10.ファンクラブがあるって話
時間的にはまだ夕方になっていないから、馬車の窓の外には秋の午後の草原の風景が広がっている。
「いやあ、みんな無事で良かったわよ」
「結局、何だったんだろうねあの襲撃は」
「現状では情報が少ない。精霊魔法が使われた以上、共和国と何らかの接点がある者が関わっている筈だが」
「問題は動機ですわね。ニコラスさんが居りましたのにわたくしたちを襲ったわけですが、なぜダンジョン内だったのかも謎ですわ」
今回は精霊魔法で対処が厄介だったとはいえ、前衛が敵に居なかったのも助かった。
もし組織的襲撃だったなら、王国で少ないはずの精霊魔法の使い手のみで襲撃があったことに、あたしは違和感を感じた。
「動機とか背景とかそういう話は、あとであたしたちにも教えてねレノ」
「ああ。話せる内容は全て伝える」
そう告げてレノックス様は腕組みした。
「それと今さらだけどレノ、コウには自分のフルネームのことは伝えてあるの?」
「コウはオレが前に話した時にはすでに知っていたな」
「そうだったんですのね」
コウにはあたしたちの視線が集まった。
「そもそもの話だけど、最初のボクやカリオへの自己紹介のとき、レノは隠すつもり無かったじゃないか」
「む?」
「偽名がやる気なさすぎだよね」
コウはそう言って肩をすくめた。
「隠す気が無かったわけではないのだが……。もう済んだ話だ、気にするな」
「ところでウィン、『
「うげっ……。どこまで聞いたの?」
「
「はい…………そうだったとおもいます」
どう切った張ったのかを詮索されては色々ヤバい気がしたので、あたしはとっとと認めた。
「全く、王都の裏社会の住人や、王家のお抱えの暗部にはファンクラブがあるって話はボクの想像を超えていたよ……」
そう言ってコウは笑った。
「はい…………。え゛? ふぁんくらぶ?」
それはいま知ったぞ。
「オレ達は暗部の連中からダンジョン内でそう聞いたんだが、違ったか?」
「そんなの知らないわよ!」
思わずレノックス様に叫んでしまった。
というか、ファンクラブとか普通に意味が分からない。
あたしは移動する馬車の中で頭を抱えた。
とりあえず、何でもいいから話を逸らさねば。
「ええと……そういえば、あれだ。レノ、護衛に加わってくれたロッドさんたちだけど、変わった武術を使ってたわね」
「武術。……そうだな、このメンバーなら話をしても問題ないか」
「秘密があるのね」
「そうだ。あれはディンラント王国直属の暗部の体術だ。名前を
「変わった名前だね」
コウがレノックス様の話に興味を持った。
名前もそうだけど、魔力の糸を使うのがそもそも変わってる。
「表に生じることが無い流派という意味でもあるのだろう。だがアレの基礎部分はお前たちも学院で学んでいるな」
そう言ってレノックス様は微笑む。
「学んでいる? もしやディンルーク流体術ですの!? 学院では拳を握りこんでおりますわよ?」
「コンセプトは『ディンルーク流体術の完成形』と聞いたことがある。元になった古式の方とも違う、無駄を削ぎ落した殺しのための技なのだそうだ」
殺し技か、暗部の人には必要なんだろうけど殺伐としているな。
「授業のとき拳を握りこむのは、その方がパンチの基本を覚えるのにいいからかも知れないね。手首を痛めないように撃てば、基本が学べるからさ」
コウが自分の見立てを告げた。
「糸状にした魔力でザクザク斬っていくとか、かなりえげつないわね」
月転流の斬り技は全力で棚に上げるけど。
「その点は同意する。だが、戦いという点では効率がいいのだそうだ。オレは学ばなかったがな」
そう言ってレノックス様は、腰から外して傍らにある自分の細剣を手に取る。
「わたくしのお爺さまと同じ、
「ああ、『朱いイチイ』だ。だがオレは未だ魔法を撃った方が効率がいい。早く無詠唱技術を覚えたいものだ」
その後、移動する馬車の中で、あたしたちは魔法の授業の話をしたりしていた。
あたしは上手く話を逸らすことに成功した。
けれど、ファンクラブの件は誰に相談すればいいんだろう、などと考えていた。
王都には無事に着き、南門も素通りして馬車はすぐに王立ルークスケイル記念学院にたどり着いた。
附属病院に馬車の車寄せがあるので、そこであたしたちは降ろしてもらった。
そのまま学院の構内を進み、コウとレノックス様に女子寮まで送ってもらった。
「それでは、お疲れさまでした」
「みんなお疲れさま」
