第6話 メイドの疑問

 コーネリウス公爵家のメイド、ロキシー。


 彼女は、ヴィルヘイム・フォン・コーネリウス専属メイドだった。


 年齢は今年で22歳。


 ちょうど5年ほど前にヴィルヘイムの専属メイドに決まった。


 採用された当初は、ヴィルヘイムの専属メイドになることが不安だった。


 なにせヴィルヘイム・フォン・コーネリウスと言えば、超が付くほどの傲慢でワガママな子供だったのだから。


 コーネリウス公爵ですらかなり黒い話を聞く。


 その親に甘やかされて育てられた子供が、まともなはずがない。




 ——実際、ヴィルヘイムという人物はまともではなかった。


 噂に違わぬ傲慢っぷりを初日に見せてくれた。


 初日からロキシーは心が折れそうになったが、せっかく公爵家というバラ色の人生が約束された家で働くことができるのだ。


 彼女は心がバキバキに折れるまでは頑張ろうと決意した。




 そして、気付けば5年もの歳月が経っていた。


 最初こそヴィルヘイムの言動におっかなびっくりしていたロキシーも、下手に反抗的な態度を取らなければ問題ないと気付く。


 気付いてしまえば難しいことではない。


 ヴィルヘイムを見守りながら、自らの心を殺してお世話をする。


 これで何事もなく5年間、しっかりと仕事を勤めてきた。




 ——そんなある日。


 急に。本当に何の脈絡もなく、——ヴィルヘイムがおかしくなった。


 口調や素振りこそ普段のヴィルヘイムだが、その日はなぜか鏡に頭突きでもしたのか、頭から血を流しているところを見かけた。


 自室の鏡が割れていたので間違いない。


 理由を訊いても、


「ただの特訓だ」


 としか言わなかった。


 そんな特訓あるわけがない。何かを隠しているのは明白だ。


 しかし、それを訊くような真似はしない。




 ……が、ヴィルヘイムの異変は続く。


 今度は外出がしたいと言い出した。


 目的地は、コーネリウス公爵領にある北の山脈。


 鉱山でもないただの山脈に、一体10歳の子供が何の用なのか。


 ロキシーは久しぶりにヴィルヘイムに興味を抱いた。


 興味を抱いて、本人に直接訊ねるが——当然、まともな返事はくれない。


 元から秘密主義者でもあったヴィルヘイムは、「とにかく浄化の施された短剣を持って玄関に集まれ」とだけ命令した。


 ここでさらに疑問が増える。


 浄化の施された短剣——それは、教会でしか手に入らない特別な武器だ。


 街の外にいる魔物や、悪しき存在を祓うために使われる神聖な道具で、基本的に護身用に一本は購入が推奨されている。


 だが、推奨されているだけで別に使ったりはしない。


 割りと高価だし、普通の武器でも魔物は倒せる。


 だからコーネリウス公爵家の倉庫に保管してあったそれを持ち出すのは、別に問題があるわけじゃない。


 問題があるとしたら——その用途。


 ヴィルヘイム曰く、「因果を断ち切りにいく」とのことだ。


 ロキシーには何を言ってるのか理解できなかったが、クビにされたくはないので大人しく指示に従った。


 そして、準備を済ませて護衛の騎士と共に馬車で北の山脈に向かう。




 北の山脈は人のいない魔物の領域だ。


 街の外なので当たり前だが魔物が出る。


 そのため、護衛の騎士たちは最大限の警戒をしながら山を登った。


 すると、しばらくして不自然に開いた穴を見つける。洞窟というやつだ。


 なんだか嫌な予感がしたロキシーとは裏腹に、ヴィルヘイムは嬉しそうに一度笑うと、その洞窟の中に平然と進んでいった。




 そして出会う。


 奥で倒れるひとりの少女と。




 物語に出てくるような幻想的な容姿の少女が眠っていた。


 洞窟なのでベッドはもちろん家具のひとつもない。


