14.あたしたちを護れるほど


 開始位置に立つコウとエルヴィスに、武術研究会の部長が大声で告げる。


「それでは準備ができたな! 二人とも用意!」


 コウとエルヴィスはそれぞれ内在魔力を循環させ、身体強化などを行いながら構えを取る。


 周囲を重い沈黙が包み、部長が叫んだ。


「始め!」


 その直後、一足でコウが間合いを詰め、鞘走りで刀を抜きながら抜刀術を繰り出しエルヴィスのグレイブの穂先を切り落とした。


 鳳鳴流シンギングフェニックス鳳雛斬ほうすうざんという抜刀術で、刀身には火属性の魔力が込められている。


 だが武器を破壊されてもエルヴィスは慌てることなく水属性の魔力を集中させ、切断された箇所に魔力の刃を構築し突きの連撃をコウに叩き込む。


 碧脈突へきみゃくとつという範囲刺突技だが、コウも刃に火属性魔力を集中させながら流れるような斬撃で連撃を往なす。


 次第に魔力のみによる刃も加わりコウからの手数が増えていくが、同時にエルヴィスの周囲を独特の歩法で的を絞らせないように移動する。


 やがてコウの剣筋は火属性魔力の赤い色の軌跡を宙に残しながら、エルヴィスを囲むように乱撃となって複雑な模様を描き始める。


 奥義・焔乾えんけんという技だったが、これに対抗するようにエルヴィスの手数も増えていく。


 エルヴィスはコウに対してやや間合いを詰め、水属性魔力の穂先の斬撃と石突による打撃、そしてやはり水魔力を乗せた蹴り技の乱撃で対抗する。


 屹楢流シェヌモンタンの奥義・千落葉せんらくようという技だが、水属性魔力の青い色が複雑な軌跡を描いてコウが描く赤い軌跡と撃ち合っていく。


 赤と青のせめぎ合いが繰り広げられたある瞬間、微かな隙を感じたのか、コウがエルヴィスの体幹を狙って鳳煌閃ほうこうせんという刺突技を繰り出す。


 これに対し、水魔力を乗せた脚でエルヴィスが突きを往なすが、コウに技を出させることを狙って隙を作ったようだ。


 コウの右側に立つエルヴィスは、直ぐに石突でコウの右肩を狙って水属性魔力を込めた打撃を見舞うがこれがヒットする。


 だが、コウは直後にヒットした方の肩を動かしながら体重移動してエルヴィスを引き込み、ゼロ距離から胴を薙ぐように斬撃を繰り出した。


 火属性魔力を刀身に込めた鳳鳴斬ほうめいざんという技だが、これに対してエルヴィスは自ら後ろに倒れ込み、水属性魔力を込めた蹴り技を放つ。


 これはコウの左わき腹を狙った一撃だったが、直線的な動きだったためコウは転身してこれを避けてから足元のエルヴィスに斬撃を放つ。


 だがその時にはエルヴィスは蹴りの勢いで後ろに向かって跳ね、コウから距離を取っていた。


 コウとエルヴィスは視線を交わしながら、互いに薄く笑った。


 そしてコウは刀を鞘に納め、エルヴィスはグレイブに水属性魔力を注いで穂先を大きくした。


 次の瞬間コウは再び抜刀術を放ち、エルヴィスは水属性魔力を込めた乱葉突らんようとつという刺突技を放った。


 超高速ですれ違った二人は互いにゆっくりと振り返って構えを取ったが、その直後にコウの右肩からは血が噴き出し、エルヴィスの右肩からも血が噴き出した。


「それまで!」


 部長が高速移動で二人の中間地点に現れ、他に盾を持った高等部の生徒が一人ずつコウとエルヴィスの前に現れて盾を向けた。


「ただいまの試合、最後の技で先に攻撃が通ったことや、有効な攻撃方法である脚技を残しているエルヴィスの勝利とする」


 部長の声を認識し、コウとエルヴィスは互いに身体強化を緩めた。


 そしてエルヴィスは穂先がとれたグレイブをその場に置くと、コウに歩み寄った。


 刀を片手で握ったまま立ち尽くしているコウの表情を伺うと、エルヴィスは彼を抱きしめた。


