12.だから一度話をしよう


 王都からディンラント王国北部に伸びる街道を、アレッサンドロとアンナは並んで歩いていた。


 王都を出てから三日目だが、魔法で身体強化をしているため移動速度はかなり早い。


 いままで秋の色に染まる草原の街道を歩いていたが、徐々に街道沿いには樹々が多くなり始めていた。


「大人しく乗合い馬車に乗ったほうが良かったんじゃないかい?」


「ボスと二人きりで旅をするのも悪くないと思うんです」


 アレッサンドロの問いにアンナが応える。


「二人きりねぇ……。まぁ確かに悪くは無いけど、気付いてるかいアンナ? 三人かな、気配を殺してこの先の林で待ち伏せている連中が居る」


「……言われるまで気が付かなかったです。ります?」


「賊の類いならそれで良かったんだけど、多分この気配の殺し方は隠密とかの類いだと思う。伝言をしたいからぼくが相手をするよ」


「分かりました」


 そのまま二人は待ち伏せのある地点まで歩いて行くと、その少し手前で足を止めた。


 そしてアレッサンドロが口を開く。


「やあ、暗殺か誘拐かい? ぼくはどちらも願い下げなんだけれど」


 アレッサンドロの言葉でも、待ち伏せる気配が動くことは無かった。


 彼はひとつ嘆息して、無詠唱で【麻痺パラライズ】を気配を消していた者たちに発動した。


 範囲魔法では無かったが、無詠唱で待ち伏せの三人へと連発したことで、ほぼ同時に効果が出る。


 魔法が上手く掛かったのか相手の気配が揺らぎ、徐々に大きくなってくる。


 だがアレッサンドロはその場を動かず、無詠唱で【吸魔アブソーブ】を発動した。


 この魔法は水属性の上級魔法で、対象の魔力を吸い上げる魔法だ。


 発動に必要な魔力は少ないが、制御を誤ると相手に抵抗レジストされて全く効果が無い。


 だが、アレッサンドロは自身の魔法の効果があったことを認識した。


 そして次に【吸生スクイーズ】を無詠唱で発動した。


 風属性の上級魔法だが、生物の生命力を搾り取る魔法だ。


 これも相手に抵抗されやすい魔法だが、アレッサンドロは成功させていた。


 彼が魔法の成功を認識した瞬間、林の中で人間が倒れるような物音が聴こえた。


「やれやれ、手間がかかるよ」


 そう呟きつつアレッサンドロは林の中に入り込み、待ち伏せをしていた三人を引きずり出した。


 全員男で旅装をしており、どこにでも居そうな顔をしている。


 アレッサンドロは【収納ストレージ】から縄を取り出し、三人を縛り上げて街道の脇に転がした。


「この辺には魔獣も居ないし、野の獣もせいぜいウサギとか野鳥くらいだから、君たちは野ざらしにしておくよ。君たちが賊なら誰かに拾われて衛兵に突き出されるだろうけど、たぶん君たちは衛兵のお仲間だよね?」


