第22話
この町は二方を鉱山、そして残り二方を森で囲まれている。アンドレアたちが馬車で通ってきたのは森を開拓された大きな道で、綺麗に舗装されているわけではないが、かなりの広さを確保されているので野生の動物が突然姿を現して衝突する、なんてことにはならないようになっていた。
「こちらか、それともこちらか」
「手分けして探します?」
「それは危ないから駄目だ」
道路から見て右と左。両手に広大な森が広がっている。イヴはどちらを先に探すべきか迷っているようで、アンドレアは手分けすることを提案したが即時却下された。
「しかたがないな、ちょっと私が空から偵察してみる」
「じゃあここで待ってます」
「ああ」
イヴはしゃがみこんで自身の影に手をつけると、そこから箒を握りしめて手をあげた。
アンドレアに箒の操縦はできない。なのでアンドレアはここで待機するしかなく、イヴが空に舞い上がっていくのを見送ることしかできなかった。
「まぁ、そんな簡単に見つかるはずないよなぁ」
アンドレアは道路脇の岩に腰掛けてため息をついた。
開けた場所なら上空から探せばすぐに見つけられるだろう。しかし森にはたくさんの木が覆い茂っている。アンドレアよりも高く伸びた木の葉が視界を隠して人の捜索の難易度が上がることは容易に想像できた。
「だからといって木々の隙間を通り抜けるのは危険だし」
いくら腕が良くても、これだけたくさん生えている木の隙間を縫って飛ぶのは危険だろう。もし木と衝突して箒が折れれば歩いて戻らなくてはならなくなるし、なにより探しにいった者が遭難するという二次災害に繋がりかねない。
スイスイぐるぐると右へ左へ自由気ままに空を飛ぶイヴを遠目に見て、アンドレアも周囲を観察してみる。
空から見てわかることもあれば、地上からじゃないとわからないこともあるだろうと思ったからだ。
「ん……あれ?」
きょろきょろと視線を彷徨わせて、ふとなにか違和感を感じてアンドレアはまた視線を彷徨わせた。
「今なんか……あれ?」
なにか違和感を感じる。しかしそれがなにかわからない。
舗装されているわけでもない道路は大きく開いていて、アンドレアが腰掛けている岩の向かい側には大きな木の根が地面から顔を覗かせていた。
「……覗かせていた?」
先程まであんな木の根、あそこにあっただろうか。アンドレアが疑問に思ったとき、視線の先にあった木の根が波のように波打った。
「……は? はぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
「アン⁉︎」
鞭のようにしなやかにうねった木の根は急に地面から長い根を伸ばし、アンドレアの足を絡めるように巻き付いた。そしてそのままアンドレアを森の中に引き摺り込んでいく。
とっさに悲鳴をあげたアンドレアの声が届いたのか、イヴがアンドレアを呼ぶ声が聞こえたが、それも一瞬で聞こえなくなってしまった。
「うう……いてぇ」
数分が経った頃だろうか、やっと右足を掴んでいた木の根が外れ、アンドレアは引きずられた間にできた傷をさすりながら立ち上がった。
引きずられている間に何度か地面に激突したが、幸い軽症で済んだようだ。ぶつかった背中は痛むものの、歩けないほど痛みは強くない。
「……やべ」
服についた木の葉や土を払っていると、肩にかけていたはずのカバンがなくなっていることに気がついてアンドレアは周囲を見渡した。しかし近くにカバンが落ちている気配はない。どうやら引きずられているうちにどこかで落としたようだ。
「最悪だ……」
この程度のかすり傷ならカバンに仕舞った薬草で治せたのだが、そのカバンが見つからなければ手当ができず、なによりカバンに仕舞った魔術の材料がもったいない。
あのカバンの中にはイヴから借りた魔術書もあるのだ。絶対に無くすわけにはいかない。
「探しにいくべき、だよな」
「ま、待ってくれ! 俺を助けてくれ!」
「え?」
アンドレアが移動を開始しようとすると、どこからか声が聞こえて立ち止まった。周囲を見渡すが誰の姿もない。
「上だ! アンタの上!」
「お? おお……」
声に従って上を向くと、たしかにそこには人がいた。木の根が球体のような形になっており、男性はそこに閉じ込められているようだ。
「もしかして狩人の方ですか?」
「あ、ああ。昨日狩りに出かけたら森の中で急に足を引っ張られて、気がつけばこんなところに閉じ込められてたんだ。見た感じ木材で出来ているみたいだし猟銃やナイフで切って出ようと思ったんだが……」
「ああ、さては引きずられているうちに落としたんですね」
「……ああ」
男性は歯痒そうに唇を噛んだ。
「ちょっと待ってくださいね。助けてあげたいのはやまやまなんですが、俺もここに連れてこられる最中にカバンを落としちまって。なんも持ってないんですよ」
「……そうか」
アンドレアの言葉に男性は悲しそうな表情を浮かべた。なんだか申し訳なくなってきたが、今のアンドレアにはあの木の根でできたであろう球体を破壊する武器がない。なにも出来ないのだ。
「アン! 無事か!」
「師匠! なんでここに」
「馬鹿か、それくらいわかる。きみの悲鳴が聞こえてきた方向と地面に残されたなにかを引きずったような跡でね」
「ああ、なるほど」
イヴは箒から降りるとそう言って地面を指さした。イヴの言う通り、地面にはアンドレアが引きずられた跡が残っていた。
「ま、魔法使いか? お願いだ、ここから出してくれ!」
「うん?」
「師匠、上です」
「ああ、本当だ」
イヴが箒で飛んできたのを見て魔法使いだと思ったのだろう。男性はイヴに助けを乞うたが、アンドレア同様きょろきょろと周囲を見渡したのでアンドレアは上を指さした。
「ちょっと待ち給え。アン、ナイフかなにかないのか?」
「それが……その、すみません。カバンを落としてしまったみたいで」
「なんだ、そうか。ならしかたがないな」
「え、まさか俺は見捨てられるのか……?」
イヴとアンドレアの会話を聞いて、不安になったのか男性は心配そうな声でこちらを見下ろしていた。
「さすがに見捨てはしないさ。あの術を使うか」
「あの術?」
「アン、ちょっと持っててくれ給え」
「あっ、はい」
イヴから箒を受け取り、アンドレアはイヴの行動を見守った。なにをする気かわからないが、男性を救う方法に心当たりがあるようだ。
箒を手放し身軽になったイヴは軽やかな動きで枝を飛び移って男性の元に行くと、懐から赤いチョークを取り出した。
「さささーっと」
「な、なにをしているんだ?」
「説明するのめんどくさいから、なにか気になることがあったらあとで私の弟子に聞いてくれ」
「え、俺に振るんすか」
戸惑う男性を無視して、イヴは球体の形になっている植物に文様を描いていく。魔術を使うのだろう。おそらく王都で泥棒を追い詰めたときに使った魔術と真逆の魔術だ。
「退化魔術。植物などに魔力を流し込んで無理やり成長を早める成長魔術とは反対に、対象に魔力を流し込んで強制的に退化させる魔術ですね。つまり植物に退化魔術を使うと枯れる」
「そう。だからこの球体も壊れるはずさ」
「ま、魔術……?」
男性は聞き慣れない魔術という言葉に困惑を隠せていないようだった。しかしイヴたちが男性を助けようとしているのは理解できているのか、心配そうではあるが先程までの慌てようは落ち着きを見せていた。
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