09.繋がりの証になるでしょう


 ひとまずあたしは四天王――じゃなかった、モフだまスリートップの一角であるうちのお爺ちゃんの無力化に目途をつけた。


 だがそこで事態が動いた。


「お嬢ちゃんはゴードの爺さんの孫かい? ってことはあんたがウィンだね。噂は聞いてるよ。わたしはロレーナだ。そこのマリアーノと、この店をやってる。よろしくね」


「こんにちはウィン・ヒースアイルです。お爺ちゃんがお世話になってます」


「ところで、モフ魂をお開きにするような話に持って行こうとしてるみたいだけど、まだまだ収穫祭は続くんだ。そうカンタンにはお開きにできないね」


 そう言ってロレーナは笑う。


「でも、この店に集まった花街のお姉さんが仕事をしなくなって困ってるって聞いてますよ。収穫祭なのに、その店の人たちは大変なんじゃないですか?」


 あたしはまず、軽く探りを入れる。


「確かに、わたしは経理をやってるから他所の店の売上げに関わる話は理解できるさ。でもね、ここに集まって駄弁ってる連中は、収穫祭を動物好きの仲間と過ごすことで心を癒してるんだ。心が壊れたら、仕事どころじゃないだろう?」


 ロレーナは得意げにそう語った。


 言っていることは理解できないわけでは無い。


 それでも、あたしは教皇様を巻き込めば話をうまく転がせると考えている。


 だから、まずは挑発する。


「心が壊れるですか? はぁ……ここに集まってる動物好きの皆さんの想いって、その程度なんですね。ちょっとあたしがっかりしました」


「そりゃ、どういう意味だい?」


 ロレーナの表情から笑顔が消える。


 少しは挑発に乗ってくれたのだろうか。


「そのままの意味ですよ。本当に動物とかモフモフが好きでそのために頑張れるって言うなら、それを確かめる機会だと思えないんですか? ――その辺りの似たようなことは、より専門的な視点でそちらの方がご存じと思います」


 そう言ってあたしは教皇様を見る。


「ん? 吾輩の話?」


「ええ。初めまして教皇様、直接話しかける無礼をお許しください。あたしはウィン・ヒースアイルと申します。ゴッドフリー・コナーの孫です」


 あたしがそう告げると教皇様は悪戯っぽい表情を浮かべ、口を開く。


「いまは仕事をしておるわけでも無し、ここでは只のデリックと呼んでくれんか。口調も普通で良いよお嬢ちゃん。吾輩は少しばかり教会の教えに詳しいジジイに過ぎん」


「……わかりましたデリック様」


 たしか教皇様の名はフレデリック・グリフィン・フェルトンだった筈だ。


 安全のためにも、身を隠す意味で『デリック』と呼ぶのは妥当かも知れない。


「それで何やらロレーナと言い合って居ったの。『確かめる機会』だったかの」


「はい。デリック様にわざわざ言うのはお恥ずかしいのですが、故郷の教会で神官様から聞いたことがあるんです」


「何をじゃね?」


「生きていて大変なことがあるのは、大切なものの価値を確かめるためだと。ただ一瞬感じる真なる幸せのために、毎日の大変さを前にして頑張れるのだと」


「……東方典礼派辺りが言いそうなことじゃの。確かに、本当に大切なものはその時間的長さによるものでは無い。吾輩にとっては生き方でもある『神々への態度』じゃし、吾輩を含めてこの店に居る者は『モフモフに寄り添う』ということじゃろう」


「長さに依らない、か……。でも……」


 ロレーナがそう呟く。


 彼女は理屈では折れそうだ。


 あとは気持ちで納得できる答えをあたしが示せるかだろう。


「あたしはモフ魂を区切りをつけて欲しいことと、際限なくこのお店に集まり続けることを止めて欲しいだけです。集まることを止めろと言っているわけでは無いんです」


「分かっちゃいるんだよ。それでも毎日の花街での仕事で、心を病む子たちの憩いの場としてやってるんだ。そう簡単には……」


「だったらモフ魂とは別のイベント……『交流会』とかを、時間を区切ってやればいいじゃないですか。繋がりの証が皆さんの心に欲しいなら、記念品を配ってもいいですし。ハンカチとかにモフモフの画を印刷したものを渡せば、また一年頑張れるんじゃ――」


