虫除け令嬢は薬学博士に捕われる
一花カナウ・ただふみ
第1話 王都での厄介な事件
王都で厄介な事件が起きている。
舞踏会帰りの令嬢が媚薬漬けにされた上で犯されるという事件である。強盗も厄介ではあるが、ここのところ続いているのは女性を狙った卑劣なものだ。
媚薬の効果は数時間から数日にわたり、薬が切れると禁断症状もあらわれるという厄介ぶりで、処置をしないと日常生活を送れなくなってしまう。犯人の確保が急務である所以だ。
「――という話なので、フロラン博士のところにも相談が行ってないかと思いまして」
王都で評判の調香師である私は香水を作るのに必要な学問を学ぶため、薬学博士であるフロランに師事している。今日は新作香水の相談ではなく、暴行事件の犯人を突き止めるためにフロラン博士の研究所を訪ねていた。
フロランは眼鏡に触れて、ふぅと大きく息を吐き出した。
「捜査協力を求められたことは明かしておくけれど、詳細を外部に漏らすような僕ではないよ」
「私はフロラン博士の助手じゃないですか! 身内ですって」
「僕が君に協力を願うなら身内扱いだろうけど、巻き込むつもりはないからね」
「私の鼻は役に立つと思いますけど?」
私は他の人よりも鼻が効く。微かな匂いにも敏感で、香水に使われている原料が何なのかは仕事柄もあってすぐに答えられる自信があった。
私が胸を張って告げれば、フロランはまた大きく息を吐き出した。
「じゃあ、忠告がてら君に情報をいくつか与えようか」
「はい!」
「今回使われている媚薬は、噴霧器で使うものと錠剤の二つある。噴霧器で使うものについては女性により強く反応が出るということがわかっている。男性には効き目が薄いということだ。錠剤は中毒性が高く、禁断症状も出る厄介な代物だね。効果は長期にわたると僕は結論を出した」
「ふむふむ」
「だから、君は関わらない方がいい」
さあ帰れと手を振られてしまった。私が動かない意志を示せば、彼は私の肩に両手を置いてくるりと回転させる。
「君の出番はないよ、シュザンヌ君」
「別に私、正義感から首を突っ込んだんじゃないんですけど!」
「君に正義感があろうとなかろうと、野次馬根性だろうとなかろうと、君は手を引くべきだ」
「待って、博士。正直、犯人はどうでもいいんですけど、被害者の御令嬢のみなさん、ウチの香水の常連なんですよ! 全員が全員!」
これまで五人の被害者が出ているが、その五人とも私の店の常連なのだ。それも相当贔屓にしてくれているお客さんである。彼女たちが寝込んでいる今、私の店の売上は鈍っている。
フロランの押す手が弱まった。
「事件を知ったのも、うちの店に出入りしている客か店員の中に犯人がいると疑われているからなんです!」
「……なるほど」
「媚薬を隠し持っているんじゃないかって疑われたし、しばらく店を閉めているように命じられるし、散々なんですよ!」
「確かにそれは厄介だね」
「じゃあ、私も協力させて――」
「それとこれは別の話だ」
研究室の扉まで追いやられてしまった。
「なんで」
「君には向かない捜査だからだ。もし囮が必要になれば、あらためて協力を依頼しよう」
扉が開いて、ほいっと外に出されたかと思えばガシャンと閉められてしまった。
「ちょっ⁉︎ フロラン博士ってばあ!」
何度も扉を叩くが鍵は開けてもらえず。研究所の警備員に声をかけられてしまい、私は渋々帰ることにしたのだった。
*****
首を突っ込むなと言われたが、私にも生活がある。
お見舞いと称して情報収集をした結果、仄かに残っていた匂いに共通するものがあるのはわかった。わずかな香りを見逃さない私であるが、ちょっと気分が悪い。
とはいえ、匂いを覚えたからには犯人が持ち歩いているだろう噴霧器なりハンカチなりから漏れ出た匂いを感知できるはずである。
それに、話を聞いた限りではみんな同じ人物とやり取りをしているように感じられた。彼女たちは流行の最先端を意識したドレスを身につけ、化粧を施すことに情熱を注いでいる。犯行当時に身につけていたドレスは似たような奇抜なデザインであり、流行の仕掛け人とやり取りしていただろうことが窺えた。
流行を押さえるにしても、貴婦人のドレスはオーダーメイドなので最新型を取り入れるには時間がかかる。舞踏会期間が始まったばかりで最新型の、それもそこそこ珍しいデザインのドレスを取り入れるには、舞踏会シーズンが始まる前に準備せねば間に合わないわけである。
あのデザインを考えそうな人物って一人だけなのよね……
被害者たちが揃って犯人の特徴を覚えていないのは犯行現場が暗がりであること、犯行中一切喋らない慎重さを持ち合わせていること、そもそも媚薬で酩酊状態であり記憶に残らないからとのこと。
とりあえず、今夜は舞踏会に参加して、彼が関係していないか調べておくか……
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