「大丈夫、キミは強い。屹楢流を修めた者としてこのエルヴィス・メイの名に懸けてここに宣言しよう。コウ・クズリュウ、キミの強さを認めよう」


 その言葉を聞いてコウはゆっくりとため息をついて口を開く。


「ありがとうございます。…………ボクは合格ですかね?」


「ああ、合格だよ」


 それを聞いて、ようやくコウはいつものように笑った。


 その様子を見ていたその場にいた者はみな、拍手と二人を称える声を上げた。




 二人が立ち会った後、直ぐに武術研の先輩たちが【回復ヒール】を使って治療を始めた。


 傷はどうやらコウの方が深かったようだ。


「つくづく、エルヴィス先輩は底が知れないよ。回復の魔法も使える上に、狙われたのが肩じゃ無くて頭だったらジ・エンドだったね」


 そう言ってコウは苦笑いする。


 エルヴィスは自分で傷を治してしまったようだ。


「一体どういういきさつでエルヴィス先輩と戦うことになったのよ?」


 あたしは先輩たちの作業を邪魔しないようにコウと話す。


「そんなの決まってるよ。ウィン、キミたちを護れるほど強くなりたかったからさ」


 そう言ってコウはウインクしてみせた。


 それが聞こえたようで、カリオがはいはいとか生返事をしている。


 あたしたちを護れるほど、か。


 その言葉に少しだけ動揺する。


 やはりダンジョンでのことを気にしているのだろうかと、あたしは一瞬考えた。


「ところでコウ、傷を治しているところでお小言みたいなことを言うのも何だが、お前はもっとフェイントやせんせんを意識したほうがいいと思う」


 ライナスが少し真面目な顔をして告げる。


「お前の流派でそういう技術は学んでいる筈だ」


「そうですね。それは理解できるんですが、今回は一対一の試合形式で、エルヴィス先輩に好きに動かれたら一方的な展開にならないかって心配したんです」


「確かに状況次第という面はある。だが、それほど悲観するものでは無いと思うぞ。ライナスの言う通り、戦闘の組み立ての引き出しをもっと広げたらお前は伸びるだろう」


 治療の様子を見ていた部長が告げた。


「そうですね。……兄にも過去に似たようなことは言われています。今後気を付けますね」


 そう言ってコウは苦笑いした。


「さて、こんなものだろう。傷は深かったけど切断面がキレイだったからほぼ問題無いと思う。もし違和感が残るようなら、附属病院の方に行け。【回復ヒール】による治療だから血も戻っているはずだ」


 魔法で治療をしていた先輩がコウに告げた。


「ありがとうございました。助かりました」


「気にするな。蒼蛇流セレストスネークの技とかは酷いのだと傷口が爆ぜるからな。治したことはあるが、そんなのに比べたら手間じゃないさ」


 先輩はそう言って笑っていた。


 爆ぜた傷口を治せるのか。


 あたしも【回復ヒール】を覚えようかな。


「それでエルヴィス先輩、グレイブどうします?」


 ふとエルヴィスと目が合ったので訊いてみた。


「ん? 直すよ。柄を付けなおすだけだから、王都の行きつけの店に行けば直ぐ直ると思う」


「行きつけがあるんですね?」


「ああ、鍛冶屋でいい店を知ってるんだ。興味があるなら教えるよ?」


「そのときはお願いします」


 そうして武術研で突然始まったコウとエルヴィスの試合は幕を閉じた。


 翌日、ホームルームの前に、クラスメイトの女子数名に話しかけられた。


「ねえウィンちゃん。きのう武術研究会で、コウ君とエルヴィス先輩が突き合ったり刺し合ったり、抱き合ったりしたって本当? ウィンちゃんは武術研究会に行ってるわよね?」