 ロキシーや護衛の騎士たちにはとても不思議な光景だったが、ヴィルヘイムだけは違った。


 浄化が付与された短剣を鞘から抜いて、ゆっくりと少女に歩み寄る。


 このとき、ロキシーたちは反応が遅れた。あまりにも不自然な光景に、あっけに取られてしまった。


 その間にヴィルヘイムは少女の前に立ち、やや腰を曲げて——短剣を振りかぶった。




 気付いたときには遅い。高らかに掲げられた銀色の短剣は、真っ直ぐに少女の心臓を貫く。


 即死だ。間違いなく少女はヴィルヘイムに殺された。


 口から垂れる血が何よりの証拠だった。


 ロキシーや護衛の騎士は当然困惑したが、このあと更に驚くことになる。




 殺されたはずの少女が動いたのだ。


 血を流しながらも笑みを浮かべて立ち上がった。




 ——ロキシーが覚えていたのはここまで。そこから先は、彼女が発した魔力により、すぐに意識を失った。




 ▼△▼




「……ん、んん?」


 深い夢の世界に落ちていたロキシーの意識が戻る。


 何やら体温を感じた。


 ゆっくりと目を開くと——目の前にヴィルヘイムの顔が映る。


 次いで、視線を動かしたヴィルヘイムと目が合った。


「起きたのか。ちょうどいいタイミングだな」


「——へ? な、なんでヴィルヘイム様の顔が……ッ!?」


 そこまで言って気付く。


 今、ロキシーはヴィルヘイムに——お姫様抱っこされていた。


 衝撃とかもろもろを受けて思考が硬直する。すぐに乱れた。


「(ななな、なんで私がヴィルヘイム様に!? おひひ、おひめ、お姫様抱っこぉ!?)」


 冷静ではいられなかった。


 ヴィルヘイムは性格が最悪でも容姿は最高だった。


 齢10歳にして様々な女性を虜にする美貌を持っている。


 それを至近距離で浴びればどうなるか……答えは簡単だった。


「~~~~!!」


 顔が真っ赤になる。


 どうしよう。どうしようどうしよう!? と思考が加速するが、それも刹那の間だった。


 すぐに意識はドン底に叩き落される。




 ヴィルヘイムに、地面に降ろされたときだ。


 ロキシーはたしかに感じた。——圧倒的な魔力の圧を。


「————」


 まさしく絶句した。言葉が出ない。


 ただ全身から滝のように汗が噴き出し、ごくごく自然に膝を地面につけた。


 ドクドクと心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。背筋が冷たくなるなんてレベルじゃない。


 明確な死のイメージを抱いた。


「(こ、これは……洞窟で感じた謎の少女の……でも、なんでヴィルヘイム様から?)」


 肩をガタガタと震わせながらヴィルヘイムを見るが、彼の様子に変わったところはない。


 ないはずなのに、震えが止まらなかった。


 それに気付いたヴィルヘイムが、


「お前……もしかして俺の魔力を感じてるのか?」


 と訊ねた。恐らくそうだと思い、彼女はこくりと静かに頷く。


 直後、押し潰されそうなほどの魔力が消える。嘘のように恐怖がなくなった。


「チッ! こんな状況聞いてないぞ……パンドラ」


 ボソッとヴィルヘイムが何かを呟く。


 しかし、ホッとしたばかりのロキシーにはそれが何かはわからなかった。


 それでも気になった彼女は、青い顔のままヴィルヘイムに訊ねる。


「い、今のは一体……」


 ヴィルヘイムは答える。




「……厄介な幽霊に憑かれただけだ」


 意味は……やっぱりわからなかった。




———————————

あとがき。


メイド視点のお話!ちゃんと本編に繋がっていますよ〜!

異常な魔力を手に入れたヴィルヘイム。しかし、その道は前途多難⁉︎

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