第26話 敗戦処理と副作用


 文化祭の翌日から、イベント妨害の主犯である元取り巻き女子一号こと進藤理子は、登校してこなかった。

 全校生徒の環視の中であれだけやられたら、きっと俺なら立ち直れない。

 もう一人の犯人、テニス部の一年生もあれ以来高校に来ていないと、加瀬くんが言っていた。


「星野くんたちも、回復してよかったよね」

「ありがとうでござる、加瀬どの」


 キモいマンズの三人は、二日ほどで下剤の効果は消えたらしく、


「女子に甘いものをもらって、浮かれていたでありんす」


 と、なぜか花魁おいらんにジョブチェンジしている奴もいた。

 ついでにいえば、キモいマンズの三人は、クラスの中に溶け込みつつある。

 ま、ぜんぶ加瀬くんと杜若かきつばたのおかげだな。


「……我は知っているでござる。田中どのが加瀬どのに、我らのことを頼んでくれたのだろう?」

「頼まれたというか、変だけどいい奴らだよ、と言われただけさ」

「ひどい、たしかに変だけど、ひどいでござる!」


 キモいマンズの三人と加瀬くんは、笑顔で軽口を叩いている。

 これはやはり、こういうやり取りをクラスで見せている、加瀬くんの力だな。




 さてさて。

 杜若かきつばたと俺は──半ば公認カップルのような扱いをされている。

 当然、来月の修学旅行も同じ班になり。


「はは、よろしくね」


 なぜか王子さま加瀬くんとも同じ班になり。

 まあ、それなりに平穏に過ごしていた。


「……どこが平穏、なのだろうね」

「は? 平穏だろ。誰も争い事を起こしてない。実にピースフルじゃないか」


 はて。加瀬くんが、おかしな発言をする。


「田中と杜若かきつばたさん、まだ付き合ってないんだって?」


 そうそう、ついに加瀬くんに呼び捨てにされ始めました。


「今はどうでもいい。先に呼び捨てにしたのは田中だし。それよりも、だ」

「はい幸希こうきくん、あーん」


 うるさいなぁ加瀬くんは。

 お昼ごはんの時間ですよ、今は。


「それだよ、それ。付き合ってないのに、なんで当然のごとく、あーんとかしてるんだい」

「……幼馴染、だから?」

「私は、みんなの前で告白しちゃったし」

「あやめの告白、あれで何回目だっけ。いちばん心揺れたわ」

「お、もう少しで陥落かな〜」

「まだだ。まだ耐えてみせる」


 耐える必要あるのかよ、と加瀬くんが豊かな表情筋で語りかけてくる。

 あるんだよ。まだ、な。


「ほら、また他のクラスの生徒が二人を見物に来てるから!」

「え、加瀬くんを見に来たんじゃないの。イケメンだし、王子さまだし」

「加瀬くん、人気者だからねー」

「……二人の世界なのか現実逃避なのか、非常に判断に困るよ」


 呆れ顔の加瀬くんを、俺が笑う。

 それを見てキモいマンズ、青木と星野が笑う。

 クラスの連中も、ようやくこれが日常の一部と認めて、或いは諦めてくれたらしい。

 不意に、教室の扉が開く。

 ていうか田端先生、ラーメンのどんぶり持参で教室にくるのはちょっと。


「よう、幸希こうきくんに、あやめちゃん」

「おっす、田端先生。またぼっち飯っすか」

「そうなんだ。私も一緒していいかな」

「もちろんです先生」


 俺たちの机に、ラーメンどんぶりのスペースが作られる。

 それを見ていた加瀬くんが、さらに呆れる。


「……先生も、二人を注意しないんですね」

「この二人は私の友だちだからなー。友だち同士が仲良しなのは、良いことだろう」

「なんかこの高校の将来が不安になってきたでござる」

「以下同文でありんす」


 キモいマンズまで呆れ顔だ。


「それに、いずれ二人が結婚しても、私とは友だちでいてくれるらしいからな」

「当たり前じゃないですか」

「そうそう、俺らズッ友ですって」


 おや。田端先生の目尻に、光るものが。


「というか、コイツらも友だちでしょうに」


 俺が視線を送ると、キモいマンズの青木と星野が強く頷く。


「……今度みんなでラーメン行こう、私の奢りで!」


 加瀬くんは、特大の溜息を漏らした。

 とまあ、一部の異論反論はあるものの、軒並み平和です。


 めでたし、めでたし。



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