第11話
「お嬢ちゃん、随分と目敏いじゃないか」
「まぁ、目は良い方でね。安心し給え、私はこの絵画を盗むつもりはないよ」
「そうでないと困る。こんな若い子を逮捕なんてしたくないからな」
「若くはないが……まぁ、お世辞でもありがとうと言っておくよ」
そう笑顔でやりとりする警部とイヴの目は全然笑っていない。あきらかに警察はこちらを警戒しており、イヴも心を許していない感じだ。
「ま、まぁまぁ。俺たちはこの絵画を少し見にきただけですし、警察の方のお邪魔になるようだからもう帰りましょう」
「やだ」
「え」
イヴの想定外の返事にアンドレアの動きが固まった。
「いや、もう帰りましょうって」
「いやだね。私は泥棒くんがどのような手口でこの絵画を盗むか見てみたい。見学希望だ」
イヴはまっすぐに警部の方を見てそう言い放った。
アンドレアは頭を抱えて俯いた。
「見学希望とは……許すとでも? 悪いがここは我々の警備で囲ませてもらう。部外者にいてもらっては困るんだよ」
「良いじゃないか。もしかしたら私ならきみたちが何ヶ月も捕まえられていない泥棒くんの手口をあきらかにして、逮捕に協力できるかもしれないんだよ?」
「笑わせるなよ、小娘風情が」
「おい、喧嘩はやめろよ」
「チッ」
イヴが警察を挑発するようにそう言えば、警部の後ろにいた男がイヴに掴み掛からんと近づいてきた。しかし警部に止められて舌打ちをすると階段を降っていった。
「すまんな。魔法省から手を貸しに来てくれたやつなんだが、少し喧嘩っ早いところがあって。お嬢さんも挑発はよしてくれ。たしかに何ヶ月もかけてたった一人の泥棒を捕まえられていないのは警察として恥ずべきことだが、みんな懸命に捜索しているんだ。自分たちの仕事に真面目に向き合っている」
「けれど犯人は捕まえられていない」
「師匠!」
「んぐっ」
苦笑しながらも謝罪した警部に向かってイヴはまた挑発を繰り返した。警察官たちの目付きが鋭くなったのを見て、アンドレアはイヴの口を物理的に封じた。
「むごむご、むぐぐ」
「師匠はもう少し世間体とかそういうのを気にしましょうね。いやぁ、みなさんすみません。この人ちょっと世間知らずなところがあって。悪気はないんですよ……たぶん」
「きみはこの子のお兄さんかな? 悪いがそのまま帰ってもらっても?」
「ええ、もちろん。失礼しました!」
「むぐぐ!」
ジタバタと暴れるイヴの口を押さえたまま、アンドレアは美術館を出た。
「ぷは、なにをするんだ、きみは!」
「師匠が挑発ばかりするからいけないんですよ!」
美術館を出て口元の封印が解けたイヴはアンドレアをキッと睨みつけた。
しかしあの場で喧嘩なんて始まればたまったものではない。最悪アンドレアとイヴは警察の邪魔をしたという理由で逮捕されてしまう可能性もあった。
「もしかしたら泥棒くんは魔術師仲間かもしれない。それにあれの可能性だって……」
ぶつぶつと唱えながら顎に指を添えてイヴは考え事を始めた。アンドレアはひとまず一度息を吐いて脱力した。
我が道を行くイヴの姿はどこか自由奔放な魔法使いを連想させる。わがままな魔法使いのサポートは慣れたものだ。我が強い魔法使いは謝ったりしないのでアンドレアが代わりに周囲に謝罪することも多々あったな、と魔法省のある地区の方をぼんやりと眺めながら感傷に浸っていた。
「アン、やはり私は中に入りたい」
「俺たちきっと今頃出禁扱いにされてますよ」
「それでも私は泥棒くんに会いたいんだ」
「……」
アンドレアを見つめるイヴの目は真剣そのものだ。窃盗を繰り返す盗人のどこにイヴをそこまでさせるほどの魅力があるのか、アンドレアにはとんとわからないが師匠にそんな目をされて簡単に首を横に触れなかった。
「……はぁ、いちおう交渉してみす」
眉間を押さえながらアンドレアがそう返すとイヴはたちまち笑顔になった。
「うん、頼んだよ!」
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