卒業って?
A町にある紅茶の美味しいカフェ。
まるで外国にあるような三角形の小さな家は、内装も家庭的で落ち着くため悟と会うときやデートの帰りは良く訪れていた。
隠れ家のような小さな店内で紅茶を飲みながら二人で色々なことをリラックスしながら語り合う。
それは私にとって本当に心の支えとなる時間だった。
そんな店内でジャスミンティーを飲みながら悟と向かい合っていた私は、緊張感のせいかやたらと視線を店内のアチコチに動かしていた。
私が着いてから10分後にやってきた彼の固い表情を見た途端、私が期待していた
お互い無言で紅茶を飲んでいた妙に長い時間の後、悟は深く息を吐くと彼らしくないボソボソとした感じで言った。
「率直に言うよ。別れよう」
「そう……分かった」
予想もしていなかったけど、まるで覚悟していたようにすんなりと受け入れた自分に驚いていた。
あれ? 私、ショックじゃ無いの?
悟は私のアッサリした反応に少し目を見開いたが、すぐに早口で話し始めた。
まるで私が心変わりする前に終わらせようとするかのように。
「回りくどく言うのは
一気に話すと、紅茶をグイッと一気に飲んだ。
彼も緊張してるんだろうか。
それとも後ろめたさ?
「君は色々あって今の店で落ち着いてる。でも、そこから卒業できるのがいつになるのかな? 僕は今一番大事なときで、突っ走りたいんだ。彼女になる人と一緒に。だから……君も君のペースに会わせてくれる人を見つけた方がいい」
そこまで言うと彼は軽く息をつき、一仕事終えたように一緒に頼んでいたクッキーを口に入れた。
仕事か……
彼にとってこの場は「ひと仕事」だったのかな?
私は「安らぎ」だと思ってたのに……
彼はしゃべり終えたようで、私をチラチラ見ている。
まるで「言いたいことがあるならどうぞ。それで終わりにしよう」とでも言うかのように。
でもこんな空気で何を言うんだろう。
でも、私は驚くほど自然に言葉が口から
「分かった。でも……ちょっとだけ訂正させて。私にとってあのお店の生活は卒業するものじゃない。新しい居場所なの」
「そうなの? でも、前にラインで『給料は全然出ないけど』って言ってただろ」
「お金じゃ無いの。食事は出してもらえるし、いずれお客が入るようになるまでは……」
「それは30近い大人の発想じゃない。お金じゃ無いって言葉良く聞くけど、じゃあその人の足りない分のお金は誰が出してる? 親や夫、奥さんだろ? それをよしとするのは違う」
「私は誰にも甘えない。自分で何とかする。でもさ、聞くけど人っていつも立ち向かってないと行けないの? いつも歯を食いしばってないといけないの? 辛いことから離れることは逃げてることで、いつか卒業しないと行けないの? 自分の心が一番安らぐ場所や人と過ごす事。それだけでもいいんじゃないの?」
つまらなさそうな表情を向ける彼に向かって続けた。
「お仕事ってその人が幸せな生活をするためのものでしょ。そのためにお金が必要だからお仕事する。自分の人生や生活を犠牲にして守る物じゃ無い」
「何? 僕が自分を犠牲にしてるって言いたいの?」
「そうじゃない。あなたは今の走り続ける生活に幸せを感じてる。それは素晴らしいと思う。でも、私はそうじゃない。今まではそうだと思ってた。ううん、思ってると信じ込んでいた。今は違う。私はもっとゆっくりと静かに生きていたい」
「うん。有り難う。それを聞いて思ったけど、やっぱり僕らは別れた方がいいな。今日、話せて良かったよ」
そう言って悟は席を立った。
「ここは僕が払うよ。お金、ないんだろ?」
その言葉は私の胸にトゲのように刺さり、鈍い痛みを与えた。
言葉の内容では無い。
まるで会って数日の他人に対するような感情の乏しさだったから。
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