オスかメスかも分からない寿司が回る回転寿司屋さんは、そこはかとなくエロい気がする(2/2)
「フ。まさかブラックカードでお会計が出来ないとは思わなかった」
「そうは言いつつもしっかりと最初から現金で支払うつもりでしたよね、霧香先輩?」
「フ。唯お姉様の中で私が世間知らずの小娘だと思われてゾクゾクする。流石の私でもそれぐらいの常識も知ってる。そして、私と唯お姉様がこれから一緒のラブホテルで一泊するのも常識の範疇――すっごく痛くて気持ちいい!」
全国チェーンの回転寿司屋の店内から出た僕たちは東京の外を散策していたのだが、そんな変態的言動を口にした霧香先輩は茉奈お嬢様が繰り出す手刀で痛そうなツッコミを喰らっていた。
今の時間帯はぎりぎり午後の7時ぐらいだとはいえ、流石にそんな言葉をお嬢様学校である百合園女学園の制服を着用した状態で口にするのは理事長代理でもあらせられる茉奈お嬢様にとっても大変に気分が悪いものであったようである。
「フ……ごめんなさい、茉奈さん。貴女も十二分に魅力的なのだけど、唯お姉様に比べたらエロスが足りないの。それはそれとして今の手刀は100点。好き」
「わざわざそんな聞くに堪えない解説を挟まなくてもいいぞ、下冷泉先輩。今回の夕食の全額負担をしてくれたから今回ばかりは大目に見るが、外でそんな発言をするものならばそれ相応の処置は取らせてもらう」
「あ、それは大丈夫ですよ茉奈パイセン。何だかんだで部長は下手に変態発言はしません。何だかんだで周囲をチラチラと見渡して、本当に言っても大丈夫な状況であるかを3回ぐらい再確認した後にようやく変態発言をするのが先輩なので」
「フ」
「その見ていてイラつくような勝ち誇った笑みを私に向けるのは本当に止めて貰えないか。下冷泉先輩……ッ⁉」
凄い。
下冷泉霧香というとんでもない美人が、触ってしまうだけでもこちらが物怖じしてしまう程の美人が、見ていて思わず殴りたくなってしまうほどのウザイ動作を交えながらこちらを物凄く馬鹿にしているだろうとしか思えないような味のある表情を浮かべていた。
『どうぞ殴ってくださいな。まぁ? どうせぇ? 殴りたくてもぉ? 殴れないでしょうけれどねー!』とでも言いたげなあんな表情を浮かべてみせる下冷泉霧香である訳なのだけど、一体、何を食べればあんな表情をしようという発想を生み出せるのか……寿司か、寿司なのか。
そう言えば、さっきの回転寿司屋でアオリイカをよく食べていたなあの人。
なるほど、道理で煽り芸が上手い訳だ。
「おい、唯? 離せ? 一旦離せ? 私を後ろから羽交い締めにするな? 絶対に私は何もしないから離せ? 絶対に下冷泉霧香には何もしないから離せ?」
「そう言って本当に何もしない人を僕は知らないのでこうしている訳なんですよ」
とはいえ、こんなところで暴力沙汰にでもなってしまえば、それこそ本当に百合園女学園に色々と問題が発生してしまう訳なので、それが分からない茉奈お嬢様ではない。
これはあくまで、きっと、多分、そういうアピールであって本当に暴力を振るうつもりなど無いのだと思う……それはそれとして僕が必死になって茉奈お嬢様を抑えているというのに霧香先輩がそんな挑発行為をし続けるのは本当に止めて貰いたい。
こうして暴れ狂う茉奈お嬢様を抑え込むのは男としての体力の差があるから辛うじて成り立っているものの、お嬢様がもぞもぞと動く度に茉奈お嬢様の柔らかいお尻だとか腰だとか、色々な女性的な箇所が僕の下半身に当たって大変に宜しくないのである。
「はーなーせー! 今日と言う日はあの綺麗すぎて憎たらしくて私の胃の調子を悪くさせるあの女に色々と報復しないと私は我慢できないのー! はーなーせー!」
「お嬢様。少しは周りの人から見られる視線ぐらい考えてくれませんか」
「は? 視線?」
僕の意味深の言葉に反応したお嬢様は暴れるのを素直に止めて、周囲の様子をきょろきょろと見回して……恥ずかしいと言わんばかりに黙りこくった。
「……少しお耳を拝借しても?」
自分の醜態という醜態にお気づきになられたお嬢様はまたも僕の言葉に素直に耳を傾けた――事情を知らない人間から見れば女子2人が仲良くじゃれ合っているだけにしか見えないのだろうけれど、実のところは男女2人がお互いの身体を密着しているというこの状況で――ので、僕はありのままの事実をお嬢様に伝えた。
もちろん、自分が女の恰好をした男子であるということは伏せたまま、茉奈お嬢様を両手で捕まえて、どうやってもお嬢様が僕から逃げられない状況になっている事を、ついでに僕の下半身の状況という周囲に絶対にバレてはならない事も言葉を濁して伝えてあげた。
