第2話 俺の悲しみはバーガー程度かよ

 屋上から教室へ戻ると、どうやら他の生徒たちは帰ってしまったようだ。まあ、午後に授業があるわけでもないし、当たり前だよな。


 窓際、前から三番目――ふと、仲里なかさとさんの席が目に入る。


はるっ!」


 彼女の席をボーッと見つめていると、俺を呼ぶ声がした。このあだ名を使うのはあいつしかいない。


 入り口のほうへ目をやると教室に入ってきたのは、やはり砂川涼太すなかわりょうただ。両手をポケットに突っ込み、俺の前にやってきた。


 彼は特別、顔立ちが良いわけでも悪いわけでもないが、女子にモテる。


 身なりにも気を使うし常に流行りを追っていて、今もヘアスタイルを清潔感のある、なんとかショートとかいうものにしているようだ。


 多分、砂川のような奴を、世間では雰囲気がイケメンというのかも知れない。


 ちなみに俺が屋上で仲里さんに告白したことを知っている唯一の人物だったけれど、真宮さんに知られてしまったので、そうでは無くなってしまった。


「砂川、お前まだ帰っていなかったのか……」


「なんだよ。人が慰めてやろうと、まっていてやったのに」


「いや、教室いなかったし」


「トイレだよ、トイレ。春のために漏らせというのか?」


「そうしてくれ」


「酷い。そんなんだからフラれるんだぞ」


「決めつけるなよ」


「なら、成功したのか?」


「うっ、そ、それは……」


「まあ、なんだ……どんまい」


 砂川は言って俺の肩をポンポンと、やさしく叩いた。口調は軽いが、彼なりに気は使っているのだろう……たぶん。


「春、このあとバーガークイーンに寄っていかねえか? お前の悲しみをチーズダブルのバーガーで癒してやる。いいだろ? 奢るからさ」


「俺の悲しみはバーガー程度かよ……気持ちは嬉しいけど、今日は妹と昼飯を食べにいく約束をしているんだ」


「そうかぁ、なら仕方ねえな。オレも果奈かなちゃんみたいな妹が欲しいぜ」


「お前は妹に幻想を抱きすぎだよ」


「そうかぁ? まあ、果奈ちゃんに慰めてもらうんだな」


「ハハ……」


「オレは昼飯にバーガー食っていきたいからさ、途中まで一緒に帰ろうぜ」


「そう、だな……帰るか」



 砂川と一緒に校舎を出ると、バーガーショップまで他愛もない会話をして別れ、俺は家路に就く。


 彼には悪いが妹と昼飯を食べる約束なんてしていない。今は、あまり仲里さんのことを触れて欲しくない気分だったんだ。


 そういえば、果奈の中学校も明日から夏休みだったな。どうせ兄同様、一人者だろうし、どこか遊びにでも連れて行ってやるか。


 しばらく歩くと、遠くからでもわかるくらい無駄に大きな戸建てが見えてきた……あれが我が家だ。


 たしか果奈が小学生くらいのときに引越してきたが、妹と二人だけで住んでいるみたいなものだから、あの広さはなかなかに持て余す。


 母親は仕事の都合で家には殆ど帰ってこないし、父親は家を出て行ってしまった。


 果奈はときどき父親に会っているようだが、俺は中学生になったときくらいから顔を見てはいないし見たくもない。


「ただいま……ん?」


 玄関ドアをあけると、妹の靴のとなりに見慣れない茶色いローファーが並んで置いてある。


 果奈の友達でも来ているのだろうか? それならそうとスマホで教えといてくれたら良かったのに。


 挨拶だけでもしておこうかと思い、話し声の聞こえるリビングへ足を運ぶ――と、そこには真宮葵まみや あおいがソファに座りながらゲームで遊んでいた。

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