キャリルとあたしが告げると、レノックス様とコウは手を振って去って行った。
寮に着いたのは夕方になる前だったのだが、少し考えて共用のシャワーでさっぱりした。
寮生には運動部の生徒もいるので、メンテナンス以外ではいつでも寮のシャワーは使えるのだ。
まあ、【
夕食はアルラ姉さんとロレッタとキャリルとで食べた。
姉さんたちには、ダンジョンで普通に探索できていた間の話をした。
馬車の中で決めたのだけど、ダンジョンで襲撃されたことは姉さんたちには話さなかった。
ダンジョンに行った四人の秘密ということにしたのだ。
レノックス様が居たときの襲撃であるし、学校側に何か連絡があるかも知れないけど。
それでも、あたしたちの身の回りでは、何らかの影響が出るまでは黙っていることにしようということになった。
週が明けて十月になった。
何かが突然変わるわけでも無いけど、入学から一か月経ってしまった。
朝のホームルーム前にカリオを見かけて、あたしたちのダンジョン行きを漏らした件でデコピンを入れておいた。
結果的にニコラスには助けてもらったので、その程度で済ませた。
ただ、お礼状という名目でフレディ宛てに手紙を書いたので、今週中には共和国大使館に送付する予定だ。
ちなみに内容はこんな感じだ。
“先日のダンジョンでの件では、結果的にニコラスさんには大変なご助力を頂きました。月転流に連なる者として、獣人の皆さまの変わらない友情と信頼に心からの感謝を申し上げます。ところで、カリオにつきましては、情報を雑に扱った件で徹底的かつ念入りにご指導いただけたらと思います。今回はたまたま良い方向に動きましたが、情報の扱いは大切です。何でしたら、カリオが本能で理解ができるまで肉体に教育して下さっても良いと思います。フレディさんの賢明なご判断を期待します。ウィン”
この後の判断はフレディに任せよう。
あたしの気分的には少しスッキリした。
みんなでお昼を食べていると、ダンジョン攻略の話になった。
「それでどうだったん? ダンジョン行って来たんやろ?」
「そうね。バランスよく戦えたと思うわよ」
サラはベーコンがたっぷり入ったカルボナーラを食べている。
一瞬あたしもそれにすれば良かったかと思うが、他の人のご飯がおいしそうに見えるのは何でなんだろう。
ちなみにあたしは今日は牛丼を注文してみたが、日本での記憶の中にある味と差が無いように感じた。
これはこれで美味しいからいいのだけど。
「一階層目は林がある草原になっていて、春の陽気でしたわ」
キャリルは今日も鶏肉のソテーだけど、ガーリックソースを使った奴だ。
これもおいしそうだな。
「戦闘が無かったらハイキングだったよね」
「ハイキング、ですか?」
ジューンはクリームシチューにしたようだ。
パンにシチューをつけながら食べている。
「そうですわ。ダンジョンは大きな魔道具みたいなものですの。その内部の自然は外から独立していて、一年中春の陽気らしいのですわ」
「一階層だけでも王都くらいの広さがあるんですよね? 魔道具だというならどれだけの技術が使われているのか、興味深いです」
「ダンジョンの中は広いわよ。牧場があって、普通にウシとか羊とかを柵の中で飼ってたわ。今回は行かなかった牧場では、鶏なんかも飼ってるみたい」
「ん? 牧場に寄ったりしたん?」
「ええ。牧場は警備の冒険者が常にいますから」
「警備ですか?」
「そうですわ。ダンジョンの中でも安全な休憩地帯になっておりますの」
「そうなると魔獣がやっぱりジャマなんですね」
「牧場の人にはそうかも知れないけど、魔石や魔獣の素材が取れるしね」
「キラーゴートのツノやツノウサギのツノ、キラーホークの羽根なども取れましたが、売ってもお小遣い程度ですわね」
「お小遣いかー。――ウチもバイトやろうかな」
「バイト感覚だと、ダンジョンの初めのうちは実入りが少ないと思うわよ」
「そやね。商業ギルドで単発のを探そう思っとるけどね」
「魔獣との戦いはどうだったんですか?」
「あたしたちは問題無かったわね」
「ええ。ただ、群れで攻撃してくる魔獣がそれなりにいましたから、慣れるまでは一人で行かない方がいいとは思いましたわ」
「そうなんやなぁ」
そんなことを話しながら、昼食をとった。
その後、あたしとキャリルは先週回れなかった教養科のクラス委員長のところに挨拶に行った。
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