「……え、あ、ち、ちがっ……! わ、わたし、そういうつもりでした訳じゃ……⁉ というか唯は小声でそんな事言わないでよ……⁉ 却って私が意識しちゃうじゃん……⁉」
「へぇ、茉奈は何に意識したんですか?」
「何、って……い、言わせないでよ……⁉ というか、こんなところで呼び捨ては止めてよ……⁉ は、恥ずかしいよ……!」
彼女は後ろからでも分かるぐらいに耳を真っ赤にさせながらそんな抗議をしてみせた。
そんな彼女を抑え込んでいる腕から感じ取れるぐらいには彼女の体温がぐんと上がったのも体感しているし、何なら腕越しから茉奈お嬢様の馬鹿みたいになる心臓の音が聞こえてくるまである。
ここまでうるさいと逆に自分の心臓そのものの音なのではないのか、と錯覚してしまいそうなぐらいには、茉奈お嬢様の心拍音はそれはそれはとんでもない事になっていた。
「ふふっ。ご理解が早くて助かります、茉奈お嬢様」
「……唯は本当に
「僕と姉は文字通りの
僕から離れた茉奈お嬢様はすっかり別の事で意識が割かれているからなのか、霧香先輩に対するストレスは文字通り吹っ飛んだ様子である。
だけど、そんな風に涙目になりつつ、自分自身の身体を抱きしめながら、赤面の状態でこちらを見てきて、僕の嗜虐心という嗜虐心を刺激させるのは本当に止めて貰いたい。
「霧香先輩も茉奈お嬢様をあまり挑発しないでくださいね」
「フ。……ごめんなさい」
僕の言葉を素直に耳にした霧香先輩はそんな謝罪の言葉を僕にして、その後すぐに茉奈お嬢様に向けてちゃんとしてみせた。
本当にこの人はこういう所で頭をきちんと下げられる人なのだなと再認識するのと同時に、先ほどの余り見られないような挑発行為は皆で外食をしたが為にテンションが上がり過ぎて、ついついやってしまったような行いなのではないのかと思った。
そういう意味ではあの茉奈お嬢様がわざわざあんな分かりやすい挑発に乗って、喧嘩をしようとしでかしたのも、ある意味ではお互いの距離感がこの外食という機会で縮まったからなのではないかと思うと、食事の持つ力とは侮れないものである。
……もっとも、それが僕の思い違いだったら、凄く恥ずかしいのだけど。
「うわぁ、意外ですね。部長が素直に人に頭を下げるところを目の当たりにしたのは初めて見た気がしますよ。流石は菊宮パイセンですね」
「いえいえ、これぐらいやってられないと寮母は務まりませんので」
流石にこれは寮母の仕事では絶対ないとは内心で思いつつも、せっかく美味しいご飯を食べて皆が皆、幸せな気分に陥っているというのに喧嘩でもされて気分がだだ下がりになるぐらいなら、僕は何度でもこういう仲裁をやるに違いない。
……もちろん、相手が僕にひたすらに甘い茉奈お嬢様だったり、僕の事を物凄く気に入っている霧香先輩であるからこそ成り立っているだけかもしれないけれど。
「プロ味を感じますね。さて、このメンバーでまだまだ一緒に騒いでいたいのもやまやまですが……私もそろそろ帰らないとですね」
「水無月さんはもうお帰りになられるのですか?」
「えぇ、一応1人暮らしとはいってもお世話になっているマンションまでは結構な距離がありますし、そもそも寮とは真逆の方向にありますので。それに午後7時で外で遊んでいるだなんて、お嬢様学校の百合園女学園にとっても充分すぎるぐらいには不良です」
なるほど、彼女の言い分はもっともだ。
だけど、こんな遅くまで一緒に楽しんだというのに彼女とここで別れて、茉奈お嬢様と霧香先輩と一緒に楽しめるという真似を素直にする事にも抵抗というものを覚えてしまった僕は、ついつい彼女に対してとある提案をした。
「女性1人で帰るのは流石にアレですし、宜しければ一緒に帰りませんか?」
――そんな言葉を放ってしまったと同時に、辺り一面の音という音が消えた。
いや、正確には外を歩く人間による生活音だとか、そういうモノは聞こえてくるのだけれども、それでも痛いぐらいの静寂が辺りに満ちた錯覚さえ覚えてしまった。
その原因は一体全体何なのだろうか……そう思って水無月潤を見つめるものの、彼女はとても意外だと言わんばかりにぽかんとした表情を浮かべており、何度も瞼の開け閉めを繰り返していた。
それでは茉奈お嬢様と霧香先輩はどうなのだろうと彼女らの表情を拝見しようとして見ると、茉奈お嬢様はと霧香先輩に至っては小難しそうな表情を浮かべている始末であった。
「……フ。唯お姉様が言うのなら別に構わない。それはそれとして私とのラブホテルでの1日が文字通りの帳消しにされてしまったわね」
