12.情報の取りこぼしは
「なるほど、魔神絡みの落とし物か」
「ええ。先週学院の教室内で拾ったの」
夜に寮を抜け出しソーン商会を訪ねると、デイブとブリタニーが迎えてくれた。
さっそく『魔神の印章』をデイブに見せるが、そのデザインを見ただけで彼はすぐに気が付いたようだ。
「先週、風紀委員の仕事で学院の非公認サークルを取り締まったんだけど、集会場所の教室に落ちてたのよ」
「そうか。それじゃあ元々落ちてたかとか分からんな」
そう言ってデイブが腕を組む。
「そうなのよ。あたしもダンジョン行きとかでそっちに意識がとられてて、拾ったのを忘れてたのよ」
「次からは早めに調べるクセを付けた方がいいねぇ」
ブリタニーがニヤニヤしながら告げるが、全くその通りなので言い返す余地が無い。
「はい。あたしも反省しています……」
「……まぁ、とりあえず鑑定してみるか」
「私もあんたの次に鑑定してみるから、終わったら渡しとくれ」
「分かった」
そうしてデイブとブリタニーは順番に、『魔神の印章』に【
「何か分かったかしら?」
「そうだな。『魔神の印章』ってことと、持ち主の名前と、熟練職人によるアクセサリー用途の真鍮製ってくらいか」
「私も同じだね。こりゃ高位鑑定に掛けといたほうがいいかもね」
「ああ。せめてどこで作られたのかくらいは、
「持ち主の名前、いま聞いちゃって大丈夫?」
「構わんが、学院では慎重に動いてくれ。持ち主は『アイリス・ロウセル』だ」
「名前からすれば女性か。学院内なら教師か生徒かから調べるのね」
「あとは事務員なんかだが、教室で拾ったなら優先度では最後だな。お嬢はお嬢で調べといてくれ。こっちもさらに鑑定したうえで、ジャニス経由でお嬢にこの印章を持って行かせるから学院に提出してくれ」
「分かったわ」
「おれたちはおれたちで鑑定結果を国の方に流しておく。だからタイミングによっては、そのアイリスって奴が国に連行されるかも知れん。その場合でも、本人の周囲を洗うことはできるはずだ」
「了解よ」
取り急ぎ、風紀委員会とかからそれとなく話を聞いてみるか。
いや、まずは教師か生徒か職員かを確定させるのが先だな。
「そんで、用件はこんだけか?」
「ええと……あとは用件って程のことでも無いんだけど」
「どうした?」
あたしはファンクラブができている話を聞いたと説明した。
「「……」」
デニスとブリタニーは何やら考え込んだ。
「ど、どうしたの?」
「いや、懲りねぇなと思ってな、なあ?」
デニスはそう言ってブリタニーの方に視線を動かした。
「ああ。数年前もそんなことがあったよ。もっともあの時はジャニスのファンクラブの話だったけどね」
「ああ……そうなんだ」
あたしはその話を聞いて脱力した。
「ファンクラブ云々は放置で問題ねぇハズだが、何かあったらジャニスに相談しとけ」
「分かった」
「それとだ、そっちから他に無かったら、こっちから情報がある」
「何かしら」
「お嬢たちがダンジョンで襲われた件だ」
さすがにデニスは情報が早いな。
「知ってたのね」
「まあな。当日ジャニスに張っててもらってたのさ」
てっきり王国あたりから情報が降りてきているのかと思ったが、ジャニスがあの場に居たのか。
「そうなの?! お礼しに行かなきゃ!」
「その辺は好きにしてくれ。それでな、レノックス様を襲撃した連中はお嬢たちが二人拘束した筈だが、さらにもう一人をジャニスが捕まえた。そいつらはまとめて王家の暗部が取り調べ含め調査を行ってるが、標的はレノックス様だったらしい」
「レノックス様が!?」
「誘拐目的だったみたいだな。背後関係もふくめて調査中らしいが、捕まえた三人は末端だったらしくてな。誘拐してくる指示しか出されてなかったようだ」
「何でまたそんなことを……」
「まあな。普通に考えたら、身代金目当てにしちゃあ王家相手じゃリスクがデカすぎる。そこいらの賊じゃあ受け渡しもできねえしな。だからディンラント王家であることに何か意味があるのかも知れんが、……そのあたりは流石におれたちでも把握しきれていない」
「そうなんだ……」
キャリルが標的では無かったのは良かったけど、レノックス様が狙われたのか。
不敬かも知れないけど、レノックス様はあたしの中では仲間枠なんだよな。
「そうなると王家の秘密に関わる話だろうけど、誘拐との因果関係となるとちょっとねぇ」
ブリタニーが呟くが、その言葉にデイブが目を閉じて考え込む。
「そうだな……」
「どうしたの?」
デイブの様子にあたしは思わず声を掛けた。
