第48話
『戦乙女』達が帰ってきてからなされた報告によって、現在冒険者ギルドはてんやわんやな状態になっている。
おかげで俺もおまんまを完全に食い上げてしまっており、ドラゴン討伐で手に入れた報奨金を取り崩しながら生活をしているような状況だった。
金を引き出すためにギルドへやってくると、ギルドのあちこちから悲鳴にも似た叫び声が聞こえてくる。
「しっかし、まさか本当に迷宮があったとはな……」
「本当ですよねぇ」
「……いきなり後ろから声をかけないでくれないか、ミーシャ」
独り言を呟いたら、なぜか相づちが帰ってきた。
ホラー体験に驚きながら振り返れば、そこには暇そうにしている受付嬢のミーシャの姿があった。
「色々と忙しいんじゃないのか?」
「実はそうでもないです。純粋な仕事量で言えば減ったんじゃないですかね。もしよければ今からでも、前に言っていたお礼をさせてもらえませんか?」
お礼って……ああ、指名依頼を受けた時のあれか。
ご飯を奢ってくれることになってたんだよな。
今は『戦乙女』も色々と忙しそうなので俺の方はわりと暇を持て余している。
なので素直にお言葉に甘えさせてもらうことにした。
やってきたのは、『黄金海老の尻尾』。
名前のゴージャスさからもわかるように、かなりの高級レストランだ。
イラの街でも上から数えた方が高いようなコース料理を出す店で、当然ながら俺は一度も入ったことがない。
やってきた食前酒がグラスに注がれる。
空気に触れてわずかに酸化した赤ワインの匂いが漂う個室。
流れる空気の中にミーシャの香水の香りがして、少しだけ胸がドキリとした。
「それでは少し遅れましたが……タイラーさんの指名依頼達成に」
「じゃあ俺はただ飯を奢ってくれるミーシャ様に」
受付嬢って高給取りなんだなぁ。
でもこんな高いところだと流石に悪い気がする。
ミーシャの懐を心配しながら、ちんっとグラスをぶつけ合う。
やってくるオードブルに舌鼓を打ちながら、冒険者の話に花を咲かせる。
話題は自然、今一番ホットな新たに発見された迷宮のことになっていった。
「しかし『ゴーレムの洞穴』ってのは、ちょっと安直すぎるよな」
「いいじゃないですか、わかりやすくて」
茂みの中に隠れていた洞穴型の迷宮は『ゴーレムの洞穴』と名付けられた。
理由は『戦乙女』が中に入って偵察をしたところ、中には大量のゴーレムが徘徊していただ。
「新人冒険者達は大変ですね。ガルの森で獲物の取り合いになってますし」
「やっぱりそうなるよな」
現在事態を重く見たギルドは、北部の高原への立ち入り制限を行っている。
ゴーレムは一番弱いマッドゴーレムであっても銀級の強さがある。
恐らくは迷宮も、初心者が入れるような場所ではないだろう。
そのため本来なら東のガルの森と北のグングリ高原に分散していた新人冒険者達がガルの森の方に集中してしまい、混み合っているせいで以前と比べると奥で活動する者達の素材の運搬量も減っているらしい。
「けど逆にベテランなら稼ぎ時だろ」
「ええ、ハンマーやバトルアックス、大剣なんかはどんどん売れていくので武器屋が嬉しい悲鳴を上げてるらしいです」
街からそこまで離れていないところに迷宮ができていたというはピンチだが、それは同時にチャンスでもある。
ある程度経験を積んだ冒険者達からすれば、ゴーレムは対策をしっかりとすれば倒せる魔物だ。
核を傷つけさえすれば倒せるため、内側に衝撃を通せる鈍器を扱えるだけで討伐難易度はぐぐっと下がるのだ。
「領主軍も出張ってくるんだろ?」
「はい、規模はわかりませんが迷宮の魔物はしっかりと間引いておかないと、スタンピードが起きてしまいますから」
迷宮からは定期的に魔物が湧き出してくる。
そしてその数が迷宮の許容量を超えると、魔物達が迷宮の中から溢れてくる。
このことをスタンピードと呼ぶ。
魔物を間引くために、このイラの街を治めている領主様の騎士団が出撃することは既に決まっているらしい。
そう、何も新たな迷宮が出現したことで活気づくのは冒険者達ばかりではないのだ。
ゴーレムが出現する迷宮というのは、重要な価値を持つことが多い。
ストーンゴーレムが出現するのならその場所は石資源を豊富に持つことになるし、アイアンゴーレムが出現するのなら鉄鉱山と同様の扱いを受ける。
ある程度慎重な冒険者達は騎士団が調査するのを待ってから入るつもりで、そして大抵の無鉄砲な冒険者達は我先にと迷宮へと向かっている。
ちなみに『戦乙女』は、領主からの直々の指名依頼を受け『ゴーレムの洞穴』へ向かうようだ。
実は一緒にこないかと、誘われていたりする。
普段なら断るんだが、正直なところ俺はかなり揺れていた。
まだまったく未踏破の迷宮にそこで出てくる魔物すら判明していない状態で潜るというのは、危険度が高すぎる。
だが俺が一緒にいれば、いざという時に皆を助けることができるだろう。
今ではルルは俺の魔道具作りの弟子だし、ウィドウは師匠だ。
皆俺のことを吹聴することもなく仲良くしてくれているし、俺はなんやかんや彼女達のことが気に入っている。
(それに迷宮というものの存在が、かなり気になっているというのもある)
出てくるのがゴーレムというのも、おあつらえむきだ。
ゴーレムであれば、ある程度核からの魔術回路を見ればそれが人工の魔導ゴーレムなのか天然のゴーレムなのかくらいは見分けがつく。
「タイラーさん、もしかして『戦乙女』と一緒に迷宮に潜るつもりですか?」
「……なんでわかったんだ?」
「今、男の子の顔してましたから」
一体どんな顔をしてたんだろうか。
そんな顔を見られていたことがなんだか恥ずかしくなり、頼んだエールを一息で飲み干しておかわりと頼む。
食後のデザートを食べ終えたミーシャが、こっちを潤んだ瞳で見つめてくる。
そして机の上に出していた手を、キュッと握ってきた。
「タイラーさん……ちゃんと、帰ってきてくださいね」
「……ああ、任せてくれ。俺は生き残ることに関しては、定評のある男だ」
なにせ転生して別世界でまで生きてきた男だ。
しぶとさはディスグラド一といっていいだろう。
だからそんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫さ、安心してくれ。
俺って実は、結構強いんだぜ?
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