「え? 霧香先輩?」
「唯。ちょっとこっち来い」
「え? 茉奈お嬢様?」
未だに状況を飲み込めていない僕であったのだが、茉奈お嬢様がいきなり僕の手を掴んでは歩き出す。
まるで、霧香先輩と水無月潤からある程度の距離を取らねばならないと言いたげな茉奈お嬢様の表情と緊迫感を前にして、僕はされるがままにお嬢様に手を引っ張られた。
「よし、この程度距離を取れば大丈夫だろう」
「……あの、僕、何か不味い事を言いましたかね?」
「あぁ、言ったな」
「そんなに僕が水無月さんを送るのが不味いのでしょうか?」
「君な、自分の立ち場を少しは思い出したまえよ」
少々納得のいかなかった僕であったけれども、茉奈お嬢様にそう言われて素直に自分の立ち場というモノを思い返すことにした。
僕は百合園女学園の寮母。
うん、この一点は別段問題ない。
僕と水無月潤は先輩後輩の間柄。
うん、特にこちらも問題はなさそうだ。
僕の女装事情を水無月潤は知らない。
うん、これも然程問題はなさそうだけど。
だって、送るだけなのだから素性がバレる心配性なんて学園生活に比べれば少なすぎるほどだ。
「いくら何でも鈍すぎるだろう、君。いや、そこが君の良い所なのだろうがね」
「えっと、本当に何が問題なのか分からないのですけれど……?」
「唯。君は学内3大美女だろう」
「認めたくないですけれど、なんか勝手にそうなっていますね」
「そして、君はいたいけな女子生徒たちの性癖を破壊する人間だ」
「全然違いますけれど」
「否定したい気持ちは分かるが、君のファンクラブが証拠になっているだろう」
「……むぅ。それはそうかもしれませんけれど」
「どうしてそうも水無月さんの性癖を壊そうという真似を無意識のうちにやってしまうんだ君は。私も君にそう言われたら胸の中がキュンキュンするに決まっているだろう」
ようやく話が見えてきた。
どうやら茉奈お嬢様と霧香先輩は僕が水無月潤の性癖を壊さないかどうかを危惧している様子であった。
「いやいや、水無月さんとはこうして外食するまで一緒に図書室で過ごして、彼女が書いた脚本を見せて貰う程度の友人、そう友人ですよ」
「自分が書いた創作物を褒める真似だとか十二分に頭を壊させる内容だと私は思うのだが」
「まさか。水無月さんは脚本家なんですから、僕なんかが褒めたところで然程影響力はありませんって。それに先輩後輩とはいえ、学園で言う所の姉だとか妹だとか、そういう関係性でもないんです。それは今までの水無月さんの態度からでも分かるでしょう? 考え過ぎですよ茉奈お嬢様」
僕がそう力説して見せると、茉奈お嬢様にも思い当たる節があったのか、苦虫を嚙み潰したような表情をしてみせた。
「……まぁ、こんな遅い時間に我が学園の生徒を帰らせるのも風聞が悪くなるであろう事は確かだろうが……」
僕の共犯者としての立ち場と、理事長代理としての立ち場に板挟みされたお嬢様は苦々しくそんな言葉を口にしたのだが、それでも彼女は最後には理事長代理としての立ち場を優先させた。
「うん。渋々だが。本当に渋々だが。君には水無月潤が無事に帰れるように護衛を頼むとするとしようか。とはいえ、夜道に君を行かせるのも私個人としても大変に嫌なので、行きも帰りも君はタクシーを使うように。費用は……そうだな、この万札を使うように」
「ちょっ、10万円……⁉ これは流石に高すぎますってば! そんなに心配しなくても大丈夫ですよお嬢様。この時間帯ならもうちょっとしたらセールでお野菜とお肉が安くなりますので、水無月さんを送るついでに途中でお買い物もしてきますね」
「……本当に大丈夫かなぁ……」
◇
「……ふふっ、まさか菊宮パイセン……いえ、お姉様と一緒に帰れるだなんて……」
「フ。どうしたの潤。とっても幸せそうに笑って。そんなに唯お姉様と一緒に帰るのが楽しみなの?」
「それはそうに決まっているでしょう、部長。いくら私が推しを遠くから眺める専門でありこちら側から接近しない主義とはいえ、向こうから接近するのでしたら私はそのおこぼれに預かりますとも」
「フ。でも忘れていないでしょうね? 菊宮唯お姉様好き好き大好きクラブの鉄の掟」
「お姉様に触れた人間は東京湾。まさかそんな簡単な事をこの私、菊宮唯お姉様好き好き大好きクラブの副会長が忘れる筈がないじゃないですか。それに私はお姉様にキスしたいと思っても、ちゃんと我慢が出来るいい子なんですから、ね? 心配御無用ですよ」
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