「いやな、……今回の襲撃の話を聞いてから、おれの中でカンみたいな奴が少々騒いでるんだわ。冒険者としていろんな場所をうろついてた頃から従って来たカンだが、見逃したら後で大概ヒドイ目に遭う類いの奴だ」
そう告げてデイブは渋面を浮かべる。
「第三王子殿下が精霊魔法の使い手に襲われるって時点で、不穏な匂いがするのは間違いないわ。それが誘拐目的ならなおさらよ」
あたしはデイブに告げる。
「おし。……腹ぁ括るか。宗家の爺様に話を通してみる。情報の取りこぼしはやべぇからな」
「宗家の爺様ってあんた……」
そう言ってブリタニーは微妙そうな表情を浮かべた。
「お嬢。ゴッドフリーの爺様とは会ったことはあるな?」
「え? お爺ちゃん? ……ここ数年会ってないけど、いつも笑ってるイメージがあるかな」
母さんの父さん、つまりあたしのお爺ちゃんはフルネームをゴッドフリー・コナーという。
前に会ったのはミスティモントで、確か三歳くらいの頃だった気がする。
何やら滞在中は毎日、父さんと伯父さん――母さんの兄さんを巻き込んで昼間から酒を飲んでいるか、笛を吹いていた気がする。
伯父さんの名前はアードキルだったかな。
「そうだろうさ。宗家の爺様は普段は楽器職人で、貴族の家を訪ねるとき以外は呑んでるか工房で楽器をいじってるか、楽器を演奏してるか、動物やら獣人をモフモフしてるからストレスフリーだよ」
そう言ってブリタニーが苦笑する。
獣人をモフモフって何だよ。
「爺様はいまお嬢が王都に居ることは知ってるから、お嬢が絡んだ月転流の仕事で相談事があるって言えば手前ぇの仕事を放り出してすっ飛んでくるぞ」
「……到着直後から、王都の月転流のジジイどもを集めてウチで宴会を始めるのは目に見えてるけどな」
言葉を絞り出すようにそう言って、ブリタニーが頭を抱えた。
「いや、他の古流武術の爺様方も集めるかも知れん……」
そう言ってデイブが一瞬死んだ目をする。
「もういっそ、どこかの宿屋を借り切ろうかねぇ?」
「今からだと収穫祭があるんだよな。部屋なんざ取れねぇだろ……。その辺はおいおい考えよう。上手くすりゃ、王都に道場がある連中のとこに押し込められるかも知れん。色々面倒なことは措くとして、爺様は個人的に陛下と友人だ。王家の秘密に関わる情報を“いま”押さえておくなら、爺様を呼ぶのが一番確実だ」
デイブが言った言葉はもちろん聞こえていたが、あたしの脳がその意味を理解したかと言えば少し自信が無かった。
「陛下って、あの陛下?」
「ディンラント王国の国王陛下だ。爺様は数年前に亡くなった先代の陛下と元々友人だったんだが、その縁でな」
「……なんで友だちなの?」
「ひと言でいえば、強いからだ」
「強ければ、王様と友だちになれるの?」
「月転流宗家だし、そもそも爺様の冒険者ランクが、各国に数名ずつしかいないS++だ。国から名指しの依頼を昔から受けてる」
「そういう繋がりなのね」
冒険者ランクの話をするなら、以下のような感じだ。
・登録時にランクEとなり、依頼を十回達成か同等の魔獣討伐数でランクDになる。
・ランクDから上は、現在のランク以上の依頼十回達成か同等の魔獣討伐数に加え、上のランクの魔獣を単独で討伐できることが求められる。
・ランクCで一般の騎士団か領兵の一兵卒並。
・ランクBが各国に数千名強登録。ランクAが千名強、ランクSが百名強、ランクS+が十名強、ランクS++が数名。
・ランクS+++は国に数名いるかいないかで、事実上冒険者ギルドの階級での頂点。
・神話級というランクがS+++の上に一応あるが、伝承などを元に判定された非公式記録で過去千年に三名いるという数字だけが伝わっている。
デイブがさらに告げる。
「それ以外の繋がりでも、普段から楽器職人で王宮に縁があるしであの性格だろ? いつの間にか陛下たちと友だちになったらしいぞ。……おれも理解はできても、凄すぎて意味は分からんが」
「……まあいいや。お爺ちゃんはお爺ちゃんだし」
「そうそう。難しく考えんな。どうせ爺様に関しては考えるだけ無駄だ。事実を把握しときゃいい」
「古い武術流派を継ぐっていうのは、色んな縁ができていくってことなんだろうね」
あたしが理解できた部分を言葉にすると、デイブは「そうだな」と言って笑った。
それにしてもS++冒険者か。
強さって、上を見始めるとキリが無いのかも知れないな、などとあたしは考えていた。
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