
林の中は広場のようになっていて、雑草なども無く土が見えている。
そこには【
焚き火台ではまだ火が残っている。
何となくこの場所には甘い残り香のようなものが漂っている気がする。
「アタシはこの料理研の先輩から、妙な臭いがするって連絡をもらったにゃ」
シカ獣人の先輩はお昼に部活棟で用事があり、近くまで来たら妙な臭いに気づいたらしい。
料理のような薬草を煮しめているような変な臭いを感じ、以前エリーに闇鍋研の話を聞いたことを思い出して連絡したそうだ。
「あたしでも分かるくらい、甘ったるい妙な臭いが残ってますね」
「そうにゃ。アタシと先輩の見立てでは、ミルク鍋をベースに動物の内臓と何種類もの薬草を突っ込んだ感じにゃ」
「内臓の鍋という時点でマニアックに聞こえますけど、まだ食べられそうですね」
「多分下ごしらえの段階にゃ。奴らはそこからさらに妙なものをぶち込むにゃ」
「――恐らく下ごしらえが終わったら魔獣素材を煮込み始めるだろうね」
あたし達の後ろからエルヴィスが声を掛けた。
「他の先輩たちにも連絡したにゃ。エルヴィス先輩とウィンちゃんとキャリルちゃんは、ここで活動していた連中の追跡を始めて欲しいにゃー」
「分かりました」
「了解ですわ」
「直ぐに始めるよ」
エリーはこの場に残って他の委員が到着するのを待つそうだ。
あたしとキャリルとエルヴィスは、それぞれ手分けして周囲の探索を始めた。
追跡に際して、まずステータスの“役割”を『追跡者』にして現場の痕跡を観察する。
その上で微妙に残る足跡を追って、部活棟近くの石畳の道に辿り着く。
林を出た時点で妙な甘い臭いは感じられなくなっているから、煮込んでいた物は【
石畳に乗るときの足跡の向きから、対象がより人のいる方に向かったと推察する。
部活棟の玄関に辿り着くが、あくまでも勘として対象が中に入った感じがしなかった。
その勘に従ってあたしは歩を進めると、そのまま生徒が多く居るエリアに入り、最後は食堂に向かった予感がした。
ここに至るまで怪しい生徒は見つかっていない。
「あたしじゃこれ以上は追いきれないなぁ……」
獣人並みに嗅覚が良ければ制服とかに残った臭いで追えるかもしれないけど、適当なタイミングで【
そこまで考えて他の風紀委員会メンバーに合流することも脳裏によぎったが、同時に闇鍋研が集団魔力暴走を起こしたという話を思い出す。
エリーは下ごしらえと言ったけれど、その見立てが外れて学院内で魔力暴走が始まっていたら問題だ。
ただ、今のあたしなら学院の敷地内くらいなら魔力の流れは追える。
「やるだけやっとくか。空振りならエリー先輩に連絡しよう……」
あたしは近くの空いたベンチに座り、ステータスで“役割”を『風水師』に変えてから目を閉じ、チャクラを開きつつ周囲の気配を察知することに集中した。
すると学院内のある場所で、妙な魔力の集中が起こっている事に気が付く。
魔力暴走というには制御されているような気もするが、同時に『学院裏闘技場』でマクスが使った『狂戦士』の『無尽狂化』に似ている気がした。
というかマクスの気配な気がするんだよな。
場所は実習棟の教室の一つか。
「闇鍋研も気がかりだけど、行ってみるかなぁ……」
そう呟きながら気配察知を終える。
「それで、あなたはいつまで追いかけてくるのかしら、ニナ」
「……なんじゃ、ようやく声を掛けてくれたのかの」
そう言いながらあたしの視線の先に、昏い闇属性魔力で身体強化したニナの気配が出現する。
「食堂を出てからずっと観察してるような感じだったでしょ、あなた。取りあえず何か意図があって追って来たんだろうなって思ったのよ」
そしてこれからあたしがマクスのところに行くなら、ニナを連れて行くのは少し悩ましいところだ。
マクスのスキルは凶悪だし、危険が全く無いとは言えない。
「妾を気に掛けてくれるおぬしが、月輪旅団――
「何のこと? そもそもあなた達は環境魔力の扱いが、未発達だったんじゃ無かったかしら?」
「妾たちは環境魔力は微調整が苦手なだけじゃ。流れなどを見る分には問題は無いのう。大まかな流れを追う分には、むしろそれなりの範囲をフォローできるのじゃ。――それより、とぼけんでも良いわ。変人ばかりの妾の故郷にも仙人が居るでの。それを目指しておるのかと感心したところじゃ」
ニナの故郷に仙人がいるって言っても、どんな土地なんだろう。
彼女の言う変人ばかりという言葉に若干の畏怖を覚える。
「どんな変人よ……というか、別に目指して無いわ」
「よいよい、みな初めはそう言うのぢゃ。そういう事にしておいてやろう」
何やら勝手にニナは納得してしまったが、気になることを言っていた気がする。
初めはそう言うってどういう意味だ。
それはともかく、このあとどうするか少し考える。
マクスの『狂戦士』のスキル『無尽狂化』は危険なものだ。
けれど【
ニナに関しては相応に腕が立つような予感はあるし、危険なようなら彼女が逃げる隙はあたしが作ればいいか。
そう思いついてから、あたしはニナに告げる。
「ちょっと気になる魔力の流れを見つけたから調べに行くけど、あなたはどうする?」
「それは勿論行くのじゃ。面白そうじゃし」
そう応えたニナは悪そうな顔をしてニヤリと笑った。
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