 そこまで話すが、縛った三人は静かにアレッサンドロに視線を送るのみで何の返答もない。


 それを気にするでもなく、アレッサンドロは言葉を続ける。


「だから、君たちのトップに伝言を頼みたい。こう伝えて欲しいんだ。


 『ぼくは前世の記憶がある。


  ぼくは精霊と竜と王家の秘密を知っている。


  ぼくは王家だけが責を負う時代では無くなってきていると思う。


  だから一度話をしよう』


 ……いいかい? 確かに頼んだよ?」


 そう告げてアレッサンドロは苦笑いを浮かべ、彼らから離れてアンナと街道を歩き出した。




 狩猟部の部室から寮に戻ったあたしたちは、ディナ先生が言っていたことを確かめるために屋上に向かった。


 鍵を開けて屋上の扉を開き、夕陽の中を手摺りにつるされているという木の的を探す。


 だが探すまでもなく、扉から少し離れた手摺りに矢の刺さった木の的が目に入った。


「あれなんちゃう? 見てみよう!」


「そうですわね」


 サラとキャリルが的に駆け寄るので、あたしはゆっくりと後を追う。


「ちょっ! これ確かにウチが名前を書いた矢やで?!」


「……魔力の補助があるとはいえ、こんなことができるとは凄まじいですわね」


 あたしが二人に近づいたときには、手摺りから木の的が外されていた。


「見てみウィンちゃん!」


 興奮した口調でサラが、あたしに二本の矢が刺さった木の的を渡してきた。


 矢を確認すれば確かにそのうちの一本にサラの筆跡で名前が書いてある。


「凄いわね。二本ともほぼ的の中央辺りじゃない……」


「ウチこれ見たらやる気出てきたわ! ちょっと狩猟部で弓術習ってみるわ!」


「頑張ってくださいねサラ。武術の鍛錬は習い始めのころがモチベーションを保つのに一番大変ですから」


「同感ね。ある程度上達すると、練習するのが楽しくなってくるわよ」


「そういうものなんかね?」


「そういうものですわ」


「始めのうちは部活で道具を借りられるって話だったし、服装も体操服でいいって言ってたけど、自分用の道具や装備が必要になったら相談してね」


 あたしはそう言いながら矢が刺さった木の的をサラに渡した。


「ん? ウィンちゃん弓も持っとるん?」


「あたしは自分の弓は持ってるけど、知り合いに武器商が居るの。あたしが紹介すると友だち価格で安くなるわよ」


 その武器商とはデイブの事だ。


 下手な店で買うよりも安心なので、そう伝えた。


「ホンマに?! そん時は相談するわ!! おおきに!!」


 そう言ってサラは表情にやる気をみなぎらせていた。


 その後あたしは二人と別れ、自室に戻った。


 部屋着に着替えたところで【風のやまびこウィンドエコー】による連絡が入る。


 連絡してきたのはイエナ姉さんだった。


「ウィン、ちょっとだけいいかしら?」


「どうしたの姉さん?」


「明日は闇曜日で収穫祭が終わるじゃない? ゴッドフリーお爺ちゃんが明日の午前に王都を発つらしいの」


「ああそっか。もう収穫祭も終わるもんね。あさってから授業か……」


「そうよ。だからみんなで見送りしようってジェストンとアルラに話をしてたの」


「分かったわ。当然あたしも行くわよ。いつどこに行けばいいの?」


「明日の午前十時に王都南広場で集合することになってるから、アルラと一緒に来てちょうだい」


「分かったわ。用件はそれだけ?」


「そうよ」


「ありがとう姉さん、それじゃあ明日ね」


「はーい」


 夕食のときにアルラ姉さんに確認してみたがイエナ姉さんから話は通っていて、南広場までは二人で行くことになった。




 夜も更け寮生の多くが寝静まった頃、一人の少年が学院の図書館に忍び込んだ。


 少年は制服姿で身長は低めなものの、年齢にしては筋肉質な体つきをしている。


 今日の夕方にこっそりカギを開けておいた窓から忍び込んだ後、少年は足音を立てないように館内を歩き図書館職員用の扉の前で足を止める。


 周囲の様子を確認してからポケットからカギを取り出すと、職員用扉を開錠し中に入った。


 そこは図書館の書庫につながる石壁の通路になっていたが、歴史ある校舎の中でも特に古さを感じる通路だった。


 いつの時代に作られたものか、通路の壁にはところどころ浮彫りレリーフが施されている。


 照明の魔道具で浮彫りのデザインを一つ一つ確認しながら歩いていた少年は、ある場所で足を止める。


 その場所の壁には、大分擦り切れているが剣と杖が盾の上で交差するデザインが彫られていた。


 退色しているものの剣には黄色い彩色が残っており、杖には緑色の彩色が残っている。


 それを確認すると、少年はまず剣の浮彫りに触れて風属性魔力を込めると剣の浮彫りが黄色く輝く。


 次に杖の浮彫りに触れて地属性魔力を込めると、杖の浮彫りは緑色に輝いた。


 その状態で少年が盾の浮彫りを押すと、浮彫り全体が壁に吸い込まれる。


 歯車だろうか、壁の中で機械的な物の作動音が聞こえた後に、大人二人が並んで入れるほどの幅で壁が奥に引っ込んで通路ができた。


 少年は迷うことなく通路を進むと直ぐに引っ込んだ壁に突き当たり、そこの右手に下向きの螺旋階段が用意されていた。


 少年が螺旋階段を降り始めると、背後で入り口が動いて元の状態に戻って行く。


 それに動じるでもなく少年が階段を下まで降りると、そこには四柱の神々の石像が祀られた礼拝堂があった。


「ここまで来れば取りあえず、一般職員とか先生たちからの邪魔は入らねぇな」


 そう呟いて少年は怪しく笑う。


 そして四柱の神々の石像――地神、水神、火神、風神の像を見やる。


「しっかしまぁ、恐ろしいほど伝承通りだぜ。職員扉の合鍵を用意するのが一番手間が掛かったってのが笑えて来るぜ」


 そう呟く口調ほどには少年の表情は和らいでいない。


「ちゃっちゃと先に進むぜ……」


 少年は神像の奥にある灯明皿替わりの窪みに、【収納ストレージ】から出した油と灯芯とうしんを準備してから魔道具を使って火を灯す。


 次に水神の前に移動して胸の前で指を組み、瞑目して唱えた。


「いと高き座にある水神よ。我、御身の深き慈愛に感謝せり!」


 すると背後の下りてきた螺旋階段の石門の隣の壁が開き、その先に下りの螺旋階段が現れた。


「ったく、特定の神への祈りの魔力に反応するとか書いてあったけど、どんな変態的な機構が組んであるんだぜ?」


 そんなことを呟きながら、少年は新しく出現した螺旋階段を下り、広い空間に出る。


「んで、ここが学院の第八禁書庫なわけだぜ……」


 そこには教室を三つ繋げたほどの大きさの書庫があり、ずらッと並んだ本棚にはぎっしりと書籍が詰まっていた。


 少年が入ってきた石門を振り返ると、門の上部に『八』という数字が記されていた。


「ったく、どんだけ禁書を保管してるんだぜ?」


 彼はため息をついてから、本棚に記された番号を頼りに移動した。


 やがて少年は、ある本棚の前で足を止めて背表紙を見回す。


 その内の一つで視線の移動を止めると少年は一冊の本を手に取り、地属性の魔力を一瞬本に帯びさせてからその場で開いて内容を確認していく。


「クククククク……読めるぜぇ……」


 彼の顔には半ば狂ったような笑顔が浮かび、口からは哄笑が漏れ始める。


「ヒャーッハハハハハ!! 見つけたぜ! 『失われた十七巻』だぜ! オヤジィ! ジジイども! 俺様の父祖よ! 家伝を守り抜いていま俺様の手に託されたんだぜ!!」


 少年の狂熱を帯びた笑い声は第八禁書庫に響いていたが、この場、、、には彼の声を聞いた者は居なかった。

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