第12話 魔力強化

「——魔力?」


 パンドラからの提案に、素で返事を返してしまった。


 周りの歓声が大きかったこともあり、誰も俺の声に気づいていない。


 パンドラが頷く。


「ええ。あなた様の中にはパンドラが宿っています」


「その例えはやめろ」


 なんか如何わしい話に聞こえるだろ。


 たとえ俺しか聞いていないのだとしても。


「……とにかく、魔力がたくさんあります」


 どこかパンドラの声は投げやりになっていた。


 それでも説明はしっかりしてくれる。


「その魔力を使って、ちょうどいいので実戦を経験しましょう。あのみすぼらしい騎士に、誰に逆らったのか教えてあげなければ」


「まるで殺す気まんまんみたいだな」


「殺しても構いませんよ。パンドラは」


「大問題だ、馬鹿」


 父の前でコーネリウス公爵領を守る騎士団の団長を殺せるか。


 それに俺がドン引きされるだろ。相手を負かすのと殺すのでは天地ほどの差がある。


 ……だが、パンドラのアイデア自体は悪くない。採用しよう。


「しかし、悪くないな。魔力を使うというのは」


「でしょう?」


 モールスも何でもやっていいって言ってたし、ここは意識を集中させて——体内から魔力を練り上げる。


「どうしました、ヴィルヘイム様。来ないのですか?」


「いま集中してるところだ。お前は黙って見ていろ」


 まだスムーズに魔力を練り上げて制御することはできない。わずかな時間、その場に留まる必要がある。


 そのための時間を要求し、モールスは命令通りにただ静かに俺の動きを待った。




 約十秒後。


 俺の体に魔力が巡る。


「——よし。待たせたな、モールス。行くぞ? 準備はいいか」


「ッ! ヴィルヘイム様からただならぬ気配を感じますな……もしや、これは……」


 答え合わせなどしない。その言葉を持ってOKの代わりとする。


 俺は全身の魔力を制御し、身体能力を底上げして地面を蹴った。


 世界が霞むような速度で前に走る。一瞬にしてモールスとの間にあった距離を詰めた。


「くっ!? やはり——魔力!」


 正解だ。


 齢10歳の子供が、一足で五メートルほどの距離を潰すには奇跡の恩恵が必要になる。


 その正体こそが魔力。


 だが、本来、魔力の使い方を学び始めるのは12~13歳。


 まだ体内の魔力が完全に現れていない状態で魔力を操ろうとすると、体にとんでもない負荷がかかる。


 だから、モールスは油断した。まさか俺が魔力を使うわけがない、と。


 その隙を突いて木剣を振り上げる。


 そのまま勢いに任せて木剣を振り下ろした。


 鋭い一撃が、モールスの頭上から迫る。


「なんのぉっ!!」


 ガツンッ! とお互いの木剣がぶつかり合う。


 ——モールスの奴! 俺の動きを見てから防御を間に合わせやがった!


 さすが騎士団長。不完全な状態で、身体能力を上げるのは間に合わないと判断したのか、わずかにモールスの木剣から魔力の気配を感じた。


 あの一瞬で、木剣が砕かれないよう魔力でガードしたらしい。とんでもない判断能力の速さだ。


 割とモールスのことを舐めていたが、騎士団の団長を任せられるほどの技量を持っていた。


 そのことに驚きながら、——俺はさらに魔力を注ぐ。


 この一撃が防がれては確実に勝負に負ける。相手が魔力を完全に出し切れば、俺の不完全な制御能力ではパンドラがいても勝てない。


 だから、全力を一撃に込めた。


 木剣の周りにわずかに漆黒の魔力が現れ、それを見たモールスが驚愕に目を見開く。


「こ、これは!? なんという濃密な魔力……!」


 さらに魔力の放出量を上げて木剣を強化しようとしたモールス。


 その制御が完了する直後に、——それは起こった。


 ぴしり、とかすかな音が聞こえる。


 その音は徐々に大きさを上げていって、やがて、——バキィィッン!! という乾いた音を立てた。


 モールスの木剣が折れた音だ。


 半分ほどがぽっきりと砕け、どさりと鈍い音を立てて地面を転がる。


 俺の刃は止まり、モールスも折れた木剣の先を見ながら沈黙する。


 すべての音が一度完全に消え去り、しばらくしてから——、




「————!!」


 爆発するかのように沸いた。


「す、すげぇ! ヴィルヘイム様がモールス様の木剣をへし折ったぞ!?」


「あの歳で魔力が使えるなんて……天才!?」


「ばっか! 天才なのはわかってたことだろ!?」


「それにしたって……ありえないわ!」


 誰も彼もが称賛と驚愕、信じられないと言わんばかりに言葉を紡ぐ。


 そんな中、折れた木剣を握るモールスが震えていた。どうしたのかと思った途端、


「ヴぃ——ヴィルヘイム様ああああああ!!」


 地面を蹴ってモールスが接近してきた。


 折れた木剣を放り捨て、両手で俺の手を握り締める。


 ——いたたたたた!? なんつう馬鹿力で握ってやがる! 離せ! 折れるだろ!?


 内心で絶叫しながら手を引っ張るが、ゴリラの腕力と握力には勝てない。まったく、これっぽっちもビクともしなかった。


「素晴らしい! 本当に素晴らしい! まさか10歳にしてこれほどの魔力量を操り、制御してみせるとは!! 王国始まって以来の天才でずぞおおおおお!」


「だあああ! うるせぇ! 耳元で叫ぶな!!」


 感極まって抱きしめてくるモールスの顔を押し出しながら、周りでは狂喜乱舞の様相が展開されていた。


 なんなんだ……これ。誰か収拾をつけてくれ!!


 俺の叫びは、虚しくみんなの声にかき消された。

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