 なぜかそう問う女子生徒の鼻息は荒い。


「そうね。武術研で試合をしたけど、なかなかハイレベルな試合だったと思うわよ」


「ハイレベルな試合……!」


「うん、互いに攻守が瞬く間に入れ替わるような、すさまじいせめぎ合いだったかな」


「……攻めと受けのすさまじいせめぎ合い!」


 初めに声を掛けてきた女子とは別の子が何やら呟いている。


 傍らでは各々が「これでご飯三杯は行けるわ」とか「鼻血出そう」とか呟いているが、そのうちディナ先生が来てホームルームが始まった。


 あの子たちはごはん党なのだろうか。


 とりあえず、あたしはあたしが把握する事実だけを答えたし、その時のやり取りは忘れることにした。




 いつものメンバーでお昼を食べていると、コウとエルヴィスの試合の話になった。


「なあなあウィンちゃん、昨日コウくんが先輩とエラい派手な試合をしたみたいやん」


 今日はサラはあたしと同じでトマトシチューを食べている。


「そうね。その場にあたしとキャリルとカリオも居たわね」


「あれは中々見ごたえのある試合でしたわ。武器も刃引きしたものでは無く、真剣を使っていましたの」


 キャリルは今日はクリームソースのパスタを食べているな。


「うっわー……それって普通に殺し合いやん」


「そうですね。体術の授業で四苦八苦している身としては、ちょっと想像できない世界です」


 かなりドン引きした表情を浮かべるサラとジューンだった。


 ジューンは今日はビュッフェで取り分けた鶏のバターソース炒めとサラダを食べてるけど、おいしそうだな。


「それでも二人とも、入試で魔法人形と戦ったのよね?」


「んー、そやけどあんなん、【分解デコンポーズ】を叩き込んだ後に杖でバコーンやったらグワッシャーゆうてそんで終わったけど」


 分解の魔法って、戦闘で使うには【石つぶてストーンバレット】なんかよりも非効率だった筈だ。


 それを使えているなら単純に凄いと思う。


「そうですね。私の場合は【石つぶてストーンバレット】を必死で撃ち出してたら終わってた感じです」


「【石つぶてストーンバレット】であれを破壊したということは、ずい分連射したんですのね。撃ち出した石の硬度も調整しましたか?」


「そうです。石のつぶてを連射したんですけど、比較的柔らかいというか硬度が低い石を撃ち出しました」


「そうか。硬い石やったら貫通力が高まるけど、柔らかいんやったら衝撃が伝わる感じやんな」


「そうですね。それで魔法人形をバラバラに出来たんです」


 ジューンは得意げな表情を浮かべている。


 確かに魔法だけであれを壊したのなら、大した技術だと思う。


 それはそれとして、魔法人形をバラバラにできるということは、人体もバラバラに出来そうなことは指摘しない方がいいのだろうか。


 とりあえずあたしは黙っておくことにした。


「ところでみんな、収穫祭の間はなにか予定ある?」


「えっと、今週末の闇曜日から一週間休みやったっけ?」


 収穫祭の期間は、週末の闇曜日から次の週の闇曜日まで休みになるのだ。


「そうですわ。学食が休みになりますから、寮で食事をとる形になりますわね」


「あ、そうでしたね。私、学食のこと忘れてました」


「王都内の広場とか商業地区には屋台が並ぶって話だから、それで済ませてもいいと思うけどね」


 王都内では学院があるのは南のエリアなので南広場が比較的近いが、ここも屋台で埋まるらしい。


 例外は北にある王城前広場だが、ここにはステージが置かれたりして色々イベントがあるようだ。


 中央広場にもステージは置かれて連日イベントがあるみたいだけど、屋台もあるので例年は凄い人出で混沌としているそうだ。


「部活棟とかは入れるんやったっけ?」


「大丈夫だったはずですわ。収穫祭期間中は授業が休みで学食が閉まるのと、職員室に詰めている先生の数が減るのがいつもとの違いだったはずですわね」


「あたしは部活棟で過ごすか部屋でダラダラしてると思うから、出かけるときは声を掛けてね。【風のやまびこウィンドエコー】で呼んでくれてもいいし」


「分かったで」


「「分かりました」わ」


「あ、でも、母方のお爺ちゃんが王都に来るかもしれないから、それでちょっと出かけるかも」


「ジナ様のお爺様なのですね……」


「うん、そう、、だよ」


「ウチもウィンちゃんと同じような感じかな。部活でちょっと用ができるかも知れんけど」


「私もですね」


「そういうことでしたら、一日くらいは皆さんで収穫祭を見て回りたいですわね」


「行こうやん」


「そうですね」


 そんなことをみんなで話していた。

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