04.ボタンを押せば幸せになる
リー先生と一緒に現れたマーゴット先生とクルトだが、特に気負っているような様子は無い。
「皆さん揃っていますね。それでは風紀委員会の週次の打合せを始めましょうか」
『はい』
「まず最初に、魔法科高等部で魔法工学を教えているマーゴット先生と、魔法科高等部生徒のクルト・リヒターさんも今日の打合せに参加します」
リー先生が二人の名前を挙げると、それぞれ軽く頭を下げた。
「彼らは魔道具研究会の顧問と部員です。あとでお話する内容に関わるので来てもらいました。まず自己紹介して頂きましょう」
「ではわたしから。高等部で魔法工学を教えているマーゴットだ。初等部の生徒では初めて会う生徒も居るが、リー先生の言った通り魔道具研の顧問をしている。専門は魔道具の回路設計だから、魔道具に興味がある子は気軽に話しかけて欲しい。よろしく」
『よろしくおねがいします(ですの)(にゃ)』
「こんにちは、私はクルト・リヒターだ。魔法科高等部二年で魔道具研究会に所属している。先日そこのウィンさんと戦って負けたので、それなりに顔は覚えてもらったと思う。私はオルトラント公国からの留学生だが、個人的な研究テーマがある。それは『幸せ』に関する研究だ。よろしくお願いする」
特に気負うでもなく淡々とというか、どちらかと言えば空気を読むこともなくマイペースな感じでクルトは告げた。
あたしとの勝負の言及については、口調や表情から判断する限りでは何の気負いも持って無さそうだった。
『よろしくおねがいします(ですの)(にゃ)』
みんなも彼に挨拶を返したが、特に含むところも無さそうに見えた。
「さて、それではまず今週目についたことなどを順番にお願いします」
リー先生がそう告げて、風紀委員長のカールから学年順に情報共有が始まった。
カールとニッキーは特に異常なしとのことだったが、エルヴィスが運動部に所属する生徒の話をした。
どうやら来月にあるという、学院非公認のイベントの『学院裏闘技場』を話題にする生徒が出始めたとのことだった。
「今のところ『事前に風紀委員を闇討ちをしておこう』といった噂は聞かないけど、みんな念のため気を付けておいてね」
特に危機感を煽る様子でもなしに、参考情報的なニュアンスでエルヴィスがそう告げた。
『はーい(ですの)(にゃ)』
その後ジェイクやアイリスやエリーも異常なしと報告して、次にあたしが口を開く。
「はい、まずあたしのクラスメイトに複数の男子が言い寄ってきた件で、生徒会が取り仕切った模擬戦がありました。ご存じの通り、あたしが参加して本日来ているクルト先輩と対戦し勝利しました」
そこまで言ってあたしが視線をクルトに向けると、彼は何の感慨も表情に浮かべないまま一人で拍手をした。
「手を抜いたつもりもないが、私に勝利したのは見事だったと思う。お陰で今後の戦闘に関する課題が洗い出せた。純粋に、貴重な経験だった」
そこまで話して、クルトはひとつ頷いた。
「……ええと、参考までにクルト先輩がみつけた課題とは何ですか?」
「風紀委員会の打合せを邪魔したくないので簡潔に。一つは感知で、物理攻撃の魔法による検出方法を精査したいということ。あともう一つは、より少ない魔力でいかに最良の結果を得るかということ――これくらいか。さあウィンさん、本題に戻りたまえ」
なんだろう、クルトみたいな人は今まであたしの身近に居なかった気がする。
恐らく仕切り魔という訳でもない。
ただただ、マイペースな印象がするだけだ。
「はい。ご意見ありがとうございました。他は特に異常は無かったと思います」
「最後はわたくしですが、ウィンと同様です。特に異常はございませんでしたわ」
「はい、みなさんありがとうございました。学院側から皆さんへの連絡事項は、マーゴット先生の件以外は特にありません。――そういうことでマーゴット先生、お話をお願いします」
リー先生はそう告げて、マーゴット先生に視線を向けた。
「承知した。実は先日、こちらのクルトくんが製作した特殊な魔道具が所在不明になった。魔道具研の部室を徹底的に探したし、わたしの机や収納、クルトくんの行動範囲などもすべて探してもらったが見つからなかった」
「それを僕たち風紀委員に探して欲しいというお話ですか?」
カールがマーゴット先生に問う。
「探してくれたらありがたいが、手掛かりもなく探すのも骨だろう。加えて、その魔道具の効果は厄介ではあるが、よほど悪用しなければそこまで危険度は高くないんだ。クルトくん、説明をたのむ」
「分かりました先生。私が開発した魔道具は、対象を笑わせる魔道具だ。所在不明になる前の状態では、対象となった個人または対象範囲に使用すると、そこに居た人間がしばらく『笑いが止まらなくなる』という効果がある」
クルトの説明で、委員会室には沈黙が訪れた。
みんなどこからツッコもうかと考えている表情だった気がする。
「あの、質問していいですか?」
打合せが停滞するのも問題なので、あたしはクルトに質問をしてみることにした。
「もちろんだ。何だろう?」
「幾つか訊きたいのですか、実務的な面から訊きたいです。まず、動力源は何ですか? あと使われた相手の行動を阻害するほど笑わせますか? もう一点、笑い以外の効果を与える可能性はありますか?」
