第19話 トレージュの窮地

 トレージュは、わたしの目を盗んで、コッソリ出かけてしまうことが増えている。

 とはいえ、ちゃんとヘイル侯爵家の馬車を使って移動しているし、魔法師に訊けば出先に手紙を送っているときは場所を知ることができた。

 

「わたしが付け回すのには無理があります……」

 

 トレージュを追いかけるようにしてウルプ城へと来たとき、わたしはグレクスへと溜息まじりに告げる。

 

「そうだろうな。しばらくロイトロジェに頼むか。彼なら多少、魔法が使える」

「よろしくお願いします。ヘイル家にいるときは、見張りますから」

 

 第一執事のロイトロジェは、トレージュに目立たず外れない小さな魔法具を髪につけたようだ。居場所を探しやすくなるらしい。だが確実ではないので、基本的には少し離れて実際に姿を追うらしい。

 お陰で少しだけ安堵できた。

 

 記憶の中から見つけたのは、シーラム・ルソケーム侯爵と共にアンナリセが以前関わってたのは奴隷売買だったということ。多少なら傷をつけても問題ない、と、侯爵に言われアンナリセは嬉々として肉体的に虐めるのを楽しんでいた。

 

 今回、堕天翼が関わっているらしいが、黒幕はシーラム・ルソケーム侯爵だろう。奴隷としてではなく、遊郭などに売る形になったのは、堕天翼バシオンのは娼館や遊郭だからに違いない。

 元のアンナリセなら傷物にするなと言われれば文句を言ったろう。

 

 関連の思考のせいで、記憶が自然にひもとけてしまうときがある。アンナリセは、堕天翼バシオンの主催する賭けに興じていた……らしき気配。極秘の催しのため、記憶は厳重に封じられていた。

 

 グレクスに、これ以上記憶を覗くなと釘を刺されていたので、わたしは封じを解きはしなかった。

 

 

 

 堕天翼バシオン主催の賭けでは莫大な金が動く。堕天翼の資金源だ。

 だが、それはライセル小国の力で封じられた。

 ずっと天空人という特殊な者たちを使っての賭けを行っていたようだ。今は、天空人を手に入れられないため、賭けは開催していない。

 

 その辺りの知識は、わたしが王宮神殿の巫女として勤めていたときに報告を聞いたのだろう。神殿巫女ルナシュフィは【仙】であり、神殿にはすべての情報が届けられる。どんなおぞましい内容でも、知っておく必要があるからだ。

 

「堕天翼は、ライセル小国の魔法に破れ、主城を失ったようです。ですが、全国に根城がありますし、ウルプ小国の領地内でも賭けを行っていたようです」

 

 わたしは、自分の記憶から断片の情報を見つけるとグレクスに報告した。

 王都・王宮へと集約される知識は、ユグナルガの小国のうち【仙】が統べる領地には迅速に情報として回る。だが、それ以外の小国は、王宮まで出向いた折りにのみ情報を得ることが可能だ。

 

 今、堕天翼は『黒翼結社』という名でウルプの国営を騙り、都の娘をさらったり、貧困の親から買い取ったりして数を揃え遊郭に売ることに専念している。賭けの場を開催できない代わりの資金源だろう。

 

「そうか。実害がウルプ小国の領地内ででる可能性がある。王都の情報を開示させよう」

 

 グレクスは家令へと命じ、ライセル小国からの情報を取得させた。問い合わせがあれば、王都・王宮は迅速に対応してくれる。その際、やりとりは魔法に類する力を使用するため、互いに本当に迅速なのだ。

 

 堕天翼バシオンは、闇の力を行使するとのこと。

 そういえば、催眠と媚薬に特化するような力らしいと、聞いた記憶がある。天空人を逃がさないための魔法具を使っていたらしい。と、

 天空人に有効な魔法具は、天空人以外にも効くのだろうか?

 

 

 

「申し訳ございません。トレージュ様の手がかりが消えましてございます」

 

 第一執事のロイトロジェが、グレクスの傍へと駆け寄り告げる。丁度、わたしはグレクスと庭園を散歩している最中だった。

 

「なんだと? どこで手がかりが消えた?」

 

 グレクスも、予期はしていたろう。ウルプ城に監禁でもしない限り護ること難しい。だが、トレージュがなぜ狙われているか、その理由は本人には告げられない内容だ。

 

「……ああ、やはり……」

 

 トレージュは案じていたとおり、あっさりと拐われてしまった。

 わたしは、目眩めまいを感じくずおれそうだったが、必死でしっかりと立ち姿を保つ。身体のふらつきを察したか、グレクスが腰を抱き寄せてくれた。

 

 ロイトロジェを責めるつもりはない。シーラム・ルソケーム侯爵が組んだのは、堕天翼バシオン。普通の魔法とは別種の異能を使う。

 

「シーラム・ルソケーム侯爵に呼び出されたに違いありません。ただ、侯爵城ではなく港の方向へとトレージュ様は馬車を乗り換えて向かったようです」

 

 その途中で、プツりと、魔法具の反応が消えました、と、言葉が足された。

 『黒翼結社』は、ラテアの港街を活動の拠点にしている。それは、仕入れた者たちを、船に乗せて運んで売るためだろう。さすがに、ラテアの都で売るような真似はしないはずだ。

 

「船の出入りを停止させることはできませんか?」

 

 わたは無理は承知で訊いた。海洋で栄えるウルプ小国だから、一日の帆船の出入り数は凄まじい。流れを止めたりしたら、港も海路も大混乱になるだろう。

 

「嵐でも来ないことには、止める手立てはないな」

 

 グレクスは苦渋な表情で呟く。

 となれば、トレージュが乗せられた船が出航するまでに探さねばならない。

 

「トレージュにつけた魔法具の反応は無いのですね?」

 

 そうです、と、ロイトロジェは応えた。

 堕天翼バシオンの異能的な力で包み込まれてしまったのだろう。

 アンナリセの魔法で探せないかしら?

 

『何か方法はない?』

 

 わたしは水関係の魔石へと問いを向けた。

 

『アンナの撒く水には、清めの力がある。闇の力に反応する』

『港で水を撒くの?』

『泥のときのように薄く、霧のように撒けば良い』

 

 わたしの表情が、くるくる変わるのをグレクスは見ていた。

 

「何か、探すための方法が見つかったのか?」

 

 魔石との会話が済んだところで、グレクスは訊いてくる。

 

「霧のように水を撒くと、闇の力に反応するそうです」

「良し。急いで港に行こう」

「馬車では間に合わないかもしれないです」

 

 ラテアの都は広い。そして港街はウルプ城からは相当な距離がある。神獣の馬車でも、そこそこ刻がかかってしまう。

 

「私の転移では、三人は無理です」

 

 ロイトロジェの言葉は、わたしひとりなら連れて行かれるということを意味していた。

 

「では、ロイトさん、わたしを連れて港へ転移して。グレクスさまは、騎士方々を連れて急いで馬車で」

 

 グレクスの腕からすり抜け、わたしはロイトロジェへと寄る。

 

「まて、それは危なすぎるぞ、アンナリセ!」

「猶予はないです。先に探していますから」

「私が御守りいたします」

 

 ロイトロジェは、そう告げ、グレクスへと深く礼をすると即座にわたしを連れて転移した。

 

 

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