「今なんて言ったんだいっっ!!」


 なにかの武術をやっているのだろうか、瞬きの間にあたしはロレーナに両肩を掴まれ息がかかるほどに顔を近づけられた。


「いま、ですか? ええと、『モフ魂は区切りをつける』。これはモフモフだましい“選手権”なんだから競うことだけを行ってください。あと『交流会を時間を区切って行う』。いつまでもダラダラやるといろんな人に迷惑がかかるし、モフモフのありがたみが薄れるんじゃないんですか?」


「ありがたみ云々は分かったってば! その後の奴だよ?!」


 なんかロレーナの目が血走り始めた。


 あたしは彼女に捕食されないことを祈った。


「その後……。『記念品を配る』ですか。これは皆さんの繋がりの証になるでしょう。あとは……『ハンカチとかにモフモフの画を印刷』とかですか。魔法で出来ないかなっておもったんですけど? 画のキャンバスとか元は布ですよね?」


『それだ!!!』


 ロレーナだけでなく周囲からも同意の声が上がる。


 気が付けば店内の客の多くが、あたしとロレーナのやり取りを注視していた。


 さりげなくあたしの両肩がミシミシ言い始めたので、あたしは内在魔力を循環させて身体強化を行った。


 やがてロレーナはあたしから手を放し、ゴッドフリーお爺ちゃんに視線を向けた。


「ゴードの爺さん、やっぱり血かね? あんたの孫は最高だよ! 記念品とはいいアイディアだ!!」


「ウィンは自慢の孫じゃ……でも手紙がのう……」


 お爺ちゃんのことで手紙を書くのはあたしの中では確定している。


 いくらお爺ちゃんがショボーンとしていても、締めるところは締めなきゃ。


「……そういうことなら印刷屋に無地のハンカチを持って行くとして、デザインや絵柄はどうするんだ?」


 店のイベントの話だからか、マリアーノが真顔でロレーナに尋ねた。


「モフ魂ってもうやったんですよね? そのトップの人が決めることにすれば丸く収まるんじゃないですか?」


『それだ!!』


 あたしが横から告げるとまた周囲が同意した。


「そうじゃのう、あとはイベントの名前でも上から書いておけばええじゃろう。『モフモフ交流会』じゃから……『モフ交』か『モフ会』じゃろうが、語呂でいえば『モフ会』かのう」


『異議なし!』


 教皇様が交流会の名前を決めると、その場の全員が即座に了承した。


「あー……ちょっといいか? その『モフ会』? のことなんだが。時間と人数を決めてて遣って欲しいんだが。じゃねえと同じことの繰り返しになって、そのうちマリアーノの胃に穴が開くからな」


 一連のやり取りを静観していたデイブが口を開く。


「デイブ、すまねぇ……」


 マリアーノが涙を滲ませてデイブに感謝を告げた。


「まぁまぁ……。それでだ、人数に関しては店の処理能力の問題があるからマリアーノとロレーナで決めてくれ。あとは時間だが、……二時間くらいで客を全員入れ替えるようにして店側の休憩時間を都度取ればいいだろう。入場管理には整理券を配るようにしちまえ。台帳で管理して整理券を発行するときに記名させて転売禁止させとけよ」


「デイブ、あんた冴えてるね」


「はぁ……お前らがモフモフでボケてるだけだ。……そもそもだが、交流の場っていうなら年一回と言わずに月に一日くらい、いま言った手順でやりゃあいいんだ」


『天才か?!』


 周囲の尊敬の声やら視線を受けて、デイブはウンザリした表情を浮かべた。


「お前らがもうちょっと考えればいいだけなんだよ……。毎度花街の各所から、脅しだか泣き付きだか分からん声が、こっちにまで飛んで来る身になってくれ……ホントに。爺様が来ても来なくても、何だかんだで結っっ局巻き込まれてる気がするんだよなおれ……」


 そう言って重い溜息をつくデイブをあたしは隣で見ていた。




 急きょ明日からの開催が決まった『モフ会』の準備のために『モフ魂』はお開きになった。


 何でも午前九時から二時間ごとに店側の休憩を入れながら、入れ替え制で夜まで行うそうだ。


 客が帰るタイミングになってデイブがジャニスを捕まえて、左右のほっぺたをつねっていたのが目に留まった。


 それを横目にあたしは、お爺ちゃんと教皇様と共に『肉球は全ての答』の店内から出た。


「それでお爺ちゃん、この後どうするの?」


「ん? そうじゃの、デリック様の家に今晩は泊めてもらおうかと思っとったんじゃが」


「構わんよ。丁度メンテナンスに出そうと思っておった楽器が幾つかあった筈じゃし、ついでにざっと見てくれると嬉しいのう」


 そんな話になったので、あたしはお爺ちゃん達を王都内の教皇様の私邸まで送ることにした。


 ゴッドフリーお爺ちゃんはあたしの同行の必要はないと言ってくれたのだけど、教皇様がお昼をご馳走するからと言って逆に誘われてしまったのだ。


 収穫祭の人混みで混む花街の道を歩いて行くと、目の前の高級そうな店から、知った顔二人が女性に手を繋がれて出て来るのが見えた。


 それはコウとエルヴィスで、ジナ母さんと同じくらいの年代に見える女性をはさんでいる。


 やがて、声が届く距離にまで近づいてからあたしは口を開いた。


「コウにエルヴィス先輩、花街で何をやってるの? ……ここは何の店?」


「ん? ――お嬢ちゃん、ここは『茉莉花の羽衣まつりかのはごろも』っていう娼館だよ」


 そう告げて、二人と手を繋いでいるモデル体型の女性が艶やかに笑った。




 そうか、コウとエルヴィスは娼館から出てきたのか。


 セクシーなお姉さんと仲良く手を繋いで三人で。


「……ここで会うとは思わなかったよウィン。この女性はエルヴィス先輩の親戚の方で、武術の師匠なんだ」


 苦笑いを浮かべながらコウが口を開く。


「そうそう、この人はマルゴー叔母さんでぐぼふあ」


「マルゴー姉さんだ!」


「……っく、マルゴー姉さんはボクの父さんの末の妹で、この娼館の経営者なんだ」


 なにやらマルゴーに膝蹴りを入れられて、エルヴィスがその場にうずくまりつつ説明を続けた。


 ほう、そういうことか。


「ならコウとエルヴィス先輩は、マルゴーさんの伝手を使って、真っ昼間から、娼館で遊んでたってことでいいのね? ――ねぇ?」


 なぜかあたしの声が低くなってしまっていたが、心理状態的にはテンションが下がってきたからその結果なんだろう、たぶん。


「いやっ?! なんでそうなるんだい?! ボクはこの店で遊べるようなお金持ちじゃないよ?!」


 そう告げるコウは脂汗を浮かべ始めている。


「そうだよ、冷静になってくれないかウィン。女の子と仲良くしたいなら、ボクとコウは学院内でもっと頑張るさ」


「……………………」


「「ウィン?」」


「分かりましたよ。……ちなみにコウ、お金があったらこの店に遊びに来るの?」


「だから、なんでそんなことを訊くんだいっ?! ……今日はボクがエルヴィス先輩から屹楢流シェヌモンタンを教えてもらう件でマルゴーさんに許可を貰いに来ていたんだ」


 珍しくコウが焦った表情を浮かべた。


「……本当に?」


「本当だよ?!」


 思わずジッと観察したが、彼の眼には底意は無さそうだ。


 あたしの視線を受けてコウが表情を固め、何やらゴクリと唾を飲みこんでいる。


「……………………分かったわよ」


 コウが嘘をついて無さそうなことは分かったので、あたしはそう応えて重い溜息をついた。


 何というかモフモフとかは嫌いじゃないけど、あたしはやっぱり花街は苦手かも知れない。

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