「妥当な質問だ。動力源は使用者自身の魔力だ。魔力消費量も抑えられているので、幼い子供が使っても危険が無い」
魔力切れで体調に影響が出たりしないというのを意識したのだろうけれど、それは連続使用も可能ということではある。
みんなも微妙そうな表情を浮かべる。
「笑わせる強度は魔道具に付属するダイヤルで調節できる。いちばん強くすればその場に笑い転げて動けなくなるだろう」
これは普通に厄介なスペックだと思う。
相手を無力化できるのは大きい。
もっとも、悪用しようとしても相手を大笑いさせている時点で周囲の目は集まるから、何らかの対応は出来るのかも知れない。
「笑い以外の効果は回路を書き換えない限り発生しないし、書き換えようとすると回路が壊れるように製造してある――他にも質問は無いだろうか?」
改造禁止という細工がされているのは安心材料かも知れない。
クルトの言葉を受けて先生たちも含め、その場のみんなで魔道具について質問をした。
その内容を整理すると以下の通りになった。
・名称は『笑い杖』
・所在不明になったのは三個で、ボタンとダイヤルが付いた二十サンチ(地球換算のセンチ)ほどの金属棒
・人間以外に効果があるかは未検証で不明だが、闇属性魔法の【
・盾の魔法で効果を多少はガードすることは可能だが、
・効果範囲の指定は、発動させるボタンを押すときイメージすることで決まる。
・最大射程は数十ミータほどで、最大効果範囲は半径数ミータの球状。
・連続使用可能
一通り質問が出尽くしたところで、エルヴィスが苦笑いを浮かべつつクルトに訊いた。
「ちなみに、何でその『笑い杖』を開発することにしたんだい?」
「いい質問だ。人は他人が笑っているのを見るだけでも不思議と“つられ笑い”を起こしてしまう。笑っているのを見るだけで、人は笑いやすくなるのだ。これは理解できるかね?」
「日常生活の中なら、そういうことはあるかも知れないね」
「その通り。そして私の個人的な研究テーマが『幸せ』なのだが、笑いは必要条件と考えている。だからまず『笑い杖』で、意図しなくてもその場に笑いを起こせばつられ笑いが起こり、そこからさらに笑いが広がると仮定したのだ」
なにやらしち面倒くさい説明をしているものの、クルトの動機から想像すれば話は早そうだ。
「要するにクルト先輩は、『人を幸せにする“機能を持つ”魔道具』を造ろうとしているんですね?」
彼の場合『人を幸せにする魔道具』では無いのがポイントだ。
たとえば寒い季節に室内を温める魔道具があれば人は幸せを感じるだろう。
でもクルトは途中をすっ飛ばして、とにかくボタンを押せば幸せになるような魔道具を造りたいんだろう。
「ひとことで言えばそういうことだよ、ウィンさん」
クルトの答を聞いて、風紀委員のみんなはすごく面倒くさい人を見つけたという顔をしていた。
「はい、それではおおよそ情報は集約できたと思います。風紀委員会としての対応は魔道具の情報集めと、魔道が使われたとき現場を押さえることでしょう」
リー先生がそう言ってまとめるが、みんな特に異論もなく頷いた。
「わたしとクルトくんも引き続き、魔道具研を中心に再度確認漏れが無いかを調べておきたいと思う」
マーゴット先生が告げると、クルトが黙って頷いた。
そのあと、マーゴット先生とクルトが委員会室から退出し、あたし達だけでもう少し話をした。
カールがまず口を開く。
「それでリー先生、『笑い杖』の捜索についてですが、他の生徒への情報共有はどうしますか?」
「それについては、当面は秘密にします。理由としては幾つかありますが、主としては三つ。一つ目は魔道具研や開発者であるクルトさんの保護」
確かに今回のことでクルトや魔道具研が非難されるようなことは、場合によっては起こりうるかも知れない。
それは学院としては望まないということだろう。
「二つ目は学院内で生徒間の争奪戦のようなものを防ぐため」
リー先生の言葉からあたしは反射的に、先日の模擬戦の際に観覧席で騒いでいた野次馬の生徒たちを思い出した。
学院内で妙な騒ぎが起きたら面倒ではある。
「三つめは似たような魔道具を開発しようとする者を防止するため」
『笑い杖』の話が広まるほど、似たようなものを開発しようとする生徒が増えるかも知れない。
模倣者の防止も妥当だろう。
「それでもどうするにゃ? 捜索をするのにも手が足らないにゃー。持ち物検査も情報を隠すからムリにゃー」
エリーがそう言って腕組みした。
「その点ですが、基本的に風紀委員は落とし物として届けられるのを待つことにします。また、集団で笑い転げる件が発生した場合、その場を収めながら使用者を探すことにします」
「確かにその場その場で対処するしかないわね、今回の場合は」
そう言いながらニッキーがため息をついた。
「クルト先輩はたぶん、悪用される可能性とかは欠片も想像してないだろうなぁ……」
アイリスはそう言って肩をすくめる。
「それどころか、もし学院内で使用されても『また一歩完成に近づいた』とか表情を変えずに言いそうですね」
少々呆れた色を混ぜつつあたしがそう告げると、リー先生を含めてその場のみんなは苦笑いを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます